ドラゴンちゃんとカーバンクルくん

秋乃晃

前編

 みなさんご存じの通り、かつてこの星にはがいた!


「きょうりゅうのこと?」


 そうだね。

 恐竜はドラゴンの一種だ。


 ドラゴンにもいろいろなタイプがいて、メジャーなのは地上で生活しているもの。ネッシーのように湖で暮らしているもの。地中に巣を作ってその生涯を土の中で過ごすもの。木の高いところに拠点を置いて、空中から獲物を狩るもの。――他にも、たくさん。


 まだ我々が発見できていないだけだ。

 この星にはいろんな種類のドラゴンがいた。


「ふーん……」


 いかにも『恐竜大好きです!』という出で立ちをしているのに、とってもつまらなさそうな顔をしているキミだけに、特別な話をしよう。


 ボクがキミぐらいの年齢だった頃の話だ。


 *


 多くのカーバンクルがそうであるように、立派なガーネットのツノを持つパパと、綺麗なサファイアのツノを持つママから、ボクは生まれた。ピーターと名付けられ、大切に育てられたわけだが……ボクが他のカーバンクルと違ったのは、ちょっぴりだったところかな。

 二本足で歩けるようになってからのボクは『この星の果て』を目指した。今では信じられないことだけども「端っこは崖になっていて、足を滑らせると底に真っ逆さま」だと信じられていて、帰りが遅くなるとパパとママからすんごく叱られたさ。実際はまあるい星だったわけだけどね。

 勇敢なピーターは恐れ知らず。ぬかるんだどろんこ道も、大きな岩も、ピーターの障壁にはならない。晴れの日も、雨の日も、嵐の日だって関係ない。ボクはあちらこちらに出かけて、パパとママが心配しないように家に帰ってきた。パパも昔はだったらしいから、いくらか大目に見てもらってたんだろうな。


 ボクがあの子と出会ったのは、ある春の日のことだ。いつもと同じ時間に家を出たけども、あの日はいつもと違うところに行った。いつもと違うったって、いつまで経っても『この星の果て』にたどり着けないから、昨日とは違う場所に行くのがボクのポリシーだったけどね。


 キミの出身はどこかな。――ボクは、ニュロンカ村ってところ。ニュロンカ村にはオトナの人たちが「絶対に入ってはならぬ!」って言ってくる洞窟どうくつがあってだね。ボクがパパとママに聞くと「ピーターがどこに行ってもいいけれど、あの洞窟には入ってはならないよ」と答えられていたその洞窟に、あの日は入っていった。みんなが口を揃えて「入るな」と言うわりに、ぜんっぜん警備はされていなくて、ボクがするっと入れたから拍子抜けしちゃったのを覚えている。


 中は寒かった。お外が冬を越えてぽかぽか陽気に包まれていたから、余計に寒く感じたのかもしれない。


 お外の光が届かない場所に入っていくと、ボクは左手に持っていたライトを点灯させる。ニュロンカ村の洞窟に入るのはこれが初めてだったけど、こういう暗い場所を歩くのは初めてじゃない。だから、パパの持ち物であるライトを持ち出しても不思議には思われなかった。


「わわっ!?!?!?」


 とってもびっくりした声が奥から聞こえてきて、それから「ひゃっ!」と短い悲鳴が聞こえた。こういう洞窟の中だから、少しの段差に足を取られて転んでしまうことがある。たぶん、女の子が転んだ。段差に注意していても、石が濡れていて滑りやすかったり、くぼみを見落としたりして、ケガにつながってしまう。ボクはいつでも用心しているから平気。


「大丈夫ですか?」


 ボクは悲鳴の聞こえたほうに近付いていく。転んでいるのだとしたら、ひざをすりむいているかもしれないし、足をひねってしまっているかもしれない。どちらにせよ、はやくオトナの人に手当てしてもらったほうがいい。当時のボクは応急措置を勉強していなくて、とにかくはやくオトナの人のところに連れて行くのが正解だと思っていた。


「どわぁ!?」

「わっ!!!」


 女の子の顔をライトで照らす。女の子はいきなりの明るさに、ボクはその姿に、お互い驚いてしまった。


「カーバンクルじゃ、ない……」


 同じ言葉でしゃべるカーバンクルの生物。ボクらの他の生物といえば、ボクらと同じく木の実や野菜を食べる虫たちがこの星にはいるわけだけど、虫たちはしゃべらない。しゃべるのはカーバンクルだけ。

 けれども女の子のひたいにサファイアのツノはなくて、代わりに太い尻尾が生えていた。体毛は薄くて、手のツメがとんがっている。


「何……しゃべるウサギ……?」


 頭の毛だけは多い。胴体の真ん中ぐらいまでの長さがあった。ボクをじろじろと見て、しかめっ面をしている。


「キミは、カーバンクルじゃあ、なさそうだけど」

「そうよ。あたしはサレ・クゲティマ=フェナーガ・ニトロス・マリース。サレって呼んで」


 カーバンクルではない女の子は、やたら長い名前を名乗ってきた。うねうねとした尻尾がボクのほうに伸びてくる。


「……ボクは、ピーター。カーバンクルのピーターだよ。キミは、何なの?」

「かつてこの地を滅ぼしたドラゴンの生き残り」

「どらごん???」


 ボクの知っているドラゴンは、それこそ、キミが思い描いているような、恐竜に近い姿をしていた。サレは、女の子だ。こうやって化石が発見されるような、恐竜とは違う。だって、恐竜はもっと大きいじゃないか。それに恐竜は、


「久しぶりに、外に出ちゃいますか。ピーター、案内よろしくね」


 ――そうだ。サレは人間によく似た姿をしていた。毎晩、寝る前にママが読み聞かせをしてくれた絵本に出てくる人間だ。……いやあ、こうして話してみるものだな。昔の記憶を引っ張り出して、現在の知識と照合すると、その当時わからなかったこともわかるようになる。

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