一五章 火あぶりならあたしを!

 「被告ひこくにんキイナ」

 重々おもおもしい声で、裁判さいばんちょうがそう告げる。

 場所は王立裁判さいばんじょ。モチ王国の最高裁判さいばんじょだそうだ。

 いったい、あれからなにが起きたのか。

 あたしはいまだにわかっていない。とにかく、おモチを落とした女の子と、そのお母さんが衛兵えいへいたちに捕まり、連行され、あれよあれよという間に裁判さいばん沙汰ざた

 その間、三〇分と立っていない。それなのに、黒ずくめの服を着た裁判さいばんかんがズラリと並び、傍聴ぼうちょうにんせきは人、人、人。とてもじゃないけど、入りきれなくて、裁判さいばんじょの外まで傍聴ぼうちょうを望む人たちがあふれている。

 あたしはと言えば、なにがなんだかわからないまま、気がついてみると傍聴ぼうちょうにんせきの一番、前に座って、母娘おやこさばかれようとする様子をじっと眺めていた。

 あたしの隣にはもちろん、ブリオッシュ兄さま。多分、あたしが呆然ぼうぜんとしている間に兄さまがうまく立ちまわって、この席を手に入れたんだと思う。兄さま、そのへんはぬかりないから。

 女の子の名前はキイナ。お母さんはダ・イズー。ふたりはかわいそうに、真ん中の被告ひこくにんせきに立たされ、ブルブル震えている。とくに、キイナなんて顔中、真っ白にしていまにも泣き出しそう。お母さんの服にしっかりとしがみついたその姿が、オオカミに狙われておびえるウサギみたい。

 ちょっとお! なにがあったか知らないけど、キイナってまだ七、八歳じゃない! そんな子供を裁判さいばんの場に連れ出すことなんてないでしょ!

 「姫があたりかまわず走りまわって、あの子にぶつかったせいですけどね」と、兄さま。

 うっ、たしかに。あたしがぶつかったせいでキイナはおモチを落としてしまい、そのためにこんなことになっている。つまり……悪いのはみんな、あたし?

 でも、それとこれとは話が別でしょ! あんな小さな女の子を被告ひこくにん扱いすることないじゃない! しかも、たかだか、おモチ一個を床に落としたぐらいで……。

 お汁粉しるこ噴水ふんすいを作るだなんて素敵な国!

 そう思っていたのに、こんな残酷ざんこくな一面があったなんて……。

 「被告ひこくにんキイナ」

 裁判さいばんちょうがあらためて女の子の名前を口にした。

 「被告ひこくにんは世界最強のモチテーマパークにおいて、不注意にもモチ一個を床に取り落とした。まちがいありませんか?」

 「はい。あたしは、おモチを、床に、落として、しまいました」

 キイナは『あたしは』、『おモチを』って一語いちご、区切るように答えた。必死に涙をこらえながらそう答える姿に、あたしの胸はズキズキ痛む。

 「ひとつのモチができあがるまでにどれほどの人々の汗が流されているか。モチ王国の国民であるからには、たとえ子供と言えど知らないはずはありませんね?」

 「……はい」と、キイナ。

 「農家の方が一粒ひとつぶ種籾たねもみをまき、苗を植え、丹精たんせい込めて育てあげたコメ。一本いっぽんカマを使って収穫し、天日に干しておいしくしたコメ。えある相撲すもう大会の優勝者たちが、その身に背負って町まで届けたコメ。そのコメを熟練じゅくれん職人しょくにんたちが手間暇てまひまをかけて、して、いて、一つひとつ形にして、そうしてようやく、モチができあがるのです。それだけの苦労があってはじめて、私たちはおいしいおモチを食べることができるのですよ。わかっていますね?」

 「……はい」

 「である以上、私たちはおモチを扱うときには人々の汗に感謝し、最大級の敬意をもって取り扱わなくてはなりません。それをおこたることは人々の苦労を踏みにじり、侮辱ぶじょくする行為。断じて許されざること。にもかかわらず、あなたはそのモチを床に落とした。理由がどうあれ、そして、いかに子供と言えど、決して許されることではありません。わかっていますね?」

 「……はい」

 「よろしい。罪には罰を。当法廷としては、あなたには規定通りの罰を与えなくてはなりません。ですが、さすがに七歳の子供に刑を科すのはこくというもの。法廷にも情けというものはあります」

 それと聞いてあたしはホッとした。よかった。この国にも常識はあるみたい。お説教ぐらいですみそうだ。ところが、裁判さいばんちょうの言った言葉は――。

 「よって、慣例かんれいどおり、子供にかわって保護者たる身に刑に服するよう申しつけます」

 えええっ~、なにそれ⁉

 つまり、キイナのかわりにお母さんがひどい目にあわされるってこと⁉

 「……はい」

 って、お母さんは静かにうなずいた。その表情がまるで、すべてを受け入れたにえ聖女せいじょのよう。

 「では、判決を申し渡します」

 えええっ~⁉ もう判決?

