転生拒絶 ~転生先として選ばれたヒーラー、人格の上書きを拒絶したら知識と経験だけが継承されて最強のネクロマンサーと化す~

黒井カラス

第1話 転生前日Ⅰ

「俺に従え」


 眼前に座すドラゴンが頭を垂れて平服する。

 その肉体は腐り爛れ、瞳は虚ろ。翼膜は破れ、腹の空洞からは骨が露出している。

 あらゆる生命の頂点に立つドラゴン、そのアンデッド。

 ドラゴンゾンビ。

 それは目の前に立つ、ちっぽけな人間風情に服従した。

 先ほどまで、ほんの数瞬前まで、ただのヒーラーだった男に。


§


「おっそーい!」


 母屋星花おもやせいかと言えば、この魔法学園でも名を知らない生徒はいないほどの有名な女子生徒だ。

 実技、座学ともに成績は二年生ながら三年生の先輩をごぼう抜きにして常にトップを維持し、身嗜みにもかなり気を遣っている。

 流行のファッションやメイクはすぐに取り入れるし、寧ろ彼女が先立って学内の流行を作っている節まであった。

 性格は、一言で言えば高飛車だ。

 自信満々で人に弱みを見せず、他人にも自分にも厳しい。

 学園内には彼女を苦手とする生徒も多数存在するが、その物言いも確かな努力と自信に裏打ちされた実力から来るもので、支持層のほうが圧倒的に多い。

 ファンクラブがあるとかないとか。

 そんな彼女はいま学園の校門前で頬を膨らませ、腰にまで手を当てて怒っていた。


「午後三時に校門前に集合って言ったでしょ!」

「あぁ、聞いてたよ。校舎の時計が怠け者じゃなかったらまだ五分前」

「もっと早く来なさいよ。私はあなたを待たせないように十分も前についたのに!」


 五分も待たされたことに怒ってるのか。

 だったら時間ぴったりに来ればいいのに。

 と思いつつ、口に出すと倍になって返ってくるので思うだけにしよう。

 こういう時は。


「流石は星花、俺もそうやって人を気遣えるように見習いたいよ」

「そう? えへへ、そうでしょうそうでしょう!」


 この通り。ちょっと褒めるとすぐに機嫌を直してくれる。


「ほら、行くわよ! 今日もポイント稼がなきゃ!」

「何日か前にがっつり稼いだはずだけど、もう金欠か?」

「そうよ。お金が掛かるの、女の子は。特に私みたいな可愛い女の子は」


 わざわざ可愛いを付け足して言い直したぞ、こいつ。


「それにあんたの指名料もね。ほかのヒーラーより割高だし」

「それに見合うだけの価値があるから毎回指名してくれるんだろ?」

「まぁ、ね。なんか癪だけど」


 視線がすこし逸れて、頬が軽く膨らんだ。


「それで? 受けるクエストは?」

「いまあなたの端末に送ったわ」

「どれどれ」


 生徒全員に支給されている携帯端末に今回星花が受けたクエストの詳細が映る。


「スクラップ・ワームの討伐? たしかこいつの生息地って第三階層だろ? なんでまたそんな浅い階層のクエストを?」

「食べられちゃったらしいのよ、大事な大事な魔導ドローンが」

「ドローン……そういや魔導工学部の連中が試作してるんだっけか」


 電力じゃなくて魔力で動く偵察ドローン。

 詳細は知らないし、バッテリー式と何が違うのかわからないが、とにかくこれが上手く行けばダンジョンの構造がより正確にマッピングできるとか。


「で、試運転の途中でスクラップ・ワームのランチになったってわけだ」

「仇を討って欲しいそうよ。まだ消化されてなければドローンの回収もってお願いされたわ。追加報酬払うって。むしろそっちがメインね」

「ワームの腹を開けってか」

「あなたがやってよね。私やだ」

「……そう来ると思った。最高」


 皮肉を交えつつ、気が乗らないながらも足を動かして校門前を後にする。

