一六章 あんたは世界で二番目よ

 裁判さいばんじょのなかの休憩きゅうけいしつ

 そこにはあたしと兄さま、それにキイナとお母さんの四人がいた。キイナは泣きつかれて眠ってしまい、その背をお母さんが優しくなでている。

 あのあと、あたしは裁判さいばんちょうに向かって叫んでいた。そんなつもりはなかったのに体が勝手に動いていた。

 『キイナがおモチを落としたのは、あたしがぶつかったからです! つまり、責任はあたしにあります。刑を受けるべきはあたしです!』

 『貴君は何者なのです?』

 『パン王国王女バゲットです!』

 あたしがそう名乗ると、裁判さいばんじょがざわめいた。

 さすがに一国の王女が登場したとあっては、自分の手にあまると思ったのだろう。裁判さいばんちょうは国王に連絡するって告げて、一時いちじ休廷きゅうていにした。そして、あたしは兄さまと一緒に、キイナとお母さんの休憩きゅうけいしつにやってきた、というわけ。

 お母さんは真っ青な顔で小刻みに震えていたけど、娘さんの手前だからだろう。なお気丈きじょうにふるまっていた。顔中に涙のあとをつけて眠るキイナを優しく抱きしめながら、あたしに言った。

 「いまからでも遅くはありません。どうか、王女さまはこのまま、お立ち去りください」

 「そうはいきません!」

 うったえかけるお母さんに対し、あたしは憤然ふんぜんとして答えた。

 「すべてはあたしの責任なんです。あたしが人の迷惑も考えずに走りまわったからこんなことになったんです。それなのに、逃げ出すなんてできません」

 「いいえ。理由はどうあれ、実際におモチを落としたのは娘のキイナ。罪はキイナのものであり、罰を受けるべきは母であるあたしです」

 「ダメです! だいたい、火あぶりってなんですか⁉ たかが、おモチ一個、落としたぐらいで。なんで、そんなひどい目にあわなきゃならないんですか⁉」

 「『たかが、おモチ』ですって⁉」

 とたんに――。

 お母さんが目をつりあげて叫んだ。いきなり立ちあがったせいで、ひざに抱いていたキイナを床に落とすところだった。

 それまでの怯えていた姿はどこへやら。頭から湯気を噴き出し、顔を真っ赤にして向かってくる。優しげな顔が、口が耳まで裂けてつのがはえたように見えた。怯えた子ヒツジが一瞬にして怒れる鬼にかわったみたい。

 なにこれ? なんでいきなり、こんなことになるわけ⁉ って言うか、なんであたしがここで怒られなきゃいけないわけ? あたしはお母さんを助けようとしてるのに!

 お母さんはそんなことはおかまいなしに、頭から湯気を噴き出しながらつめよってくる。その迫力はくりょくに押されて、思わず後ずさるあたし。

 「取り消してください! 『たかが、おモチ』とはなんですか! おモチこそ、あたしたちモチ王国の民の生きるかて神聖しんせい不可侵ふかしんにしておかすベからざる至高しこうの食べ物なのです! 『たかが』呼ばわりするなど断じて許しません!」

 「……ご、ごめんなさい」

 お母さんの迫力はくりょくに押されて、思わずあやまるあたし。

 「はい。わかればいいのです」

 って、お母さんはとたんにニッコリ笑ってそう言った。このあたりの呼吸はいかにも『子供を叱り慣れたお母さん』っていった感じ。なんだか、小さな子供に逆戻りしたような気がしてしまった。

 「で、でもでも、おモチはおモチでしょう。人間より大切っていうことはないはずです」

 「そのおモチがなかったら、あたしたちはどうやって生きていけばいいのです?」

 いや、おモチ以外にも食べるものはたくさんあると思うんだけど……。

 「あたしたち、モチ王国の民はモチと共に生まれ、モチと共に育つのです。モチ以外の食物をいくら食べたところで、栄養を得ることはできても、心を満たすことはできないのです」

 って、お母さん。

 その言葉に兄さまがうなずいた。

 「なるほど。人はパンのみにて生きるにあらず。モチ王国の人々にとって、モチこそは神の言葉。単なる食物を越えた食物。そう言うことなのですね」

 「その通りです」

 兄さまの言葉に――。

 お母さんは『ふん!』とばかりに胸を張る。

 ……なに? この展開。

 「太陽が照り、風が吹き、雨が降る。その大自然の営みあればこその収穫しゅうかく。そのどれかひとつ欠けてもおコメはみのらないのです。すなわち、おコメとは天地自然の恵み、我々を生かしてくれる神の贈り物なのです。あたしたちはそのコメをきかためてモチを作り、しょくすことで、自然の息吹いぶきを、神の愛を、この身いっぱいに受けるのです。まさに、モチあっての我が人生!」

 お母さんが両手を高々たかだかとかかげて叫んだ。嵐が吹き荒れ、背景には稲光いなびかり

 ちょっとお! ここって室内でしょ? モチ王国の人って自然をあやつる特殊能力でももってるわけ?

