一四章 なにが起こったの⁉

 あたしは兄さまをしたがえ、世界最強のモチテーマパークに突撃した。そう。仕事よ、仕事。これはあくまで『視察しさつ』という名の、王女の仕事。だから、仕方ないのよおっ!

 世界最強のモチテーマパーク。

 そこはまさに乙女の楽園、人類の夢の舞台。古今ここん東西とうざい、ありとあらゆるおモチとおモチ料理が集まり、食べられるのをまっている!

 熟練じゅくれんした職人しょくにんたちが技をきそい、みずからのプライドをかけてモチを焼き、料理し、訪れる人たちにふるまっている。

 おかげで、ビルのなかはもう、どこもかしこもおいしい匂いでいっぱい。その匂いをいでいるだけで体がとろけて床に染み込みそう。よだれはダラダラ、お腹はグウグウ、もういても立ってもいられない!

 「さあ、行くわよ、兄さま! おモチのテーマパーク完全制覇よ!」

 右手にトング、左手にトレイ、胸の奥には原始の炎! あたしはテーマパークのなかに突進する。すみからすみまで見てまわり、上にのぼって、下に戻って、あらん限りのモチたちを品定しなさだめ。

 ああ、どれもおいしそう。いや、絶対、おいしい! どれを食べていいのかわからない。

 右を見ればつきたてホカホカのおモチがあたしをまっている。

 左を見ればツヤツヤのあんこにくるまったあんころモチがあたしを誘っている。

 正面を見れば、山とつまれた月見モチが『食べて、食べて』と言っている!

 そして、圧巻あっかんだったのは、屋上の特設会場に設置されたお汁粉しるこ噴水ふんすい。兄さまがパンフで読みあげるのを聞いて想像していたようなちゃちなやつじゃない。高さ一〇メートルはあろうかという見上げるばかりの大きさで、そのてっぺんから甘い匂いのお汁粉しるこりゅう息吹いぶきのような勢いで吐き出している。

 しかも、その吹きあがり方にはいくつものパターンがあって――数えてみたところ、一二パターンあった――刻々こくこくとその姿をかえる。

 そして、滝となって降りかかるお汁粉しるこ壮大そうだいさ!

 これぞまさに乙女の夢、欲望の楽園!

 こんがり焼いたおモチを滝となって流れるお汁粉しるこにつけてパクンと食べれば、ほっぺたが落ちそうなおいしさが口のなかいっぱいに広がってもう、死んでもいい! 状態!

 ああ、こんな素敵すてきなものがこの世にあったなんて。こんなものを作ってのけるモチ王国。これぞ世界の支配者にふさわしい!

 あたしは確信した。モチ王国がすべてのお城と契約けいやくすればみんな、もっともっと幸せになれる。あたしも晴れて普通の女の子になれて幸せになれる。そして、あたしの町にもこれと同じような噴水ふんすいを作ってもらい、毎日おいしい思いをして生きるのよ!

 ――なんとしても、モチ王国をそそのかして、パン王国と契約けいやくしているお城を全部、もっていってもらうんだから!

 あたしは固くかたく、そう決意した。

 その決意をつらぬくためにはモチ王国のことをもっと、もっと、知らなきゃならない。つまりは、モチ王国の真髄しんずいたるこのモチテーマパークを深く知ること。

 あたしはモチテーマパークのすべてを知るべく、トングとトレイを伝説の剣と盾のごとくにかまえてパーク内を駆けまわった。

 なんで、パン王国にはこれに匹敵するような施設しせつがないの⁉ 帰ったらさっそく、作らなくちゃ! でも――。

 あたしは知らなかった。知らなかったのだ。あたしのこのうかつな行動が、ある恐ろしい悲劇ひげきを招き寄せてしまうことを。

 コツン、と、おモチに向かって突撃していたあたしは七、八歳の女の子にぶつかってしまった。

 「あ、ごめんな……」

 さい、と、そう言おうとして、あたしの口は途中で固まった。それを見てしまったからだ。あたしのぶつかった女の子、その隣に立っている若いお母さんらしい女の人、そして、ふたりを取り囲む無数の人、人、人! その全員が目を大きく見開き、彫像ちょうぞうみたいに固まってしまっていることを。

 ときが凍りついた。

 それはまさに、そう言うにふさわしい光景だった。誰も動かない。身じろぎひとつしない。まばたききすらしない。呼吸の音ひとつ聞こえない。聞こえるものはシーンという耳の痛くなるような静けさだけ。その場のすべてが凍りついていた。

 えっ? えっ? なに? なんなの? なにが起こったって言うの?

 ときのとまったその空間であたしはひとり、あたりをキョロキョロ見まわした。そして、気付いた。その場にいるすべての人が、息さえとめて一カ所を見つめていることに。すべての視線が床の一点に集中している。そこにあるものは――。

 小さなおモチ。

 どうやら、あたしがぶつかったせいで、女の子がトングにはさんでいたおモチを落としてしまったらしい。でも、それがなに? ここまで凍りつくほどのこと?

 「……落とした」

 ポツリ、と、誰かが呟いた。決して大きくない、むしろ低くおさええた、いや、かすれて小さくしかならないと言った様子の声。それでも、この静まり返った空間では、この世の終わりを告げる大天使のラッパの音のように鳴り響いた。

 そこからはもう、一気だった。

 「モチを床に落としたぞおっー!」

 その声がひびきわたり、連鎖れんさして、パーク内全体がその叫びにみたされた。

 なになに? いったい、なにが起こったって言うのよおっ!

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