第四部 絶対、普通の女の子になってやる!

一三章 世界最強のおモチテーマパーク

 ……う、うえ、く、苦しい……。

 お腹がパンクしそう。

 さすがに一〇〇人分はあろうかというおモチを、あたしひとりで食べるのは無理があったわ。食べ過ぎで後悔したのは五歳のとき以来。あのときは、はじめて食べた、かき氷のおいしさに感動してとまらなくなったのよね。

 まわりがよってたかってとめるのも聞かずに『もっと食べるんだあっ!』って駄々だだをこね、五杯、一〇杯とかき込んで、見事にお腹をこわして寝込んだものだっけ。お腹は痛いわ、熱は出るわでもう散々!

 『かき氷なんて二度と食べるもんか!』って誓ったっけ。治った途端、ケロッとしてまた食べて、いまにいたるまで夏の楽しみだけど。

 あのときはお父さまったら、寝込んでいるあたしでさえ恥ずかしくなるぐらいオロオロしっぱなし。『世界中の医者を呼べ!』なんて叫ぶわ、政務のために大臣に連れて行かれても一〇分としないうちに戻ってくるわ……。

 あとになって大臣たちがボヤいているのを立ち聞きしたところによると、あのときはお父さまの政務放棄で本気で国が傾きかけたとか。

 契約けいやくしている都市がみんな、他の国にもっていかれて人々がかわらず平和に暮らせるというのなら、パン王国が滅びたってかまわない。むしろ、大歓迎。だって、念願の『普通の女の子』になれるんだもん!

 でも、国が傾いて人々の暮らしが破壊されるとなれば、話は別。あたしのせいで人々が不幸になったらさすがに気まずい。反省。

 そう言えば、あのときは兄さまが付きっきりで看病してくれたんだっけ。熱を出してうんうん唸っているあたしの隣で『睡眠学習だ』とか言って、小難しい本をひたすら読みあげていたのは、いまにいたるまで『どういうこと?』って気分だけど……。

 そして、あれから七年たったいま――。

 「いや、素晴らしい。さすがはパン王国の王女さま。こうなるとわかっていながら『献上けんじょうされた食べ物を無駄にはできない』と、ひとりで食べきるその高邁こうまいなる精神。まさに、王族のかがみ。このブリオッシュ、心から感銘かんめいいたしました」

 こいつの嫌味いやみはいまも健在。素直に『これにりたら、二度と食べ過ぎたりしないことだな』とか、説教すればいいのに、この台詞。あたしの顔を見るたび、王立劇場でのロマン劇さながら、大げさな身振り手振りを交えてそう言ってくる。うっとうしいったらありゃしない!

 ……そのくせ、あたしの部屋にはしっかり、胃薬が用意されていたりするんだけど。でも――。

 「やはり、成長期だな。ウエストサイズがふくらんで、服が合わなくなってきているようだ。ちゃんと直しておくから安心して食べていいぞ」

 なんて言う必要ないでしょお!

 そう言うことこそ黙ってやってよ、もう!

 ともかく、あたしは吐き気と胃薬とを友にして、モチ王国の首都チカラカガミにやってきた。首都に立ち入る前に、あたしは固くかたく誓った。

 「この町ではもうなにも食べない! 絶対ぜったい、おモチなんか食べずに帰る!」

 そう! あたしの本来の目的はあくまでも『モチ王国をそそのかして、パン王国のすべてのお城を奪い取らせる』ことにある。その目的のために来ているんだから、呑気のんきにおモチなんか食べている場合じゃないのよ!

 あたしは兄さまを引き連れて意気いき揚々ようようとお城に向かった。でも――。

 あたしは知らなかった。チカラカガミにはあたしの決意を揺るがす、恐るべき敵がいることを。

 そいつは、お城の前の道に鎮座ちんざして、あたしをまっていた。一言も発せず、身じろぎもせず、ただひたすら待ち受ける。そう。まるで、あたしがそいつに魅了され、自ら入り込んでくることがわかっているかのように。

 そいつの吐き出す吐息があたしを包み、そのたびにあたしは頭がクラリと揺れる。ともすれば、足が勝手にそいつの方に向かってしまいそうになる。まるで、そいつの吐いた息がロープとなってあたしの首に巻き付き、引きずっていくかのように。その恐るべき敵、そいつの名は――。

 世界最強のモチテーマパーク!

 なんで、こんなところにこんなやつがいるのよおっ!

 『この都市では、絶対におモチは食べない!』って誓ったのに、揺らいじゃうじゃない。お腹が苦しいのはともかく、ウエストサイズがマジ、ヤバいんですけどおっ!

 ああ、でも、こいつは強すぎる。こいつに比べたら悪の大魔王なんて子供みたいなもの。だって、だって、こいつときたらなんと地上五〇階建ての巨大なビルで、しかも、見た目が焼いたおモチそっくりでメチャおいしそう!

