第2話 悪、相対す


 「いけにえの神」マサキは、町で一番大きい酒場で酒瓶に囲まれていた。

 ワイルドな二十代に見える男のなりをした「それ」の顔色は素面しらふ、酒気は伺えない。

 神は人間ではないので、いくら飲んでも酔わない。

 それでも「それ」は飲酒という行為を好んでいるようで、空になった容器はゆうに十を超えていた。


「よお、『さすらいの神』とやら。待ってたぜ」

 マサキは気味の悪いにやにや笑いで歓迎する。

「根無し草が何の用だ? それにその恰好、コスプレかよ。学生時代に未練たらたらか?」

 まあねとカナは頷く。

「コスプレも学生時代の未練も否定しないけど、こっちに来た時はこの外見だったよ」

 つまり「それ」はでは早世だったということ。


 神は悪であるという以外に、もう一つ常識がある。

 神は異世界からやってきた元人間である。

 前世の記憶を持ちながら赤子に生まれ変わる転生と、そのままの姿でやってくる転移がある。

 マサキは前者で、カナは後者だ。

 マサキはこの国で生まれ、物心ついた時に神を公言し、認知された。

「それはお悔やみ申し上げますって言えばいいか? よっぽど生きにくい人生だったんだなあ?」

「今はけっこう楽しいけどね」

「は。俺もだ」


「で、生贄をやめろっていう話だったか」

「うん」

「断る。これは俺の一番好きなレジャーだ。最高の遊びだ」

「そう言うと思った」

「酔えない酒は辛いんだよ。それでも飲むのはやめられないがな」

 マサキは酒瓶一本を一気に飲み干し、空瓶を放り投げる。

 それはカナの足元で粉々になる。


「見ろよ」

 マサキが指さした先には、巨大な冷凍庫があった。

 酒屋としては不自然ではないが……。

「この国では俺の命令で、一家に一台この大きさの冷凍庫を置かせてある」

「ふーん。どうして?」


「殺したガキの死体を保管するためさ」


「すべての家に亡骸なきがらをお届けする。毎日それを見て、家族は心を痛める」

 最高だね。

「全家にコンプリートまで、あと七十年くらいか。それが俺の今の所の野望。達成したらまた新しい目標を考える」

「悪趣味が過ぎるね」

「そうだろうそうだろう」

 マサキは大仰おおぎょうに頷く。

「まさに神の所業、神の特権だ」


 交渉は決裂した。

 この後はもう語ることはない。

 超常の力と力のぶつかり合いだ。

「好きだぜ。年増のぐちゃぐちゃの情けねえ顔もたまには見たい」

「退治するのをまったくためらわなくて済む、清々しいまでの外道だね。あと私は永遠に20歳だよ」

「俺に取っちゃ年増だ」


 酒場は凍てつく氷と、燃え盛る炎の両方に包まれた。

 一足先に人払いは済ませてある。

「へえ、炎使いか。俺とは真逆だな」

「正確には違うんだけど、まあそんな感じ。というかそっちと能力が似てるのが非常に不愉快」

 悪神マサキの能力は周囲の気温を下げることができる。

 その力で冷気をコントロールし、国の冷害の被害を減らしていた。

「絶対零度を味わってみろよ」

 マサキは嗜虐的な笑みを浮かべ、異能を奮う。


 しかしその顔はすぐに苦く歪むこととなった。

「てめえ……!」

 温度がぴくりとも下がらないのだ。

「絶対零度は確かに恐ろしいよ。全てが凍る。全てが止まる。でも下限、限界がある」

 

 私にはない。


 カナは気温を上げることができる。

 どこまでもどこまでも。

 上限を試したことはない。

 そんなことが必要な時がなかったから。

 悪神カナが本気を出したことは、ない。

 今回も。


「てめえ、いかれてやがるな」

 マサキの顔に脂汗が滲む。

 笑っているが笑みは分かりやすく引きつっている。

「あなたには言われたくないよ」

「いやいや。これは言ってもいいだろ。その火力、出るんだって話だ」

 神の能力の高さは転生、転移前のに比例する。

 マサキの能力も相当なものだ。

 しかし、カナは次元が違う。

「まあいいじゃん。そんなこと」


 


 興味がなさそうな口ぶり。

 その瞳の奥は一切の濁りがなく、不自然なほど澄んでいた。

「ほら苦しいでしょ。痛いでしょ。終わりにしてあげるよ。貫いてあげるから感謝してね?」

 カナの側に極大の熱気が顕現けんげんする。

「じゃあ死んでね」

「ああ、盛大に頼むぜ。

 お手上げのポーズで、マサキはすっきりした顔で今際の言を口にし、


「ばいばい」


 いけにえの神は熱に溶け、散った。


                

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