第5話 紳士ルクス

あれ以来、紳士ルクスは、かれこれ8年間、私の部屋に棲んでいる。


「くそ〜。やっぱり繋がらない。」


あたしはダメだと分かっていて電話を掛けていた。


「もう電話はやめなさい。彼はもう彼では無い。ミアのことは忘れさせられているよ。」


紳士ルクスは爪を磨ぎながら腰掛けている。


「どう思う?ディアボロスだよね。」


あたしは紳士ルクスに確認をした。


「どっちみち、関わらないほうがいい。」紳士ルクスは相変わらず爪を研いでいる。


「私はね、ミア。一にも二にも君のことが一番大事なんだ。危険なことには関わって欲しくないんだよ。私好みの狂気の中で、君の怒りの声を聞きたいんだ。」


コイツはこんなこと言っておきながら最後はあたしをぶっ殺す気だ。


「さっき、ディアボロスって言ったね。あいつらは禍々しい怨念に吸い寄せられるのさ。あいつらがやってる訳じゃない。いい匂いに集まってきた禿鷹(はげたか)なのさ。ミアにはディアボロスの霊力がどデカい分、目立ってしまっているけど、本当のやばい怨念は部屋って中にいるね。」


あたしは悪魔に諭された。


「今から東京に行っても、事態は終わっている。となると電話か、向こうの誰かに憑依することなんだけど。」


あたしは紳士ルクスにお願いしようとしていた。


「ダメダメ!いくらミアの頼みでも、どっちみち結果はもう決しているよ。」


あたしは溜息をついた。


「しょうがないね〜。じゃ様子見にコマンダーに取り憑いてみるよ。今どうなってるか見てくる。」


あたしは紳士ルクスに感謝を伝えて、ナイフとワイングラスを取りに行った。


あたしは右手の袖を捲(まく)り上げ、数十あるリストカットの傷の上から手首を切る。


そして滴り落ちる血をワイングラスに注ぐ。


「ふ〜。」あたしは貧血で気を失わないよう。意識を集中する。


一口分の血が注ぎ終わったら、止血用のプラスターを貼って、その上から包帯をぐるぐる巻いた。


血を注いだワイングラスを机の上に置いてあたしは離れた。机に置かれたワイングラスは血だけがみるみる無くなっていく。


「やはり、このご時世タダで仕事はできないからね。今回だと海外出張だ。帰ってきたら出張手当も頂くよ。」


紳士ルクスはあたしの部屋にチョークで魔法陣を書き出した。


すると書いた魔法陣の下から上に向かって風の通りが出来た。


いつの間にか紳士ルクスはイギリス空挺部隊の格好をしていた。


「行ってくる。」紳士ルクスはサムズアップし魔法陣の中に飛び込んだ。


「むぐぐ。むぐ。」


俺様はミアの頼みにより、はるばる極東へやって来た。


ところで誰か首を力の限り締めてる奴がいる。


苦しい。


が、気持ちいい。


チョー気持ちいい。


もうすぐ死ぬな。


けけけけ。


「バッ!」俺様の首を絞めていた奴が咄嗟に離れた。


「あんた。誰だ?」俺様の首を絞めていた奴が聞いてきた。


「ん?もう終わりか?」俺様は憑依した体がどうなっているか見回した。


警備員の格好をして、怪我はしていないようだ。


絞められた首も骨は折れてない。


首を絞めて来た奴を見てみると警備員の格好をした70代の男、無理やり首を絞めていたのか息遣いが荒い。


しかも何かが乗り移っている。


「あんた、その男をどうする気だ?」警備員の男が聞いてくる。


「どうもしやしないさ。状況確認のため、わざわざイギリスからやって来たんだ。あんた、この男をどうする気だ?」


まだ警備員の男の息が荒い。


「この男は、贄(にえ)として頂きたい。」警備員の男は俺様を睨みつけている。


「この男は気を失っている。その間、体を借りるとする。」


俺様は今ここが、どこなのか辺りを見回す。


「ここは、Shinto shrine?」俺様は大きな鳥居を見つけた。


「ここが、目的地なのか?」俺様は取り憑いている奴に聞いた。


「あんたみたいな、大物には関係ないだろ。その男を渡してもらおうか。」


取り憑いてる奴が言って来た。


「まぁ、まぁ。僕も暇なんでね。もう少し観光していくよ。」


俺様は目を閉じ、気を感じる。


「ここじゃないな。あっちの方角でかなり大きな怨念が渦を巻いているね。」