 ちょっとまってよ。裁判さいばんってたしか、弁護べんごにんによる弁護べんごとかが行われるものじゃないの それなのに、裁判さいばんちょうの一方的な話がつづいただけで、もう判決? いくらなんでも乱暴すぎでしょ⁉

 あたしは胸のなかで叫んだけど、その場に居並ぶ傍聴ぼうちょうにんの誰ひとりとして、それをおかしなことだと思っていないみたい。それどころかみんな、納得顔でうなずいている。

 「つまり、モチ王国において、モチを落とすということは、それだけ重罪と言うことだ」と、兄さま。

 「討論とうろんの必要がないほど、罪に対する罰が決まっている。そう言うことだな」

 「そんなの、許されるの⁉ わざと落としたわけでもないって言うのに……」

 「忘れたか、バゲット? どんな法を作るかは王国の権利。そして、その法がいいと思った城が、その王国と契約けいやくする。はたから見てどんなにひどい法に思えても、人々がそれでいいと思っているなら他者が口を出す筋ではない。それがいまの世界のルールだ」

 そ、それはそうだけど……。

 「では、判決を申し渡します」

 裁判さいばんちょうが言った。

 ゴクリ、と、あたしはつばを飲み込んで『判決』をまった。

 「規定通り、被告ひこくにん代理ダ・イズーを火あぶりの刑にしょす」

 火あぶりィッ⁉

 あたしは飛びあがって叫ぶところだった。

 火あぶり? 火あぶりって、ちょっと! いくらなんでも大げさすぎでしょ! なんだって、おモチ一個、床に落としただけでそんな目にあわなきゃならないのよ!

 ……って、モチ王国に来るまでのあたしだったら、後先考えずに飛び込んでとめていた。でも、あたしだってここにくるまでに経験をつんでいる。

 ふ、ふん。もうだまされないわよ。ササヒカリ村での『村娘を連れて行く』って言うのは、おコメを町まて運ぶっていう意味だった。アンコロ町での『戦争』はモチ食わせ大会のことだった。

 そう。ここは、そういう国。いちいち言い方が大げさなのよ。この『火あぶり』だってきっと、なにか別の意味があるんだわ。そうよ、そうに決まっている。だから、みんな、文句も言わずに……。

 ワッ! って、火のついたような声がした。キイナがお母さんにしがみつき、大声で泣き叫んでいた。

 パアン! と、音がした。裁判さいばんじょのドアが乱暴に開かれ、ゾウでも踏み込んできたのかと思うほど、大きくて重々おもおもしい足音がした。そして、その男はやってきた。『がははははっ!』と、天までつんざくような笑い声を響かせながら。

 「火あぶり大王」

 裁判さいばんちょうが言った。

 『火あぶり大王』と呼ばれた男はもう一度『がははははっ!』って大きくて下品な声で笑って見せた。笑い声にふさわしい雲をつくような大男。あのにぎり山でさえ、この男の前では子ジカに思える。それほどの大男。そして、筋肉ダルマ。しかも、その両手には――。

 ゴウゴウと燃えさかる火のついたたいまつをもっている!

 「判決は出たようだな、裁判さいばんちょう

 「むろんだ、火あぶり大王。貴君きくんの出番だ」

 「けっこう。この火あぶり大王、きっちりケリをつけてやるぜ」

 火あぶり大王がズイッと火のついたたいまつをお母さんの方に突き出した。キイナが恐怖のあまり泣きわめき、必死に抱きしめるお母さんも顔中、まっしろ。

 ……これって、もしかして本当に?

 ううん、そんなことない。ない……はずだよね?

 「まってください!」

 あたしは裁判さいばんちょうの前に飛び出していた。そして、自分でも知らないうちに叫んでいた。

 「火あぶりの刑はあたしが受けます!」

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