後編

 出口が近付いていくにつれて、サレと出会った直後はすっぽ抜けていた事柄を思い出してしまった。入ってはならない洞窟に入ってしまったボクは、無論、オトナの人たちに怒られる。だんだんと足が重くなっていく。


「どうしたウサギさん。人並みに顔が青いよ?」


 ライトが必要なくなって、ボクの表情がよく見えるようになったらしい。サレは、白っぽい布を身体に巻いていた。光の加減によってはうっすらと黄色がかって見える。カーバンクルの技術では作れなさそうな衣服だ。


「実は、この洞窟って、オトナから『入っちゃいけない』と言われていて」

「ほう。しかしピーターは『入っちゃいけない』と言われようが入ってしまう好奇心旺盛な悪いウサギさんであると」

「ウサギじゃないやい。カーバンクル」


 絵本に出てくる『ウサギ』という生物は知っている。たしかにカーバンクルと似ているが、彼らにツノはない。このツノがあってこそのカーバンクルだ。ここを取り違えてもらっては沽券に関わる。キミもそう思うだろう?


「まあまあ。あたしが『よきにはからえ』してやるから、そんなにカタくなりなさんな。ちょっくら先に行って、してくるわ」


 サレの尻尾がボクの頭をなでる。それから、サレはぴょいと片足で踏み切ってジャンプして、空を飛んだ。理屈や理由はわからない。わからないけども、空を飛んでいた。


 このサレの言葉通り、家に帰ってからのボクはパパやママやその他のオトナたちから叱られずに済んだ。ボクが村に着いた時にはもう話がまとまっていて、サレはボクの家に住むことになっていた。


 サレが元々着ていた服は『カイコ』という虫の吐く糸から作り出された『絹』を材料としていた。その『カイコ』によく似た虫がニュロンカ村にも生息していたから、サレがその『絹』の作り方をオトナたちに教える。おかげで、サレはたちまち村の人気者だ。この出来事がなければ、キミの服もまだ麻で作ったものだったろうね。


「なんでサレはあの洞窟の中にいたの?」


 季節は春から夏に変わっていた。あまりかぶることのない帰りの時間。人気者のサレをボクが独占できるチャンスは限られていたけども、やっぱり気になることだから聞いてみる。


「悪いドラゴンさんだから」


 サレは立ち止まり、星空を見上げた。夏は、夜になるのが遅い。けれども、他の季節の空よりも広々としている。……空の広さは変わらない? そうだね?


「サレが悪いことをするようには見えないけど」

「むかしむかし、あるところに少年がおりました。ある日、少年は大きなタマゴを見つけます。そのタマゴをこう、大事に抱えて、家に帰りました」


 サレが『こう』とジェスチャーをするので、ボクは笑った。まだ続きがありそうだから、座れそうな場所を見つけて腰掛ける。その隣に、サレが座ってくれた。


「大きなタマゴが誰かに見つかったら、大きな目玉焼きにされてしまうかもしれません。少年は家族に見つからないように、隠しながらあたためていました。しばらくして、大きなタマゴの中からドラゴンのあかちゃんが出てきます」

「サレ?」

「そう。あたしね。あたしは少年――人間の少年に孵化してもらったわけだけど、まあ、少年が隠しきれないようになって、大騒ぎ。そのあと、あたしの親と親戚一同があたしのことを見つけて、

「……え、でもサレは」

「あたしはタマゴだったけど、少年があたしを見つけたときの話を疑いたくはないかなー。少年、ウソついているようには見えなかったもん。でも、オトナたちには通じないよねー」


 こうしてドラゴンたちがこの辺一帯を焼け野原にする。それから、我々カーバンクルの先祖たちがこの場所にたどり着いて、村を作った。ということらしい。


「じゃ、じゃあ、なんでサレは洞窟に」

「こんなに悲しいことが起こるのなら、あんまり他の生物と関わらないほうがいいかなって。自主的に。ひきこもってたらカーバンクルの村になっていたのはびびるけど」

「他のドラゴンたちは、どうしちゃったの?」

「さあねー……ん?」


 サレが話を終わらせようと立ち上がってから、空の一点を見つめて険しい顔になる。ボクも同じ方角を見た。流れ星のようなものが、ある。


「ピーター、みんなを連れて洞窟に逃げ込んで」

「え、何?」

「はやく!」


 せかされて、背中を押された。ボクが理由を訊ねるより先に、流星は地上へと落ちてくる。


「わーっはっはっはっはっはっは!」


 流星は、サレと同じような姿をしていた。人間の、女性のような姿。


「我はアンゴルモア! この星に住まう『ツキウサギ』を十羽ほどいただきたいぞ!」

「……なんだ?」

「かつてここにはドラゴンを調達しにきたものだが、時代が変われば産業も変わるのだな。ふんふん」

「こいつ……!」

「ツノは宝飾品として最高、毛皮は防寒具に最適、その肉は美味と聞く! 大王様に献上するぞ!」

「あたしが戦うから、ピーターはみんなといっしょに洞窟で待ってなさい!」


 ボクがいても、戦いに参加できるわけではなし。ならば、ボクはボクのできることを……サレの指示に従うことを決めた。ここで戦わないのかって? カーバンクルは非力だから無理だよ。サレの足手まといにもなりたくなかったから、ね。ここでもし戦っていたら、ボクはここで博物館の解説員にはなってないよ。


 それに、サレが勝ったからこうしてみんなが生きている。キミのパパやママにも、いや、おじいちゃんおばあちゃんかな、聞いてみるといい。


 サレに会いたい?


 ……たぶん、今は寝てるんじゃないかな。最近、夜通し本を読むのに夢中で、昼と夜が逆転しているんだよね、あの子。うん、今もボクの家にいるよ。


【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドラゴンちゃんとカーバンクルくん 秋乃晃 @EM_Akino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