一二章 ああ、腹が立つ!

 「なに? 川にダムを作るだと?」

 強引にアズ・キー町長に面会を申し込み、あたしは開口一番こう言った。

 「川をせきとめ、ダムを作るのです。そうすれば、ふたつの町で充分に使えるだけの水を確保できます」

 兄さまとズンダ博士も一緒にいる。あたしたちは三人並んでアズ・キー町長の前に立ち、戦争反対をうったえた。

 アズ・キー町長は意外なほど乗り気になってくれたようだった。

 「ふむ、なるほど。ダムか。確かにダムを作れば水利用はさらに安定化する。一考いっこうの余地はあるな」

 「なら、戦争はしなくてすむのね⁉」

 「ならん! それとこれとは話が別だ! 戦争は必ずやる!」

 「なんでよ、このスカ! なんでそんなに戦争したいのよ⁉」

 「これには我々の名誉が懸かっているのだ! 昨年の戦争では、我々が皆殺しの目にあった。その屈辱くつじょくを晴らさぬうちは死んでも死にきれんのだ!」

 「いくら、皆殺しにされたからって……」

 って、あれ? 『皆殺しにされた』? えっ? 去年の戦争で? それならなんで、この町の人たちは生きてるの? 

 えっ?

 えっ?

 えっ?

 あたしがたずねるとアズ・キー町長はキョトンとした表情になった。

 「なにをわけのわからないことを言っておる。『戦争で皆殺しにされた』と言えば、毎年のモチ食わせ大会で、我が方の代表選手が全員、食い倒れさせられたという意味に決まっておるではないか」

 「モチ食わせ大会? 食い倒れ? えっ? えっ? えっ?」

 あたしの隣に並んだズンダ博士が大げさにため息をつく。

 「まったく、おろかなことじゃ。毎年まいとし一〇名ずつの代表を出し、自分たちの作ったモチを食わせ、全員を食い倒れさせた方が勝ち、とはな」

 ズンダ博士に言われてアズ・キー町長は顔をしかめた。

 「そうは言いますがね、先生。これには我々の名誉が懸かっているんですよ。こちらばかり食い倒れさせられ、連中を食い倒れさせることができないなど。不覚ふかくにもここ数年、こちらの負けつづきですが、今年こそ勝利をと、新しいモチを考案こうあんしたのです。いまも大会に向けて生産中です。いまさら、後には引けないのです」

 えっ?

 えっ?

 えっ?

 新しいモチ?

 それじゃ、アズ・キー町長の言っていた『最終兵器』って……。

 「つまり、そのモチのことだな」と、兄さま。

 言われなくてもわかるわよ!

 ズンダ博士は首を振りながら言った。

 「まったく、無駄なことじゃ。こんな大会のために大量のコメを使い、モチを作りまくるなど。生きる以上に食うなど、それこそ稲神いながみさまへの冒涜ぼうとく。選手たちの健康にも悪い。医師としてもとうてい、支持できん」

 「あ、あのお……」

 あたしはおそるおそる口にした。

 「それじゃ、戦争の原因って……ズンダ博士からは『水の使い方が原因』と聞いたんですけど……」

 我ながら、恥ずかしさで声が縮こまりきっている。アズ・キー町長は途端に怒りをあらわにした。

 「それじゃ! それこそが問題なのだ! 隣町のやつらめ! よりによって、いたモチをいったん、水にくぐらせるなどという方法を思いついたのじゃ!」

 「はい?」

 「そうすることで、さめてもモチが固くならないなどと抜かしての」

 は、はあ……。

 さめても固くならないおモチ? それって便利なんじゃ……。

 でも、アズ・キー町長は『絶対に許せない』といった表情で言った。

 「固くなってこそモチ! そもそも、モチとは保存食であり、保存できなくてはならない。固くなってこそしまっておくにも、持ち運ぶにも便利というもの。いつまでも軟らかいままのモチなど袋に入れて持ち運ぶこともできんではないか!」

 は、はあ……。

 「なによりもだ。考えてみるといい。固くなったモチを火にかけ、こんがりと焼く様を。固くなっていたモチが熱を加えられて徐々に柔らかくなり、ぷくうっとふくらむ。その瞬間こそまさに至福なのではないか!」

 ゴ、ゴクリ。

 アズ・キー町長の実感こもりまくりの言葉に、あたしは思わず生唾を呑み込んだ。そんなふうに言われると、たしかにそんな気もしてくる。

 「それをあやつらめ。固くならないモチなどを発明して台無しにしおって。かかる風潮ふうちょうを放置してはおけん。そこで、やつらのモチと我らのモチ。どちらがうまいかを決めるために毎年、モチ食わせ大会を開くことになったのだ。そして、勝った方のモチが首都へと献上けんじょうされる。これは単なる意地の張り合いなどではない。モチ作りの正当を懸けた一大勝負なのだ」

 って、アズ・キー町長は拳を握りしめて力説する。背景には波が砕け、頭の上には稲光いなびかり。すごい構図だけど、アズ・キー町長の熱意だけは伝わってくる。

 は、はあ、そうなんですか、へえ……。

 「あ、でも、それなら、ズンダ博士が戦争に反対したから地下の洞窟に閉じ込められたって言うのは? そんな必要なかったんじゃ……」

 あたしが言うとアズ・キー町長はまたもキョトンとした表情になった。

 「はあ? なにを言っておる? 私はズンダ博士を閉じ込めてなどおらんぞ」

 えっ?

