第20話 ギルド

「シナバー、見えてきたわよ!」


 イーダの声に、俺も窓から外の様子を伺う。


 馬車の行く先に、大きな城壁があるのが見えた。


 ロガフォートと聞けば誰もが思い浮かべる、街全体を取り囲むようなその城壁は、かつては対モンスターの制圧の要だった。


 今となってはモンスターの縄張りは大きく後退し、観光名所以上の価値をほとんど持たない壁ではあるが、それでもその大きさに飲まれそうな印象を持つ。


 ロガフォートは、元はモンスターの多いここら一帯を開拓するための拠点であり、対モンスター用の城砦都市だった。


 今はケチュア村のように、城壁のさらに向こう側にも多くの村が点在し、かつての防衛拠点としてではなく、周囲の村や街から物資が集う流通の要となっている。


 そのためか、城壁の中にしか街が形成されないかつての面影はどこはやら、今は街を城壁が囲み、その城壁をまた建物が囲むという歪な賑わい方をしていた。


「イーダ、そろそろ街に入る。壁の中に入るまでは窓を覗くなよ」

「うん」


 言って、イーダは顔を引っ込めた。


 ロガフォートは、城壁の中と外とでその表情を一変させる街だ。


 中はかつては半分くらい軍の施設だったということもあり、今もそれなりに治安がいいが、外はそうはいかない。


 城壁外の全ての地域で治安が悪いわけじゃないが、正直言ってピンキリだ。


 私設の傭兵団や護衛を大量に抱える金持ち相手の宿場や歓楽街もあるし、流れ者の居着いたスラムみたいなところもある。


 ただ、ケチュア村からロガフォートへ続く街道の先は特に治安の悪い地域だ。


 こちらの方角には大した都市もないし、かつてはモンスターの闊歩する荒野だった。そのため、流れのお尋ね者なんかが寄り付きやすかったのだ。


 だから、用がないのに顔を出したりするのは危険だ。今はハンスの馬車に乗ってるから、面倒ごとに巻き込まれることもないだろうが、顔を覚えられない為にも、この辺りは用心しないといけなかった。


 やがて、外の様子をチラリと確認したハンスが口を開いた。


「もう大丈夫、壁の中に入ったよ」


 言われて、イーダはまた窓から顔を出す。


 それにつられて俺も外を見ると、既に馬車は街の中に入っていた。


 街に来る機会は少ないが、別に初めてみる景色というわけでもないので感動はない。


 だが、イーダの方は違ったようで、あちこちに頭を振ってきゃっきゃと騒いでいる。


「君たちは、これからギルドへ向かうのかい?」

「そのつもりです」

「そうか。じゃあ冒険者通りまで行って、そこで降ろそう。帰りは教会に寄るといい。馬車は手配してあるからね」

「ありがとうございます」


 礼を言うと、ハンスは御者に冒険者通りまで行くよう伝えて俺に向き直った。


「シナバー君」

「な、何でしょう」

「……君は、家族のことをどう思っている?」

「……どういう意味でしょうか」


 いきなりの戸惑う俺を見て、ハンスは何か言おうとしたが、イーダの方を見てそれをやめた。


「いや、何でもない。忘れてくれ。最近、娘との折り合いが悪くてね、変なことを聞いてしまった」


 ハンスは「全く困ったものだ」などと付け加えて話を終えた。


 ……びっくりした。


 なにせ、相手は気に食わなければ俺を家族ともども処刑できるような人物だ。


 正直、心臓が止まるかと思った。


 ふとイーダの様子を伺うと、まだ街並みをまだ追うのに夢中なようで、こちらのことは気に求めていなかった。


 やっぱりイーダが羨ましい。


***


 その後、ハンスと別れた俺たちは冒険者通りと呼ばれる大通りにいた。


 冒険者通り。冒険者ギルドを筆頭に、周囲の建物は宿屋や酒屋ばかりで構成された、まさに冒険者のための通りといった印象だった。


 実際、通りを歩く人は皆鎧やら胸当てをつけていて、いかにも戦いますって感じのやつらばっかりだ。


 強いて残念なことをあげるなら、剣を持った人間が一人としていないことか。冒険者もハンターも軍人も、この世界じゃみんなして魔法使いだ。


 山賊ですら剣を持たない。剣と魔法の世界じゃない、魔法と魔法の世界だ。


 だが、今までの村の生活では体験しえなかったファンタジー要素であることに変わりはない。


「まるでテーマパークにきたみたいだぜ! テンション上がるな〜」

「シナバー、急にどうしたの?」

「いや、何でもない。早速だが、ギルドに向かおうか」


 通りを少し歩いたところにある一際大きな作りの建物。


 それが冒険者ギルドだった。


「シナバー、入らないの?」

「まあ待て。このドアを開けたら中には荒くれものがうじゃうじゃいるんだぞ。そこで『ここはガキの来るところじゃねえ』とか何とか言われて、テンプレ通りの冒険者に絡まれるんだ。そこでだな、ここは先手をうって先んじてイーダが魔法を用意しておいて、ドカンと一発おどかしてやるんだよ」

「てんぷれってのが何かはわからないけど、わかったわ! 魔法で私がすごいって証明すればいいのね」

「そうだ! 言っとくが、爆発するようなのはダメだぞ。あくまで脅かすだけだからな」


 それで、あわよくば本登録までこぎつけようという算段だ。


 以前あった山賊も見事にテンプレ通りだったし、多分うまくいくはず。


 ほんとは俺がやりたかったが、生憎魔法が使えないから仕方ない。


 それに俺には山賊退治の功績も一応はあるし、イーダにも箔をつけてやらないとな。


 俺だけ本登録ってのはかわいそうだ。


「よし、それじゃあ行くぞ。準備はいいな?」

「まかせなさい! とっておきを見せてあげるわ!」


 そうして、勇んでドアを開けると——


「だから、ここはお前みてえなのが来るところじゃねえんだよ!」

「何よ、私の言うことが聞けないの!? 冒険者風情が生意気よ!」

「なっ、こいつ……。ふーんだ、その冒険者にもなれねえ奴がなんか言ってらあ」

「言ったわね! とうとう言ったわね! 上等よ、かかってきなさいこのチンピラがあ!」

「や、やめろ暴れるんじゃねぇ! 職員さん困ってるだろうが!」


 どうやら、テンプレイベントは先を越されてしまったらしい。

 

 

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賢者になり損なった俺、かわりに剣の道を往く 座敷アラジン @zashiki_aladdin

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