俺様が見るところ、今の場所から500メートルほどの場所でパーティーが始まるようだった。


「これは、正装しなければいけないかな。ワクワクしてきた。」


俺様はその場所へ移動しようとすると、


「ちょっと待ってくれ。あれは俺が先に見つけたんだよ。横取りしないでくれ。」


取り憑いた奴が目の前に立ちはだかった。


「おいおい。冷静に。話し合いで決めようぜ。」


俺様が後退りすると、取り憑いた奴は胸ぐらを掴んできた。


すると俺様は目を見開き、取り憑いている奴を睨みつけた。


その目は真っ赤に充血していて、取り憑いている奴を喰おうとした。


するとフッと取り憑いている奴が逃げ出した。同時に警備員のおじいさんは失神した。


「なんだ。色々聞きたい事があったのに、戻ってこ〜い。」


すると、体がむずむずしてきて、どうやら取り憑いているコマンダーが目を覚ましそうだ。


「そうだ。この子から事情聴取してみるか。」


俺様は失神している警備員のじいさんに乗り移った。


コマンダーは崩れるように倒れた。代わりに警備員のじいさんが立ち上がる。


「う〜ん。やはりよる年波には勝てんな。前の体よりしんどい。よくこの体力で彼を殺そうとしたな。無茶するよ。」


もう一度、乗り移った体を見回し怪我していないか確認した。


「この体、怪我はしていないが色々病気持ってるな。鈍痛が定期的にやってくる。」


俺様はまた前の体に戻ろうか悩んでいると、


「う〜ん。」コマンダーが目を覚ました。俺様はコマンダーに駆け寄る。


「はっ。ひぃぃ〜!」コマンダーは目を覚ますと俺様を見るなり逃げ出した。


「おい!ちょっと!」俺様も慌てて追いかけた。


「ちょっと待ってくれ!安心してくれ!もう首を絞めたりしないから!」


人間恐怖を感じると信じられないくらい早く走る。それに比べ俺の体は老人。とても追いつかない。


俺は追いかけるのをやめた。


「これは、こっそり近づくしかないな。」


俺は立ち止まると集中し、コマンダーの息遣いを探る。


どうやら走るのはやめているようだ。息が荒い。


どっかに蹲(うずくま)って隠れている。


目覚めたばかりで長くは走れないようだ。


「この体では話は聞き出せないな。見たらまた逃げていく。まぁ、殺されかけたんだ仕方ないか。といっても他に人は居ないし、僕がまた彼に乗り移っても彼の意識は昏睡してしまうからな。話は聞けない。」


こうなれば、強制確保で話を聞くしかない。


コマンダーが落ち着くまで待って、お得意の背後にギリギリまで接近する。


「ぐわっ!」彼が驚いたのも束の間、あっという間にロープでぐるぐる巻きに。


ちょうどいいロープがあったのでラッキーだった。


彼は地べたで暴れ回っている。落ち着くまで放置する。


どうにか疲れて動きが止まった。


「どうだい。ちょっとは話を聞いてくれるかい?」俺様は座るのに、ちょうどいい石の上に座って彼に話しかけた。


「君。ミア・グーゼンバウアーって知ってる?」


俺様が話しかけると、彼の動きが止まった。


「はっ?あんた何もんだ?」コマンダーは返事をしてくれた。


「やっと、話を聞いてくれるようになったね。自己紹介するよ。僕はルクス。ミアの依頼で君の様子をわざわざイギリスから見に来た。」


寝転がっていた彼は近くの大木に背中を付けてこっちを見る。


「あんた。同居している亡霊なのか?」コマンダーが聞いてくる。


「まぁ、そんなところだ。僕はどうでも良かったんだが、ミアが見てこいって言うんでね。代理で来たわけさ。」


俺様の話を彼は只々聞いている。


「ん?」


俺様は少し驚いた。


彼の隣に子供の霊が立っていた。

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今から見にいく〜子供の頃に遭遇したある場所の怨念、忘れていた記憶が急に蘇り、恐怖も蘇った。今から早く行って確かめなければ、手遅れになる前に〜 兒嶌柳大郎 @kojima_ryutaro

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