現代版 寿限無
飛鳥竜二
現代版 寿限無
あるところに、若い夫婦がおりました。だんなは、長距離トラックの運転手で、長距離になればなるほど、やる気がでるという変わり者。何事も長いのが大好き。
その若い夫婦に子どもができました。そんなある日、だんなは仕事中のラジオの深夜番組で、世界一長い名前があることを知りました。ドイツからの移民のアメリカ人で
「アドルフ・ブレイン・チャールズ・ディビッド・アール・フレデリック・ジェラルド・ヒューバート・アーバン・ジョン・ケネス・ロイド・マーティン・ネロ・オリバー・ポール・クィンシー・ランドルフ・シャーマン・トーマス・ウンカス・ビクター・ウィリアム・ゼルゼス・ヤンシー・ゼウス」
という107文字の名前。どうやら祖先の名前をくっつけているうちに、こんなに長くなってしまったようです。と番組で話をしていました。
「変わった奴がいるな。でも、待てよ。日本にはもっと長い名前があるよな。落語にでてくる
寿限無寿限無ごこうのすりきれ、海砂利水魚の風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助
は107文字を超すじゃないか。これだよ、この名前だよ」
と、そのだんなは子どもの名前を心に決めました。
子どもが産まれて、奥さんの猛反対にあいましたが、そのだんなは奥さんが病院にいる間に、役場に出生届けをだしてしまいました。
役場の人は、あっけに取られて
「本当にこの名前でいいんですか?」
「いいんです。世界一長い名前をつけたいんです。それに日本に昔から伝わる名前ですから」
「落語の名前ですよ」
「落語をばかにしてはいけません。私は長距離トラックの運転手だが、演歌と落語が友だちです」
と言って、戸籍は
寿限無寿限無ごこうのすりきれ、海砂利水魚の風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助
で、登録されました。ちなみに名字は「津」という。三重県の県庁所在地と同じです。
奥さんは、この名前では呼ばず、「寿限無ちゃん」と呼ぶようになりました。でも、だんなさんの前で、そう呼ぶと夫婦げんかになるので、だんなさんの前では「ぼくちゃん」と呼んでいました。だんなさんは苦い顔をしていましたが・・。
さて、月日はたち、寿限無くんは小学校に入学しました。寿限無くんのお父さんは、子どものころ悪ガキだったので学校がきらいです。それで、なかなか寿限無くんの学校には行きませんでした。でも、授業参観に行くように奥さんから無理無理頼まれ、しぶしぶ行くことになりました。
授業は算数です。若い男の先生が担任です。
「たしざんの勉強です。5+5は?」
というような問題に順番に答えていく授業です。寿限無くんの順番になると
「はい、津さん」
と先生は名字で呼びました。すると、寿限無くんのお父さんが、声をあげました。
「ちょっとストップ。どうして、うちの子だけが名字で呼ばれるんだよ。他の子は皆名前で呼ばれているじゃないか?」
「それはお父さん、他の子たちは佐藤とか高橋とか同じ名字が多いので、名前で呼んでいるんです。津さんは珍しい名字ですから・・」
「その津さんというのが嫌いなんだよ。子どものころに、そう呼ばれるのが一番いやでよ。世界一短い名字ってばかにされたんだよ。先生よ、他の子と同じように名前で呼んでくれよ」
「そうですか、それでは寿限無くん」
「おっと待った。正しい名前は
寿限無寿限無ごこうのすりきれ、海砂利水魚の風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助
っていうんだよ。世界一長い名前をつけたんだから、それをちゃんと言ってくれよ。長い名前を言えば、記憶力はよくなるし、第一、日本の古典落語からつけた由緒ある名前だよ。略しちゃだめだよ」
「全部言うんですか?」
「そうです。それが人の道です」
「はい、それでは
寿限無寿限無ごこうのすりきれ、海砂利水魚の風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助くん」
やっと寿限無くんが答えることができました。
授業の後半になり、むずかしい問題になりました。すると寿限無くんしか手を挙げていません。先生は他の子が手を挙げるのを待って、なかなか寿限無くんにあてません。それを見た寿限無くんのお父さんは
「先生、うちの
寿限無寿限無ごこうのすりきれ、海砂利水魚の風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助が手を挙げていますよ」
それで、担任の先生は仕方なく
「はい、
寿限無寿限無ごこうのすりきれ、海砂利水魚の風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助くんどうぞ」
と言ったところで、
「キーンコーンカンコーン」
とチャイムが鳴りました。子どもたちは姿勢を正して終わりの合図を待ちました。担任の先生は
「こ・れ・で算数、いえ国語の授業を終わります」
と涙目で言いました。 完
現代版 寿限無 飛鳥竜二 @jaihara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます