第4話 アートは人の力なり

 二日目も第一層でスライムを狩った。初日の失敗に懲りて慎重に立ち回ったので、この日は怪我をしなかった。


 アート「モグラたたき」でスライムをたたき続けた結果、物陰や草むらに隠れた状態でもスライムを倒せるようになった。


 俺は二回目の夜を第一層で過ごし、翌日は第二層に進むことにした。


 ◇


 三日目の朝、ダンジョン内で目覚めた俺は妙に落ち着いていた。


(返済期限まで今日を入れてあと五日。そろそろ金になる素材を集めなくては)


 五日の時間を費やしても借金返済に足りる素材が集まるかどうかはわからない。そう考えると焦りを感じそうなものだが、不思議にも穏やかな気持ちだった。


(何だろう? ダンジョンに慣れたというか……ここが住みかみたいな感じだ)


 そう考えた瞬間、腹の底に響く納得感を覚えた。一週間もここに住むのだ。ダンジョンは俺の家だった。


「おおおおおっ?」


 そう思うと、急にダンジョンが居心地よく、懐かしい場所になった。それと同時にダンジョンを徘徊する魔物たちに強い憎しみを覚える。


人の家・・・を勝手に荒らしまわるって、どういうことだ?)


 体の芯にふつふつと湧き上がる熱い怒りを感じる。あいつら、どうしてくれようか?


「あいつらは――害虫だ。いや、寄生虫だ! くそっ、まとめて退治してやる!」


 俺は樫の棒を杖にして、第二層への階段を降り始めた。魔物への恐怖は頭から去っていた。


 二層目は森のステージだった。奥へと進んで行くと、突然ファングボアが下ばえの中から襲撃してきた。体高一メートルはある猪系の魔物だ。三十センチ以上の長い牙で敵を刺す狂暴種だった。

 しかし、俺は慌てない。なぜなら俺にはギフト「家事の達人ハウスマスター」があったから。


 ダンジョンここが俺の家である以上、俺はここで家事系アートを達人レベルで使うことができる。


「モグラたたき!」


 俺は素早く身をかわし、ファングボアの頭に思い切り樫の棒を振り下ろす。


「ピギャッ!」


 正確に急所を打たれてファングボアは即死した。勢い余って立木に激突して止まった。


(解体だ)


 俺は樫の棒を地面に置き、代わりに愛用の包丁を手にした。


「血抜き! 解体!」


 俺の両手はぼやけて見えるほどの速さで動き、たちまちファングボアの死体を解体した。


「物干し! 掃除!」


 俺はファングボアの毛皮を木の枝にかけて干した。解体で汚れた周囲を掃除アートで清潔にするのも忘れない。

 住む家は清潔に保たないとね。


(ここはこれで良しと。次の寄生虫はどこにいる?)


 俺は第二層全体に意識を広げ、異物の場所を思い浮かべる。


(この先百メートルか……)


 家事の達人たる者、自分の家のどこに何があるかなどすべて把握している。どうやら木の上にホーンド・エイプがいるらしい。大分高い所にいるな……。


「高枝切り!」


 俺は木の下からガーデニング用のアートで包丁を投げつけた。くるくると回転しながら飛んだ包丁は、ホーンド・エイプが座っていた枝を切って手元に戻ってくる。突然支えを失い、ホーンド・エイプはあっけなく地上に落下した。


 地面にたたきつけられる直前、ホーンド・エイプはくるりと身を翻して両手両足で着地した。大した運動神経だ。


「害虫駆除!」


 しかし、俺はホーンド・エイプが着地すると同時にその首筋を包丁で切り裂いた。着地に神経を向けていたホーンド・エイプは俺の攻撃を無防備に受けて、頸動脈から血を吹き出しながら倒れた。


