一七章 ……この野郎!
そして、刑の執行の日はやってきた。
結局、刑を受けることになったのはあたし。お母さんは最後まで反対したけど『世界一』のプライドを傷つけられた火あぶり大王が激しく主張したこともあって、めでたく? あたしが刑を受けることになった。
あたしは町の中央にある大広間に引き出された。辺りを埋め尽くす人、人、人! その数たるやまるで、モチ王国中の人がやってきたみたい。
みんな、あたしが火あぶりにされるのを見たいんだ。
そう思うとやたらと腹が立つ。他人の不幸を見て、そんなに面白いわけ⁉ そんな男、好きな子に嫁にきてもらえないわよ!
ひとり
そして、引き出されたあたしの前にあるものは――。
山とつまれた大量のおモチと、そのおモチを焼くための
「え、え~と……」
意味がわからずただ立ち尽くすあたしをよそに、兄さまがハンカチ片手にメソメソ泣きくずれるお母さんと話をしている。
「ふむふむ、なるほど。この広場に集まった人たちにふるまうためのモチを焼きつづける。それがこの国の『火あぶりの刑』と言うわけですね」
「はい……」
って、お母さん。握りしめたハンカチからは拭いた涙がポタポタとしたたり落ちている。
――また、だまされた。
またも繰り返されたこのパターンに、あたしはうちひしがれた。なんだってこういちいち大げさなのよ、この国は⁉
口のなかでブツブツ呟くあたしを尻目に、お母さんはハンカチを目に当てながら、しくしくと泣きつづける。
「それも、単におモチを焼くだけではありません。おモチを焼いている間は一切、その場をはなれることは許されないのです」
「なんと⁉」
って、なんで兄さままで一緒になって
そりゃまあ、おモチを焼きつづけている間、はなれられないとなれば苦しいかもれないけど、いずれは終わることでしょ。そこまで
「水も飲めず、食事もできず、時間が立つと共にお腹は減る一方! それなのに自分はおモチを焼くだけで一口たりと食べることは許されないです!」
「なんと⁉ それでは、空腹を抱えたまま、モチの焼ける
「はい。まさに、その通りなのです」
「な、なんと……なんと、恐ろしい刑だ……」
って、兄さまは
あの~、兄さま? どこまで本気でやってる?
「しかも! しかもです! この刑罰には終りがないのです。あの火あぶり大王が力尽きて倒れるまで、
「なんと⁉ 人々の前であやまるのですか⁉」
「そうです! 四方を向いて人々に頭をさげ『わたしは大切なおモチを落としてしまいました。もう二度とそんなことはしないよう心がけます。お許しください』と言わなくてはならないのです!」
あやまって、すむんかい⁉
だったら、さっさとあやまればいいでしょ!
お母さんはハンカチを目に当てたまま泣きくずれる。もしかして、このお母さんも役者だったりする?
「ああ、なんと言う悲劇でしょう!
それですむとわかってたら、なにも言わなかったってば!
「ご安心を、ダ・イズーどの。バゲット姫は誇り高きパン王国の後継者。そのような
「ああ、無理ですわ、そんなの! だって、あの火あぶり大王は
お母さんは『よよよ……』と、泣きくずれる。兄さまは、そんなお母さんの肩に手をおいて
お母さん、もしかして、シングルマザー?
兄さまは、お母さんに向かって言った。
「ならば、今回ははじめての敗北を味わうこととなります。さあ、キイナ。君もバゲット姫を応援してくれ。君の声援が姫の力となる」
って、兄さまはキイナに語りかける。言われてキイナは素直にあたしを応援した。両手を口に当てて力いっぱい『がんばれー!』って叫んでくる。
その姿の一所懸命なこと。
う、うう、やめてよおっ。そんなに一所懸命、応援されたらがんばるしかないじゃない。
あたしは思わず引きつった笑みを浮かべて片手をあげ、キイナの声援に応えていた。その途端――。
「がんばれ、バゲット姫!」
まわりを埋め尽くした人たちから一斉に応援の声が飛んだ。
「他人のためにかわって刑を受けようという、その
「
「火あぶり大王なんぞ、やっつけちまえ!」
口々にそう叫び、ついにはパン王国国歌の大合唱……って、ちょっとおっ! なんでモチ王国の人たちがパン王国の国歌を知ってるのよ⁉
そう思ったけど、よく見ると一人ひとりの手に歌詞をプリントした紙がもたれていた。ふと兄さまを見ると兄さまは親指をグイッと突き出し『してやったり』の表情。
このバカ兄貴ぃっ! あんたがプリントして手渡したなあっ!
