第2話 転生前日Ⅱ

「リザードマンのアンデッドじゃない。珍しいわね、第三階層にいるなんて。邪魔になるし、さくっとやっちゃうわ」

「いや、俺がやるよ。もしもの時のために魔力はとっといてくれ。それに金額に見合う仕事をしなきゃな」

「そう? じゃ、よろしく」


 一度は手の平に浮かべた光球が、握るように掻き消される。

 リザードマンのアンデッド。

 その右手には刃毀れした剣が、左手には朽ちた盾が握られている。片目がなく、残った瞳も濁っていて虚ろ。鱗は剥がれ落ち、露出した皮膚は爛れ、脇腹がごっそりなくなっていて肋骨が見えている。

 アンデッドになって日が浅いのか、得物の間合いに踏みこんでも異臭はそれほどしなかった。

 大振りに刃毀れした剣が振るわれる。それを腰の刀を抜刀した勢いで弾く。体勢を崩したところへ蹴りを見舞い、これは盾で防がれてしまったが、更に大きくよろめかせた。

 こうなったら後は簡単だ。隙に乗じて深く間合いに踏みこみ、その首目掛けて刀を薙ぐ。

 描いた一閃が腐りかけの蜥蜴頭を刎ね、止め損なった息の根を今度こそ止める。


「お見事」

「そりゃどうも」


 回復魔法の中に一定以下の低級アンデッドを強制的に浄化する魔法もあるけど、これは結構魔力を食う。ヒーラーは傷ついた仲間を治療するのが仕事なため、魔力はそのために取っておく必要がる。

 それでアンデッドに負けてたら世話ないけど、今回は余裕で勝ったので問題なし。


「じゃあその調子で今度はスクラップ・ワームね!」

「はぁ……最高」


 しかし、これも仕事だ。

 頬のかすり傷とアンデッド一体じゃ貰った金額に釣り合わない。


「ホントにこいつの腹に入ってるんだよな?」

「この追跡アプリによればね」

「最近はなんでもアプリだな。ポイントの管理と支払いに、課題に、スケジュールに」

「そうよ、お陰で容量いつもがあっぷあっぷで参っちゃうわ。これも用が済んだら消しとかなきゃ」


 スクラップ・ワームの死体に添って歩くことすこし。

 追跡アプリが示す位置につく。

 気が重いけどしようがない。

 腰に差していた刀を抜いて、意を決して腹を開く。

 すると、途端に大量の錆び付いた屑鉄が流れ出てきた。

 体液と混ざり合った錆の異臭に、思わず顔を顰めずにはいられない。


「うえー! くっさーい! ちょっと勘弁してよね!」

「勘弁して欲しいのはこっちだ。今からこれに腕を突っ込まなきゃなんだぞ」

「終わったらしばらく私に近づかないで」

「しばき倒すぞ」


 なんてことを言っても、発生した指名料分の働きはしないといけない。

 こんなこともあろうかと、実際に起こって欲しくはなかったが、用意していたゴム手袋を履いて錆び付いた屑鉄の山に手を伸ばす。


「おあ、ねっちょりしてる。生暖かい、粘着性もあるな」

「実況しなくていいから」

「袋に詰めたら魔物を撃退できそう」


 魔物除けとして売り出したら儲かったり、しないか。

 この臭いを我慢するより魔物に悩まされるほうが遙かにマシだ。

 なんてことを考えつつ屑鉄の山を探っていると、目当てのドローンは意外と早く見付かった。


「途端にシャワーが恋しくなってきたな……これか?」

「そう、それよ」


 錆び付いた屑鉄の中でこれだけが鈍色を放っている。


「こいつが食われたのっていつ?」

「三日前」

「三日か」


 試しにプロペラの部分に触れてみると、簡単に折れてしまった。

 クッキーよりずっと脆い。

 いい素材を使っているのかまだ錆びてはいないけど、かなり胃酸にやられるな。


「魔導工学部の連中、これを渡されても困るだろうな。ほぼガラクタだし」

「だとしても追加報酬はきっちり貰うわ。きちんと仕事はしたもの」

「俺がな」

「私に雇われたあんたがね」


 胃液塗れのドローンを適当な袋に詰めて帰還。

 異臭を放つそれはやはり効果覿面で、帰路はただの一度も魔物と遭遇しなかった。

 


§


「ふー、終わった終わった。追加報酬もきっちり貰ったし、割の良い仕事だったわね」

「受け取った奴らも顔を顰めてたけどな。異臭と破損具合に。え? 俺たちこれに追加報酬を払わないといけないのか? って」

「自分から言い出したことだもの。言葉には責任が伴うのよ。さーて、シャワー浴びてご飯食べに行こっと。あなたも来る?」

「折角だけど遠慮しとく。風呂は一人で入りたいんだ」

「誰があなたとお風呂に入るのよ! ご飯よ、ご飯!」

「冗談だって。奢ってくれるなら」

「もちろんそのつもりよ。私は太っ腹なんだから。思う存分食べるといいわ」

「いいね。じゃ、一時間後に食堂で」

「はーい」


 自室に戻って異臭のする学生服を洗濯機に叩き込み、待ち焦がれていたシャワーにありつく。クエスト帰りのシャワーが一番気持ちがいい。この瞬間のために生きてる気さえしてくる。


「ふー……あと二十分か」


 午後五時四十分。

 濡れた髪にドライヤーを当てつつ、携帯端末に手を伸ばす。


「シャンプーの詰め替え1500ポイントって高くねぇ?」


 思わず口を突いて出た独り言を言い切る前に注文。

 残高からポイントが引かれ、シャンプーの詰め替え通常サイズが後日発送されることに。


「ん?」


 いま後ろのほうで気配がしたような。

 けど、振り返っても誰かがいる訳もなく。


「気のせいか」


 気にしないことにして指名料やらなにやらで稼いだポイントで嗜好品を買う。

 ダンジョンの中に学園なんてものを作ったから運送料がバカみたいに高い。

 まぁ、それを日本円と等価値の学園独自通貨で買えるんだから温情か。


「おっと、時間だ」


 良い時間になったところで自室を後にして食堂へ。

 前回の教訓を生かして十分前に到着だ。

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