 「すばらしい!」

 兄さまが感銘かんめいを受けたように叫んだ。

 「そこまでの愛情をもてるとは、このブリオッシュ、感服かんぷくいたしました」

 「わかってくださいますか⁉」

 「もちろんです。モチ王国の人々の矜持きょうじ、しかとこの胸に刻みましたぞ」

 「ブリオッシュさま!」

 ガシッ! と、ふたりは手を握りあって見つめあう。

 だから、なに? この展開。

 「見ていてください、ブリオッシュさま。このダ・イズー。立派に刑を受けて見せます!」

 「いや、だから、キイナがおモチを落としたのは、あたしのせいで……」

 「関係ないのです。槍が降ろうが、地震がこようが、我が身を捨ててでもおモチを守る。それこそ。あたしたちモチ王国の民の誇り。娘はその誇りを汚したのです!」

 ……だから、どうしてここで、いばって言うわけ?

 「すべては母親であるあたしの不徳ふとく。罪に対する罰は甘んじて受け入れます」

 と、やっぱり、誇らしげに胸をそびやかすお母さん。ここまでくると罪をいていると言うより、悲劇のヒロイン像に酔っているようにしか見えない。

 ……まあ、すぐ隣に大劇場の名優がいるしねえ。そんな気になっちゃうのも無理ないかも知れないけど。

 休憩きゅうけいしつのドアが開き、裁判さいばんちょうが入ってきた。その後ろからは見るからに威厳いげんのあるおじいさん。

 ――この人が、モチ王国の王さまだ!

 あたしは直感した。だって、そのおじいさんが放つオーラは、あたしのお父さまの放つものとまったく同じだったから。我が身を捨てて国民に尽くす、正当なる王者にのみ放てる圧倒的なオーラ。

 あたしは自然に、国王陛下の前にひざまづいていた。兄さまも隣に並んでひざまづく。

 「はじめてお目にかかります。パン王国王女バゲットと申します。国王陛下」

 「うむ。余がモチ王国国王ヤキ・イソベである」

 国王陛下は鷹揚おうようにうなずいた。威厳いげんのある、でも、そのなかに親しみを感じさせる声だった。

 「そのほう、そこにおる被告ひくににんにかわり、火あぶりの刑を受けると言ったそうだが……」

 「いいえ、陛下! 刑を受けるのはあくまでもわたくしにございます」

 って、お母さん。その口調がやっぱり、悲劇のヒロイン像に酔っているっぽい。

 あたしはお母さんを無視して国王陛下に告げた。

 「かわりではありません。キイナがおモチを落としてしまったのは、わたしがぶつかったためです。つまり、刑を受けるべきは最初からわたしなのです」

 「ふむ……」

 国王陛下は小首をかしげた。すると――。

 「がははははっ!」

 まだ三度目なのに、すっかり聞き慣れてしまった笑い声が響いた。

 火あぶり大王。

 あたしの知る最大最悪の筋肉ダルマ。燃えさかる火のついた、たいまつを両手にもったまま部屋に入ってきた。

 あたしは反射的に立ちあがった。火あぶり大王をにらみつけた。そんなあたしを火あぶり大王はおかしそうに見下ろしている。

 「言うじゃねえか、お嬢ちゃん。だがな。そいつは、この刑の恐ろしさを知らねえから言えることだぜ。なにしろ、この刑の相手はこのおれさま、火あぶり大王さまなんだからよ」

 「火あぶり大王だからってなによ! 偉そうにしないでよ、この筋肉ダルマ!」

 一国の王女にあるまじき暴言に――でも、いいの。だって、あたしはもともと普通の女の子。『王女さま』として澄ましている柄じゃないんだから――さしもの国王陛下も目を丸くしていた。

 「つくづく威勢いせいのいいこった。だがな。どんにいきがったところで、おれさまに勝つなんてできやしねえよ。なにしろ、おれさまは世界一の豪傑ごうけつなんだからな」

 世界一。その言葉に対し――。

 「チッチッチッ」

 と、人差し指を振りながら舌打ちの音を立てて見せたのは、ブリオッシュ兄さま――ではなく、このあたし。

 あたしは火あぶり大王をにらみあげたまま言った。

 「ちがうわ。あんたは世界で二番目よ」

 「なんだと⁉ それじゃあ、世界一の豪傑ごうけつは誰だ⁉」

 あたしはドン! と、自分の胸を叩いて宣言した。

 「このあたしよ!」

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