 「わしは自分からあの地下空洞にこもったんじゃぞ」って、ズンダ博士。

 えええっ⁉

 「この町の歴史を絵物語として残す。何百年、何千年という未来までも、この地にわしの愛した偉大なる町があった。そのことを伝えるためにの。それこそがわしの長年の夢であり、この世での最後の仕事と心得ておった。ところが、世界一の碩学せきがくの宿命よ。地上にいるとあれやこれやと人がよってきて、わしに頼りおる。とてもではないが、まとまった時間などとれん。そこで、人のよりつかない地下の大空洞にこもったんじゃ。あそこなら誰にも邪魔されんからな。おかげで仕事のはかどること。おぬしも見たじゃろう。壁一面に刻まれた我が作品の見事さを」

 って、ズンダ博士はホクホク顔。た、たしかに、見事な作品は見ましたけど……。

 町長は苦虫にがむしをかみつぶした。

 「私も困っていたんだ。いくら丈夫で、本人の意思とは言え、歳も歳。そんな老人がひとり、地下の大洞窟にこもり、寝る間も惜しんで壁画へきが作り。いつ体を壊してもおかしくない。それなのに、この頑固がんこじじいときたら、誰もよせつけようとせんのだ。仮にも世話になった教師を無理やり引きずり出すわけにも行かず、途方に暮れていたところにそなたたちがやってきた。同じく戦争に反対するものなら気も合うかと思い、様子見に行ってもらったのだ」

 よ、様子見……。

 は、はは、そう、そうだったんだ……。

 「たしかに『閉じ込める』とか、そんなことは一言も言わなかったな」

 兄さま、うるさい!

 アズ・キー町長は破顔はがんした。

 「そして、こうして見事、引っ張り出してきてくれた。礼を言うぞ、ありがとう」

 と、アズ・キー町長はあたしに向かって頭をさげた。

 「あ、いえ、そんな……」

 あたしはそう答えるのが精一杯。アズ・キー町長はさらに言った。

 「ああ、それから、そなたの提案については、隣町と協議の上、実現に向けて行動するから心配なきようにな。完成のあかつきにはそなたの名をつけて、末永すえながたたえるとしよう」

 「い、いいです。忘れてください」

 あたしは小声でそう言うのが精一杯だった。


 そして、モチ食わせ大会の日はやってきた。

 両方の町の人たちが総出で盛りあがるなか、アンコロ町の出してきた『最終兵器』とやらは、じっくり煮込んだ油揚げのなかにおモチを仕込んだいなりモチ。このいなりモチをもって見事、アンコロ町は勝利。町全体が喜びに包まれたのだった……って、なに? この謎の脱力だつりょくかんは。

 ……あたしたちは首都に向かって飛ぶ飛行船のなかにいた。操縦席を占拠するのは大量のモチ、モチ、モチ。

 勝利に大喜びのアズ・キー町長から贈られた、いや、押しつけられたおモチの山だ。

 とても食べきれないと断ったんだけど『祝い物を拒むなど野暮やぼというもの。いいからもっていけ』と、これ以上ないほどのニコニコ顔で言われて断りきれず、受けとる羽目になってしまった。

 「まったくもう! モチ食わせ大会ならモチ食わせ大会って言っていればいいじゃないの! それなのに、戦争なんて言い方するから……恥かいちゃったじゃないの!」

 あたしが憤慨ふんがいして言うと、兄さまが呑気のんきに口にした。

 「しかしまあ、思い返してみれば最初から『昨年、皆殺しにされた』と言っていたからな。その時点で表現がおかしいことに気がつくべきだったな」

 なによ! 気付いていたなら教えてくれればよかったじゃない!

 「なにを言う。教師がすべてを教えていたら生徒は成長できないじゃないか。なにも教えず、生徒が自分から学び、考え、行動できるようにする。それこそ、教師の務め。おれはその務めに従ったに過ぎん」

 ああ、もう、こいつは!

 ほんとに、ああ言えばこう言うんだから!

 「もういい! このおモチ、全部、あたしが食べる! やけ食いしてやるんだから!」

 あたしはもらったおモチを両手に握りしめ、口にパクパク放り込んだ。

 なによ、これ! おいしいじゃないのよ。

 ああ、腹が立つ!

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