「血抜き! 解体! 収納!」


 俺は一瞬で獲物をさばき、売り物になりそうな角と皮を「木のうろ」に収納した。肉はダメだ。こいつは食えない。

 毒はないが、臭くて糞まずいのだ。どうせ食うならうまい肉がいい。


 俺はホーンド・エイプの肉を「餌」にすることにした。こいつで他の魔物をおびき寄せるのだ。

 俺には常時発動型のアート「やりくり上手」がある。手にした素材は無駄にしない。


 俺は返済期限の前日まで、ダンジョンに籠って魔物を狩り続けた。


 ◇


「ふう。ひさしぶりの地上かあ」


 俺は魔物の素材でふくれ上がった背嚢をひと揺すりして、ダンジョンを後にした。何はともあれ水浴びがしたい。洗浄アートで汚れを落としてはいるが、血なまぐささが毛穴の奥に入り込んでいるような気がする。


 井戸の水をかぶって全身をの汚れを擦り落とし、服を着替えてようやく落ち着いた頃、借金取りがやってきた。


「無事に帰ったようだな」

「何とか」

「ほう、面構えまで変わったようだ。早速だが、成果を見せてもらおう」


 男に促されて、俺は背嚢を逆さにしてみせた。テーブルの上がドサドサと素材の山になる。


「チェックするぜ」


 男は慣れた手つきで、素材を一つ一つ見定め、山を動かしていった。


「立派なもんだ。初めてのダンジョン・アタックとは思えねえぜ」

「これで足りるか?」

「無理だな。これじゃあ返済額の半分にしかならねえ。お前には奴隷落ちしてもらうことになる」

「何てこった。とんだ見込み違いだった」


 驚いている俺に構わず、男は懐から細いロープを取り出した。俺を縛り上げて連れて行くつもりだろう。


「もう一度ダンジョンに行ってくる」

「ふざけるな。これと同じ量を一日で集められるわけが……」

「もう集めてある」

「何だと?」


 何事にも動じない男の顔に初めて驚きの感情が生まれた。


「これは一度で運べる精一杯の分量だ。ダンジョンの中にはこいつの五倍、狩りの成果を隠しておいた」

「そんな馬鹿な!」

「信じられないなら、一緒に来てくれ。なに、半日もあれば帰ってこられる」


 返済期限は今日一杯だ。それでも間に合う。唯一の計算違いは素材の価値だった。俺の見積もりでは一度に運べるのは返済額の三割が限界だと思っていた。

 どうやら素材採取の仕方が達人クラスだったので、思ったより査定が上がったらしい。


「本当なんだな? 嘘だったら奴隷落ちどころか、ぶち殺すぞ」


 借金取りが物騒なことをいうが、俺にはもっと大事な話がある。


「そんなことより、相談がある。俺と組まないか?」


 再びダンジョンに向かいながら、俺は借金取りに申し出た。運び屋を手配してくれたら、俺は「住み込み」でダンジョン・アタックができる。毎日素材を運び出して売りさばいてもらえれば、俺は狩りに専念できるというわけだ。


「取り分は俺が七、そっちが三だ」

「そいつは欲張り過ぎだぜ。こっちに四はもらわねえと」

「嫌なら他を当たる。危険なしで儲けられる話なんだ。乗る奴はいくらでもいる」

「……わかった。三で手を打つ」


 男は渋々頷いた。賢明な判断だ。


 俺たちはダンジョンの入り口に踏み込んだ。ダンジョンは「異界」だ。境界を踏み越えた瞬間に、世界が変化したことを感じる。


 この一週間で俺のギフトは進化していた。「家事の達人ハウスマスター」というギフト名が、ダンジョンに踏み込んだ瞬間に上書きされる。


「ダンジョン・マスター」。


 それが俺に神から与えられたギフトの名前だった。


 俺はゆっくり振り返って借金取りに告げた。


「ようこそ、わが家へ」


(完)

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家事の達人はダンジョンを前にして途方に暮れる 藍染 迅 @hyper_space_lab

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