第3話 ダンジョン攻略
朝日が昇る前にダンジョンに乗り込む。持ち物は三度点検した。水と食料の他は大したものもない。
防具は初めから諦めた。鎧や兜は値が張り、金貨一枚では足が出る。どの道、そんなものを身につけたら素人の俺は身動きが取れないだろう。
時間が限られているが、弱い魔物から狩り始めて地道にアートを生えさせるしかない。命がけの戦いなら不器用な俺でも武技アートを身につけられるかもしれない。
一週間で物になるかどうか、まったく自信がないが。
奴隷になるのはごめんだが、死んでしまっては元も子もない。まずは生き続けることだ。
第一層。ここではスライムを狩る。
ダンジョン最弱のモンスター。狩り方は親父に聞いて知っている。
動きが鈍いので俺でも対応できる。というか動かない。
草むらやぬかるみ、水の中に広がっていて、足を踏み入れた生き物にまとわりつくというのがスライムの習性だ。これも親父の受け売りだが。
俺は足元を選んで移動する。ダンジョンの壁はほんのり光を放っているが、足元は薄暗い。油断すればベテラン探索者でもスライムに食われることがあるらしい。
ここで役に立つのが樫の棒だ。怪しいところは脚を進める前に棒でつつく。
その草むらが薄っすら光っているのは濡れているのか、それとも――。
(スライムだ!)
突き出した棒の先に水飴のように絡みついてきた。動きは遅いが、絡みつかれたら簡単には引きはがせない。
俺は樫の棒を引っ張って、スライムを広い場所に引きずり出した。一度に複数のスライムを相手にはできないからな。
さて、スライムを殺すには火で燃やすか、体内部の核をつぶすかだ。俺は火魔法が使えないし、火おこしをする時間もない。手っ取り早く核を見つけてつぶすとしよう。
半透明の体のどこに核があるのか? 体の中央というわけではないらしい。
(泥で汚れていて、内部が見にくいな)
俺は革袋の水をスライムの上から注ぎ、表面の泥を洗い流した。
(貴重な水だが、仕方がない)
流れた水がスライムの周りに水たまりを作る。ようやく全貌を現したスライムを良く眺めると、体の中にうずらの卵ほどの「黒い玉」があった。どうやらこれが核のようだ。
(よし! こいつをつぶせば――)
俺は武器代わりになる手ごろな岩を探した。核をつぶすには短剣よりも鈍器の方が良い。
「あったぞ! この岩で……」
振り返った俺は思わず動きを止めた。棒の先端に絡みついていたスライムの姿がない。
樫の木を溶かして、どこかに行ったらしい。
「どこだ? ――痛っ!」
針を刺したような痛みを感じて足元を見ると、サンダル履きの足にスライムが取りつくところだった。
「うわっ! 痛たたた……」
あわてて左足を引いたが、スライムは鳥もちのように伸びてついてくる。俺はさっき見つけた核をめがけて、手に持った岩を必死に振り下ろした。
べちゃッという湿った音に交じって硬いものがつぶれる音がした。
すると、左足にくっついていたスライムの一部がはがれ、水をこぼしたように地面に流れた。
「よ、よし。何とかやっつけたぞ」
左足を調べると、スライムに取りつかれた親指の先が赤くなっていた。よく見るとずるりと皮がむけている。
痛いはずだ。あの短時間で表皮を溶かしてしまったらしい。スライム相手にいきなり負傷するとは。
足踏みしてみると、ずきずきと痛む。これは戦力ダウンだな。
俺は背嚢を下ろし、切り傷・擦り傷用の軟膏を取り出して親指の先に塗った。その上から包帯を巻きつける。
「この際だから、ゲートルみたいに巻いておくか?」
スライムは主に足元を攻撃してくる。このフロアでの相手は当面スライムなので、足元の防御を固めておこう。俺は右足のサンダルも脱いで、包帯を巻きつけた。
「戦い方にも問題があったな。核をつぶすための武器を用意しておこう」
俺は樫の棒の先端に先程の岩をロープで縛りつけた。不格好だがこん棒のようなものができ上がった。
俺は物陰や茂みの奥を探っては、見つけたスライムの核を手製こん棒でたたきつぶすという狩りを繰り返した。
「何だこれ? 餅つきみたいだな」
そんな連想が働くくらいにはスライム狩りに慣れた。手順が決まってからは安全に狩れている。
何十匹目のスライムだろう。核をたたきつぶす手応えがそれまでと違った。「芯を食った」といえばいいのか。
『アート「モグラたたき」』
そのイメージが脳内に閃いた。これは新しいアートを手に入れた時の感覚だ。
「何だよ、モグラたたきって! 武技系アートじゃないのかよ!」
一日スライムを狩り続けて得たアートは、またもや家事系アートだった。ガーデニングの大敵モグラをやっつける技だ。
俺はふてくされてその日の狩りを終わりにし、ダンジョンの第一層で野営した。
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