第3話 神様は少年をご所望

「このくらいでよかった?」

「いえ、ちょっと日差しが強すぎますね……。 暑すぎます」

「加減が難しいなあ」

 カナが国に滞在して数週間、「それ」は適温を探っていた。

 カナは熱を自由に操る。

 その力はマサキのようなではない。

 しかし、一国の水分を把握するのには、さすがに時間がかかった。

 土砂降りが降り、雪解けで水害が起こり、逆にカンカン照りにもなった。

 だが「それ」はやり遂げた。


 国に百年ぶりに近い真の平穏が訪れた。

 

 元々の降水量から、雨は多少多いかもしれないが、かつてない穏やかな気候に国は包まれることになるだろう。

 陽が射す日があり、しんしんと雨が降る日もある。

 当たり前の気候。

 しかしこの国ではありえなかった奇跡。


「本当に、ありがとうございます」

 国長が代表してカナに礼を言う。

「いいっていいって。私がやりたくてやったことだから」

「お礼に、何を差し上げたらよろしいでしょうか……?」

 彼はおそるおそる尋ねる。

 「それら」が無償で事を成すことなどありえない。

 神はそういう存在だ。


「欲深いと思われてるねえ。はよほどがめつかったのか」

 カナは呆れ顔だ。

「まあ別にいらないんだけど、ね?」

 そう興味なさそうに言いつつも、目はらんらんと期待に輝いていた。

 やはり「それ」も紛れもなく神だった。


「じゃあ、男の子を


 やはり「それ」は紛れもなく神だった。

 また生贄を選ばなくてはならないのか。

 人々は絶望した。

 その沼から抜け出すことは叶わないのかと絶望した。


                *


 結論として、人々の不安は杞憂だった。

 言葉通りだった。

 カナは男の子が大好きで触れ合いたいだけだった。

 まず一人の少年が選ばれた。

 カナは家を要求し、完成するとそこで少年ツバサと暮らし始めた。


 「彼女」は徹底的にツバサを甘やかした。

 勉強を教え、頭を撫で撫でし、運動を共にし、汗をかくとお風呂に一緒に入り、美味しいご飯を一緒に作り、一緒に寝た。

 少々、過剰にご褒美を与えたが、おおむね正しく清くカナは在った。


 神に似つかわしくなかった。

 「彼女」の行動は人間が考える規範から離れておらず、むしろ理想だった。


 次の年も「彼女」は男の子を要求した。

 ツバサ少年の好待遇を目にした親たちは、カナのお眼鏡に叶えば、我が子を充実した生活に送り出せると考え、自発的に我が子をアピールし始めた。

 いつの頃からか、「選別の日」が近づくとオーディションが開かれるようになった。

 カナは大いに喜び、お題を出した。


「今年は斜に構えているけど、実は寂しがり屋で愛情に飢えている子が欲しい。素直に甘えられるような子に育てたい」

「今年は近所のガキ大将で中々言うことを聞かない子が欲しい。そんな子を従順にさせたい」

「今年は生真面目で実は自信がない子が欲しい。褒めて褒めて自尊心を育てて上げたい」


 おおむね希望通りの少年が選ばれた。

 年齢は11、12歳。

 常に二人の子と共同生活を送った。

 二年を共に過ごした後、カナは子供を国一番の学校に送り出した。

 勉強がとてもできる子ばかりではなかったが、みな素晴らしくいい子に育ったのでその後は幸せに暮らした。


 別れの悲しみは本物に見えた。

 対面の喜びは本物に思えた。

 人々は思った。

 私たちは知らなかったのだなと。

 神にも善い方がいるのだと。

 そう思った。


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