 よくある真四角の味気ないビルなんかじゃなくて、ぷっくらふくらんだ焼きモチそのままの丸みを帯びた形で、焦げ目までついている! てっぺんにはおモチにはつきもののアレ――ホラ、アレよ、アレ。マンガに出てくる、ぷくうっとふくらんだ丸い部分――までついている!

 見ればみるほど『でっかいおモチ!』そのままで、見ているだけでお腹がへってくる。しかも、ビルのまわりを屋台が埋め尽くし『これでもか!』とばかりにおモチを焼いているものだから、おモチを焼く香ばしい匂いが辺り一面ただよって……もう『でっかいおモチ!』にしか思えない! うっかり、気を抜いたら、ビルにかじりついてしまいそう。

 うう……でも、ダメ! ダメよ、バゲット、耐えるのよ! 誓ったでしょう、『この都市ではおモチは食べない!』って。もう五歳の子供じゃないんだから。一二歳の立派なレディなんだから。自分で立てた誓いぐらい、ちゃんと守らなきゃ……。

 「ほほう。なるほど、これはすごい。『世界最強』の名にいつわりなしだな」

 って、兄さま。いつの間にやらパンフレットを手に感心している。

 「まず、一階から一〇階までは、モチ王国で栽培されている一〇〇種のコメを使ったモチの展覧会。甘みの強いコメ、香り高いコメ、粘り強くコシの強いコメ……それぞれのコメの特徴がよくわかるよう、そのコメだけで作られたモチがズラリと並ぶ。しかも、精米されたコメで作ったモチだけではなく、玄米で作った玄米モチ、芽が出るまで水につけたコメで作った発芽はつがモチまでそろっている。それらのモチがあるいは焼かれ、あるいはげられ、あるいは煮られ、ふるまわれている。たしかに、これはすごい」

 うっ……。

 「一一階から二〇階までは加工されたモチのコーナー。ホクホクしたマメがたっぷりはいったマメモチに、すりおろしたサツマイモを加えた、トロリと甘くて柔らかい、まるで水飴のようなイモモチ。女性に嬉しい、ドライフルーツやナッツをふんだんに加えた生地で練りあげたケーキモチ。さらに、こんがり焼いたモチにミルクをかければ、ジュッと音を立ててミルクが焼けて、あたり一面、香ばしい匂いが漂う。そこへ、黄金色のハチミツをかけていただくミルクモチ。もちろん、きなこモチにあんころモチ、こんがり焼いたモチに醤油しょうゆをつけて海苔のりを巻いた磯部いそべきと言った定番のモチもそろっている」

 ううっ……。

 「二一階から三〇階まではなんと!

 『ビックリ大集合! 世界のモチ料理、手当たり次第に並べてやったぜパーク!』

 パークのスタッフが世界を旅し、その果てで見つけた、あらゆるモチ料理を披露ひろうし、味わえるようにしているわけか。いや、見事、見事な心意気。これぞまさにモチ王国の矜持きょうじだな」

 うううっ……。

 「さらに、三一階から四〇階までは自分で好みのモチを作れる体験型パークか。なになに。『世界中のあらゆる食材をご用意し、いかなる味でも作り出せるよう準備しております。見事、審査員をうならせる新しい味のモチを作り出したなら、あなたの名前をつけて当テーマパークにて売り出します。さあ、あなたもぜひ、あなただけの味に挑戦してください!』か」

 ううううっ……。

 「そして、四一階から五〇階が『大集合! 国民自慢の家庭の味!』か。モチ王国の国民がそれぞれ、自分の自慢の逸品いっぴんをもちよって披露ひろうしあっているわけか。まさに、おふくろの味のテーマパーク。プロの作るしなとはひと味ちがう、母の愛情に満たされた家庭の味が堪能たんのうできるわけだ」

 うううううっ……。

 「さらに、屋上特設会場には世界でただひとつ、お汁粉しるこ噴水ふんすい。こんがり焼いたモチを手に、チーズフォンデュならぬ汁粉しるこフォンデュを食べ放題!」

 お、お、お汁粉しるこ噴水ふんすいィ~⁉ なによ、そのパラダイス! おまけにお汁粉しるこフォンデュ食べ放題って……ここは、天国か⁉

 うう~、食べたい、食べたい、食べたい!

 いますぐテーマパークに突撃して、お腹がパンクするまでおいしいおモチを食べまくりたい!

 ああ、でも、ダメ、ダメよ、バゲット。耐えるのよ。誓ったんだもの。『この都市ではおモチは食べない』って。王女として、一二歳の立派なレディとして、自分の立てた誓いは守らなきゃ……。

 身もだえするあたしの横で、兄さまがぽつりと呟いた。

 「これはまさに、世界のモチ文化の展覧会。これだけの施設を建設し、維持しているモチ王国の努力は並々ならぬものがある。これは一国の王族として、視察しさつする価値は充分にあるな」

 視察しさつならば王女の務め! 遺憾いかんなれど、務めを果たさないわけにはいかない!

 「なにしてるの、兄さま⁉ 世界最強のモチテーマパーク、足元からてっぺんまで、視察しさつしまくるわよおっ!」

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