ふと懐かしさに浸る

シオン

ふと懐かしさに浸る

 ふと昔のことを思い出す瞬間がある。

 それは疲れているときや、退屈を覚えているとき。普段仕事に追われて忙しくしていると気にしないのに奴は気を抜いたときに急に顔を出してくる。


 今日は10時から友人と遊びに行く予定があったのでいつもより早起きして準備をしていた。しかし早く起きすぎて8時になった頃には特にすることがなくて暇になっていた。

 どうしようかと考えていたところふと昔遊んだゲーム機のことを思い出した。引っ越しの際遊ぶこともあるかと思って持ってきていたが、仕事が忙しくて遊ぶ機会もなく押し入れにしまってたのだ。


 一度思い出してみると無性に取り出したくなり、大掃除でもないのに押し入れの中をかき出していた。どんだけ暇だったんだ。

 30分の格闘の末、とうとうゲーム機を見つけた。いまどきのゲーム機と違いバッテリーは入っていないので単三電池を2本入れて昔遊んだアクションゲームのソフトを入れて起動した。

 今は倒産したゲーム会社のロゴ、オープニングムービーが流れてタイトル画面に入った。懐かしいBGMが色あせた記憶に刺激して記憶が一気にあふれだした。昔友人と貸し借りしながら遊んだ記憶、攻略に手こずって友人と相談した記憶、ガセ情報に踊らされて特別なアイテムを出すために無駄な行為を繰り返した記憶。

 それから派生して当時の記憶がどんどん思い出してくる。親に愛された記憶、仲の良かった今は疎遠になった友人、憧れの異性、学校での記憶。そんな記憶が頭を支配して俺は動けなくなっていた。


 何も知らない人が見れば異様に見えるが、俺はゲーム画面をただじっと眺めていた。遊ぶわけでもなく、電源を切るわけでもない。ゲーム画面から当時の記憶に浸っていた。

 別に昔がよかったなんて老害みたいなことは言わない。今だってそこそこ楽しく生きている。仕事は悪くないし、交友関係も充実している。恋人はいないけど、そんなのは昔からいなかった。

 でも、過去はどうしても取り戻すことはできない。昔のような幼さは今は許されないし、今にないものを昔に求めてしまう。それに、無価値だとわかっていても、手から取りこぼしたものに執着してしまう気持ちは少なからずある。

 俺は普段は過去を懐かしむ人じゃない。しかし、ふとしたときにノスタルジーは顔を出して意識を過去へ向けさせてくる。そんなときは誰にもあると思っている。



 携帯の着信音がなり、我に返った。今日遊ぶ予定の友人からの電話だった。


 「おい、おせーぞ!今何してる!?」


 友人の激怒に驚いて時計を見るとすでに10時30分を過ぎていた。どうやら予定時間を過ぎていたことに気付かなかったらしい。


 「悪い、今行く」


 友人との電話を切って、ゲーム機の電源を切った。

 昔を思い出すのはここまでだ。今は友人の元へ行かないといけない。


 ノスタルジーというのはふとした瞬間に顔を出してくる。その誘惑につい浸ってしまうこともある。

 だけど、俺達は今を生きるだけで忙しいから、昔を思い出している暇はないのだ。そういうのは、歳を取って友人達と思い出話をするまで取っておこうと思う。


 準備を整えた俺は、家の扉を開いた。



おわり

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