こいつ、絶対ぜったい、あたしが簡単に負けられないようにして喜んでる! この
ファンファーレが鳴りひびき、火あぶりの刑? が、はじまった。
火あぶり大王が手にしたたいまつで
あやまればすむことなら、さっさとあやまってこんなことは終わらせたいんだけど……あたしの前に立つ人たちの期待に満ちた目を見ると、とても簡単には負けられない雰囲気。いまこの場であやまったら、どんなにガッカリされることか。
会場を埋め尽くす人たちの口から一斉に『あ~あ』の声がもれるのを想像して、あたしはさすがに怖くなった。
うう、仕方がない。いまはとにかく、焼きつづけよう。しばらく付き合えばみんな、満足してくれるだろう。それからあやまればいい。……いいよね?
あたしはそう思い、勝負をつづけた。でも、あたしは甘かった。どうしようもなく甘かった。
火あぶりの刑。
その名は
熱い。
とにかく、熱い。
ボウボウと火の燃える
これが食欲を刺激して、朝からなにも食べられずにいるお腹を直撃する。しかも、まわりの人たちがまた、やたらとおいしそうにおモチを食べるから!
あたしはもう食欲
でも、そんなことは、この刑の本当の恐ろしさではなかった。
決して
おトイレ!
刑の途中でおトイレに行きたくなっちゃった! 朝からずっとおモチを焼きっぱなしなんだからしかたないでしょ!
でも、でも、これはあくまで刑罰。刑がすむまではなれることはできない。つまり、おトイレにも行けない。
って言うことは、なに? もしかして、あたし、このままここで……。
できない!
あたしは心に叫んだ。
年ごろの女の子として、それだけはできない! しかも、こんな大勢の人が見ている前でなんて!
あたしはいまはじめて、この刑の恐ろしさを
なんて、恐ろしい刑。兄さまはきっと、このことを承知していたからあんなに
あたしは体をモジモジさせて、必死に押さえる。その上で、おモチも焼きつづけなくてはならない。熱さのせいで流れる汗に、おトイレを
いいかげん、あやまって終りにしちゃおうか?
ここまでがんばったんだから、もういいよね? 集まった人たちだって許してくれるよね? でも――。
キイナはまだ必死にあたしを応援していた。まだ七歳の小さな女の子が、こんなにも長い間、応援しつづけるなんて、どんなに大変だろう。そこまでされながら、負けを認めるなんて……。
あたしはチラリと、横でモチを焼きつづける火あぶり大王を見た。火あぶり大王があたしの視線に気付いた。こっちを見た。見下ろして。
そして、
この野郎!
あたしの頭のなかで怒りが爆発した!
あたしは王女、パン王国の後継者バゲット姫。こんな野蛮人に小バカにされる理由なんてない!
そうよ。あたしは望んで王女に生まれたわけじゃない。でも、事情はどうあれ、王女は王女。それにふさわしい行動をとる責任があたしにはある!
戦う相手を
あたしが苦しいなら、こいつだって苦しいはず。こいつだって、なにも飲めず、なにも食べられず、おトイレだって行けないんだから。
条件は同じ。
だったら、絶対、負けない!
見ててね、キイナ。お姉ちゃん、必ず勝つからね。
おモチを焼く。
おモチを焼く。
焼きつづける。
焼きつづける。
あたしはほとんどゼンマイ仕掛けの自動人形になったように、おモチを焼きづけた。熱さで流れる汗に
やがて、汗すら出なくなった。体中の水分がしぼり尽くされてしまったみたい。
あたしはなに? ミイラ? それとも、枯れ葉? もう、どこもかしこもカサカサ。まだ生きているのが不思議なぐらい。
もう、なにもわからない。
なにも考えられない。
ただ、ひたすらに腕が動き、モチ焼き作業をつづけていく。
おモチを焼く。
おモチを焼く。
焼きつづける。
焼きつづける。
もういったい、どれだけの時間、どれだけのおモチを焼いているのか、わからない。わからないなかで焼きつづける。
なにかが倒れる音がした。
ふと見ると、あたしの横で火あぶり大王が口から泡を吹いてあおむけに倒れていた。
えっ? これってもしかして……。
「それまで!」
国王陛下の声がした。
「勝者、バゲット姫!」
勝った?
あたし、勝ったの?
そうだ、あたしは勝ったんだ!
あたしのなかで
広場中が騒ぎに包まれ、世界がグラグラ揺れていた。キイナとお母さんが駆けよってきた。ふたりとも顔中、涙でくしゃくしゃにしている。あたしもたまらず、喜びの涙を流しながらふたりに抱きついた。
ああ、勝った!
あたしは勝ったんだ!
史上最大の感動がここにある!
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