最終話 旅立ち
建物の一番大きな広間にそれらはあった。
いつか見た、巨大な
その数は五十個。
一つ一つ中を
開けなくても結果は分かっていた。
その行為はただの義務であり
きっちり五十人の子供の遺体が保管されていた。
それはカナがこの国を訪れてから経った年数。
いけにえがなくなった年月、のはずだった。
死の間からタカシを出す。
そうした後、「それ」は広間に無言で炎をかけた。
こんな場所で、こんな熱で。
酷い
それでも。
かつて「いけにえの神」マサキの犠牲者を、この国の愛しかった人々と共に
*
「カナ様……」
やがて国長と取り巻きがやってきた。
努めて、冷静な口調で詰問を試みる。
「どうして? 私が来てから雪は降らなくなったでしょう? 空は雪雲もなく青くなったでしょう?」
「申し訳ありません」
「私を信じてくれてなかったの?」
「申し訳ありません」
「あなたたちにとって、命はそんなに軽いの?」
「申し訳ありません」
ねえ、そこのあなた。
「それ」は国長の隣の男に声をかける。
「あなた、カイトだよね」
「……はい」
三、四年目に私と一緒に過ごしたよね。
「これを知った時どうも思わなかったの? 何度も私を訪ねてくれたよね。笑ってたよね。幸せですって。どうして、黙っていられたの? 隠していられたの?」
私は何のためにこの国に来たの。
犠牲を失くしたかったのに。
意味がなかった。
私は役立たずだった。
「そういうことでしょう」
「……申し訳、ありません」
そうだった。
人間はそういう生き物だった。
不安で仕方がない。
いきなり続いてきたしきたりを急にやめられない。
怖くて落ち着かなくて、不安で不安で不安で。
そして隠す。
情けないみっともないとちゃんと分かっていて。
私は
その
私がもう少し頭を使っていれば……。
自分の至らなさが歯がゆい。
しかし、残念ながら、それよりも、
怒りが勝った。
*
「もういい。どうでもいい」
「……え?」
「私はもうここに居たくない。行く。どこか別の所に行く」
「それ」は激情を胸に、嘆きの炎に背を向ける。
「え、え、ど、どこへ行かれるのですか!?」
「ここではないどこかだよ」
「こ、困ります。あなたがいなくなったら、また雪が……!」
「は?」
凍え切った声。
「だったら……、またいけにえを用意すればいいんじゃない? そうしたら無能と思われていたらしい私に代わって、この国を守ってくれていたらしい、どこぞの優しい優しい神様が守ってくれると思うよ?」
たぶんね。
その悪意の笑みは、まさしく神のものだった。
*
話を終えた「それ」は呆然と立ち尽くしていた
「彼女」はタカシを温かい体で包み込む。
「もう大丈夫だよ。だいじょうぶ」
君は死なない。
「君と出会えた奇跡に感謝を」
ありがとう。
少年の両の目から涙が流れる。
彼の心は死んでいなかった。
「行こう」
「……どこへですか?」
ここじゃないどこかへ。
*
「それ」は五十年間、自宅としていた場所に帰る。
タカシを外で待たせて、玄関をまたぐ。
「おかえりなさい」
「おかえり」
二人の家族が「それ」を迎える。
「ただいま。あのね、ケイタ、ヤスト。本当に急なんだけど」
大事なお話があるの。
「私はこの国を出ることにした。理由は聞かないで」
一緒に行く? それとも残る?
「申し訳ないんだけど、今すぐ決めて欲しいんだ」
ごめん。
最大級の酷な決断を迫られた二人の少年は、たったの、たった数分で答えを固めた。
どうして?
こんな急に?
勝手だよ。
国の人々はどうしたらいいんだよ。
僕たちはどうしたらいいの?
考え直してよ。
死にたくないよ。
みんなに死んでほしくないよ。
問いただしたいことは山程あっただろう。
訴えたいこともたくさんあり過ぎただろう。
しかし、「それ」の冷酷で無機質な瞳は何も答えないし、何の妥協も許さないとありありと語っていた。
「……俺は一緒に行く。お姉ちゃんが大好きだから」
ケイタは「彼女」が気まぐれ中の気まぐれで選んだ子だった。
ちょっと引き取ったのを後悔するくらい言うことを聞かない子で、でもものすごく甘えん坊で。
「ありがとう。私を選んでくれて」
「僕はここに残る」
ヤストはおとなしく口答えをしない、よくいうことを聞く子だった。
でも信念がある芯の強い子で、今もその眼差しは強く輝いていた。
「そう。同級生のエミちゃんが好きだったよね。置いていけないよね」
「うん……」
百年近く、北の山脈で押しとどめられていた寒災は、この国を雪で完全に沈ませるだけの力をゆうに蓄えている。
それでもカナの奇跡の残り香が完全に途絶えるまで、数年の猶予はあるだろう。
すぐに破滅が来るわけではない。
「早く告白した方がいいよ。残された時間を十分に楽しんで」
さようなら。
「それ」は最愛の家族と、簡潔すぎる別れを告げた。
未練はもはやなかった。
*
あの関所へ向かう。
五十年前と逆方向へと三人でのろのろ歩く。
街並みが見えなくなる最後の地点で、カナは振り返り目を向ける。
昨日までと何も変わらない、穏やかな営み。
光と笑みと生の匂い。
だが「それ」にとって、それらは今ではとてつもなく汚らわしく感じた。
「彼ら」はこれから、
いけにえを止めるだろうか。
いけにえを増やすだろうか。
きっと――――――。
どっちでもいいよ。
心底そう思った。
「行こう」
「……うん」
「……はい」
旅立つ三人の足元に白いものが落ちる。
五十年ぶりの、雪だ。
(完)
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