 掲げられた怜悧れいり学園の看板を横目に、学園敷地内から一歩外に出れば、そこはもう安全の保証されない全てが自己責任の危険地帯だ。

 ここはダンジョンの第一階層、選別の間。

 天井に星空の如く光を放つ鉱石に照らし出され、かつて幾人もの魔法使いが命を落とした最初の難関だ。

 そう、なにを隠そうこの魔法学校はダンジョンの中に設立されている。


§


 物心が付いた頃にはすでに、ダンジョンは当たり前の存在だった。

 俺たちよりも前の世代の人間にとってダンジョンの出現は天変地異に等しいことのようだったけど、勇敢な調査隊によってその全貌――とまではいかないものの、多くが解き明かされている。

 ここ、ダンジョンの第三階層、屑鉄の花園もそのうちの一つ。

 辺り一面に鈍色の鉄の花が咲き誇るこの階層では、その土壌を耕すようにスクラップ・ワームが地中を蠢いている。

 主食は地上の鉄の花と地下の鉄鉱石。たまに俺たちのような学生が落とした剣や防具なんかも食べるとか。

 その延長でドローンも捕食したってところだな。

 あいつら鉄と見ればなんだって食うみたいだ。

 けど、さしものスクラップ・ワームでも隕鉄は食えないらしい。


「遠く 空の果て 光の見果て 願いの星が夜を裂く」


 唱えられた詠唱が魔法を具現化する。


閃星せんせい


 降り注ぐ一筋の流星が地中から顔を除かせたスクラップ・ワームを直撃する。

 摂取した鉄分によって鋼鉄と化した外殻もなんのその。天から射られた一撃に貫かれ、その巨体が鈍色の花弁を散らして横たわった。


「ふふん! どう? 私ってば今日も最強でしょ! スクラップ・ワームなんて一撃なんだから!」


 自慢げに笑みを浮かべる星花の側を風に乗った鈍色の花弁が通過する。


「相変わらずのヒーラー泣かせだな。指名料分の仕事が出来た試しがないぞ」

「それだけ私が優秀ってことね!」

「そのつもりで言ったけども。ん? 右のここどうした?」

「え?」


 自分の右頬を押さえて見せると、星花も同じように手を当てる。

 その手の平には赤い血が付着していた。


「あら? いつ切ったのかしら? たぶん、スクラップ・ワームが倒れた時ね。鉄の花弁で切ったみたい」

「どれ」


 星花に近づいて、その頬に触れる。


「ん」


 本人も気付かなかったくらいで傷は浅い。

 これくらいなら痕も残さずに治せるか。


「ヒール」


 親指の腹でゆっくりとなぞり、血を拭うように頬から傷を消し去った。


「ほら、綺麗になった」

「ん、ありがと。流石ね、ちっともかゆくない」


 回復魔法で傷を治す際にはかゆみが伴うが、魔法技術を磨けばそれは軽減される。

 これまでの研鑽の甲斐あって、浅い傷ならかゆみをゼロにできるようになった。


「でも、ホントにこんなことしかしてないな。俺なんていらないんじゃないか?」

「あら、そんなことないわよ。ダンジョンじゃなにが起こるかなんて誰にもわからないんだもの。もしもの時、万が一、億が一、兆が一、京が一――」

「わかったわかった」

「なんてことがあるかも知れないんだから。ヒーラーは必要なのよ。それにスクラップ・ワームのお腹を開いてもらわなきゃ」

「それはヒーラーの仕事じゃない」

「いいから! 早く!」

「はいはい」


 鉄の花の上に横たわる巨体を改めて視界に入れると、思わずため息が出た。

 しようがない。これも仕事だと思うか。

 手早く済まそうとスクラップ・ワームの死体に近づこうとしたところで、どこからか濁った呻き声が響く。視線を彷徨わせるとこちらに近づいてくるアンデッドの姿を発見した。



――――――――――


 

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