最終章 絶対、普通の女の子になってやる!
……ああ。気持ちいい。幸せ。天国。
あたしはよく冷えたお茶を飲みながら一息ついていた。あまりのおいしさ、心地よさに涙が自然とあふれてくる。
王宮の一室。
勝負が終わったあと、おトイレに行って、水をがぶ飲みして、お風呂にも入って汗を流し、そのついでに頭までもぐって体中のありとあらゆる細胞から水分を吸収した。おかげでようやくミイラから人間に戻ることができた。
そして、いま、国王陛下に
――ああ、普通に水分を補給できる。それがこんなに幸せなことだなんて……。
あたしはもしかしたらいま、
「バゲット姫」
雲の上から降りそそぐような声がした。野太いけど礼儀正しい、好感をもてる声。
あたしは声のした方を振り向いた。そこには天を突くような大男が立っていた。がっしりした体格に
大男さんはあたしを見ながら言った。
「
え~と、どちらさま?
向こうはあたしを知っているみたいな言い方だけど、あたしはこんな人は……そう思った瞬間、あたしの頭のなかで火花が散った。
「え、ええ~! 火あぶり大王⁉」
うそ、まさか、あの
でも、まちがいじゃなかった。大男さんはあたしの前にひざまづくと、はっきりとこう言った。
「いかにも。先代の火あぶり大王こと、ぜんざい丸と申します」
先代? どういう意味?
まあいいや。とにかく、大切なのはこの気品ある大男さんが、あの
「このぜんざい丸。神聖なるモチに対し、
このぜんざい丸、実にじつに
な、なんだ。仕事で
でも! やっぱり、
「これからはあなたが新しい火あぶり大王、いえ、火あぶり女王さまです!」
なに、それえっ!
火あぶり女王って……せめて、火あぶり王女に……って、ちがう! そうじゃない! なんで、あたしがそんなことにならなきゃならないのよおっ!
「火あぶり大王に勝ったものが新しい火あぶり大王となる。それが我が国の伝統。思えば私も一二歳のとき、友だちとふざけていてモチを落としてしまい、火あぶりの刑を宣告されました。そのとき、当時の火あぶり大王に勝利し、
その言葉と共に――。
部屋にいた人たちから一斉に『火あぶり女王、万歳!』の声が飛ぶ。
ちょ、ちょっと、やめてよっ! 火あぶり女王ってなによ、そんな恥ずかしいあだ名、つけないでよ!
……って、まあ、いいか。勝ったものが新しい火あぶり大王になるって言うなら、さっさと負けちゃえばいいわけだし。伝統だかなんだか知らないけど、よそ者のあたしがそんなものを守っていく必要はないよね、うん。
そう思っていると、火あぶり大王――もと火あぶり大王――は、あたしに燃えさかる火のついた、たいまつを握らせた。
「この炎こそは代々の火あぶり大王に伝えられてきた魂。モチ王国建国のときから一度として絶やされることのなかった炎であります。歴代の火あぶり大王たちは、この炎を使い、聖なるモチに
やめてよっ! そんなもの渡されたら、わざと負けるってわけにいかなくなっちゃうじゃない!
「ああ、皆のもの。
国王陛下が口をはさんでくれた。
ホッ。あたしはようやく安心した。しょせん、よそ者にそんな大役を任せるわけがない。きっと、うまいこと言って、この場をおさめてくれるにちがいない。
「まずは新しき火あぶり女王の誕生に盛大なる拍手を!」
だからあっ!
雷みたいな拍手に包まれた部屋のなかで、国王陛下はさらに、さらに、とんでもないことを言い出した。
「さらに諸君に重大な発表がある。バゲット姫の見事なまでの
しかもだ。バゲット姫の
まことにもってすばらしい! かようにすばららしい王女を育てられたとなれば、パン王国の王族そのものがすばらしいにちがいない。よって……」
国王陛下は一度、大きく息を吸い込むと、はっきりと口にした。
「いまより我がモチ王国はパン王国と
おおおっ! って、部屋中がどよめいた。
ええええっ、ちょっとまって。なにそれ、なにそれ、なんでそんなことになるのよおっ
「お見事です、バゲット姫」
いつの間にか、あたしの横に立っていた兄さまが
「よもや一国丸ごと
やめてよ!
って言うか、モチ王国がパン王国の
でも、国王陛下――もと国王陛下?――はカラカラと笑って言った。
「なにをおっしゃる。そもパンとはなにか? それは
そんなの、ありぃっ⁉
「ゆえに、
そんなあっ!
「さあ、皆のもの! 新たなる我らが王、バゲット姫にエールを!」
「バゲット姫、万歳!」
その叫びが部屋中、ううん、国中を包み込む。
なんで、こうなるのおっ!
「いや、素晴らしい。実にお見事な
「やめてよ! あたしはそんな気なかったんだから! あたしの目的は他の国をそそのかして、パン王国の都市をすべてもっていってもらうことだったのよ! それがなんで、こんなことに……」
「それがお前のもって生まれた王の
「バカ言わないで! あたしは普通の女の子として暮らしていくの!」
そうよ。あくまでもそれがあたしの目的なんだから。絶対、絶対、絶対! パン王国なんてぶっつぶして、普通の女の子になってやるんだから!
「そうよ! 一度や二度の失敗でめげてなんかいられない! モチ王国がダメなら次の国に行くまでよ。今度はソバ王国に行くわよ! ソバ王国なら、パン王国と
完
あたしは絶対、普通の女の子になってやるんですからね! 藍条森也 @1316826612
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