第4話 人間はやっぱり変わらない


 その日、カナは最西端の街を散策していた。

 東の歓楽街や南北の住民街(少年の物色)にはよく行ったが、特に目立った要素のないこちらにはこの「五十年」めったに来たことがない。

 いい加減そろそろ脳内の地図を埋めてやろうと、毎日に地道に足を運んで端までやってきた。

 特に面白いことはなかったが、つまらないわけでもなかった。

 住人達と言葉を交わし、飲食店で昼食を買った。

 今日は唐揚げの気分だった。

 公園で男児たちと触れ合いつつ食事を済ませる。

 遊ぶ彼らにバイバイをして、ぶらぶらしていると一際人通りのない路地に入った。


 目ざとく少年を見つける。

 見覚えがあった。

 先日のオーディションで最終選考に残った子だ。

 整った顔立ちをしていたが、ぼぅーとした表情だったので、選ばなかった。

 今年ははきはきした思い切りのいい子の気分だった。

 でも惜しい気持ちはあった。

 ああ、何で私は毎年一人というかせを課したのだろう。

 でも欲張りすぎても養えないしなあ。

 今日はこの子と遊ぼうかな、甘いものをたんまり買ってあげて、膝枕して耳掃除をしてあげたい。

 ちゃんと耳かきは常備している。

 とりあえずフレンドリーに声をかける。

 怖がらせないように気持ち悪がられないように。


「やあ、こんにちは」

「あ、こんにちは。カナ様」

「こんな所で何しているの? おつかい?」

「いいえ、ちょっと散歩です。でも迷っちゃったんです」

「あらら。一人で外に出たの? それともご家族は一緒?」

「家族はいないです。孤児院でお世話になってます」


 孤児か。

 そういえばオーディションの司会がそんなことを言っていた気がする。

 可哀想だが、この国では珍しいことではない。

 初めは身寄りのない子を意識して選んでいたが、やはり本能には抗えず好みの子を選ぶようになった。


「じゃあ私が送っていくよ」

「いいんですか? カナ様、忙しいんじゃないですか?」

「別に私は忙しくないよ。むしろ君と話すのが仕事かな。君も私と話して私を忙しくさせてよ」

「ありがとうございます。助かります」


 それにしても敬語が使えて偉い。

 保護者の教育の賜物かな。


「君の名前は?」

「タカシです」

「タカシ君? 甘いものは好き?」

「好きです」

「よかった。さっきアイスクリーム屋を見つけたんだけど、食べていかない?」


 アイスクリームという言葉は、この国でも昔から知られていたがそれだけだった。

 冷気がカナの熱気で溶かされて、アイスクリームは娯楽になった。


「けっこうです」

「あ、お金の心配してる? いいよお金は私が出すから」

 男の子と話せるだけでご褒美だ。

「いえ本当にけっこうです」

 けっこう強情な子なんだなあ。


「無理してない? 別に私が神様だからって、遠慮しなくていいよ? 私がしたいからするだけだよ」

「心遣いありがとうございます。でもそういうわけじゃなくて」

 難しい言葉まで使えて偉いなあと思った。


「僕はもうすぐいけにえになるので、何をしてもらっても意味がないんです」


 久方ぶりに、この国で、冷気を感じた。


                 *


 街外れの孤児院はそうと言われなければ、廃墟としか思えない有様だった。

 ドアベルを鳴らすとしばらくして、黒服を着た中年の男が扉から顔をのぞかせた。

「タカシか、また遠くに行ったのか。歩くなら孤児院のすぐ近くにしろと言っているのに……まったく、言うことを聞かんな」

「ごめんなさい」

 彼は一呼吸おいて、同伴者に気づく。

「ん、どなたかな……?」

「神様です」

「何を冗談を……え、カナ様、ほ、本物。ど、どうしてここに?」

 男は青ざめた顔で慌てる。

「この子が街を一人で歩いてたから、危ないと思って送ってきたんだ」

 そしたらさ。


「この子の話では、彼が『次の』いけにえになるみたいなんだよね」


 「それ」は努めて何でもない風に言うが、言外の威圧にさらに黒服は青ざめる。

「おかしいよね。だって私がこの国に来てからいけにえはなくなったもんね。……ちょっとお話を聞かせてもらえるかな」

「今代表者は不在でして」

「いつ戻るの?」

「さあ……いつになるか」

「とりあえず入れて。中で待たせてもらうよ」

「こ、困ります」


 黒服が奥に目線を送ると、もう一人男が奥からやってくる。

 大柄な男二人に華奢な少女。

 通り抜けられない。

 普通は。


「道を開けて。これは私の、神の命令だよ」

「……お帰り下さい」

「そう、警告はした。恨まないでね」

 片方の黒服が炎に包まれる。

「うわああああああ!!!」

 残った一人は外へ逃げ出す。


「うええぇぇぇ……」

 少年は胃の中のものを吐いてしまった。

 無理もない。

「ごめんね。嫌なものを見せたね。匂いもひどいね」

 人が焼ける匂い。

 「それ」が最後に嗅いだのはいつだったか。

「いえ、匂いは大丈夫です……」


 慣れてますから。


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