絵を描くことの存在定義

睦月

SNS依存の紙絵師ちゃん

 いつか人間はAIに完全に仕事を奪われてしまう。そんなことを社会的に言われるようになったのはいつからだっただろうか。そういった人工物に人間が支配されるといった創作物も数多くあるわけだし、割と昔から言われていたのかもしれない。


 けれども私にとって、AIというものはあまり馴染みのないものだった。生活の至るところで使われてはいるが、その存在にわざわざ注視はしていなかった。あの日までは。


「AI生成イラスト……? 」


 いつも通りにSNSを開くと、少しいつもとは毛色の違うイラストがタイムラインに流れてきた。曰く、このイラストはAIによって作られたものらしい。だがまあそのイラストは不自然な箇所も多く、所詮人間じゃないのだしその程度かと思い、すぐに存在を忘れていた。



 そして次の日。習慣のネットサーフィンをしていると、ある変化に気が付いた。その変化とは、SNSの絵師たちのプロフィール欄についてだ。


 一定数の絵師は、プロフィールに『無断転載・無断使用・自作発言の禁止』、『模写・トレースの禁止』といった注意換気を記している。いらぬトラブルを避けるためである。まあ、注意換気をしたところでトラブルは起きるときは起きるのだが。


 そんな注意換気に、『AI学習の禁止』という文言が追加されていた。どうやらAIのイラストは無から有を作るのではなく、いくつかのイラストを学習してイラストを作り出すらしい。そしてこの学習に、多数のイラストが無断で使われているようだった。


 世の中には無断転載なんて蔓延ってるし、こういうことも起きるよなと思った。もともとSNSの治安なんてお世辞にも良いとは言えないしね。



 またさらに次の日。好きな絵師さんのコメント欄を見ていると、気になる言葉が書かれていた。


『これってAIの絵ですよね?』


 有名な絵師さんだから、アンチコメントだって以前からそれなりにあった。だが、このアンチコメントの内容は今までなかったタイプのものだった。『ダサい』『構図が悪い』『可愛くない』といったイラスト自体にダメ出しするようなアンチコメントはよく見たことがあった。


 でもこのアンチコメントは、そもそもこの絵師さんがイラストを描いてすらないみたいな内容だ。この絵師さんは十年前からこのアカウントにイラストを投稿している。それこそAIイラストが台頭する前から。


 何だか、憧れを汚された気がした。



 それから暫く経つと、少しずつAI生成イラストのクオリティが高くなってきた。耳の穴の描き方や手の描き方でAI絵を判別できるというのはもはや過去の話。だが、やはりAI生成イラストにはAI独特の雰囲気があり。その雰囲気を私は好きになれなかった。いや、正直に白状すると嫌いだった。


『最近、いいなと思ったイラストを開くとAIのものが多くて。だから、人間の方が描かれたイラストを見ると嬉しくなります。宝物を発見した気分みたいな?笑』


 だから、こんな内容の投稿がタイムラインに流れてきたときはとても衝撃を受けた。第一に、人間の絵師がレアな存在のように扱われていることだ。私がいる絵師界隈ではAI生成イラストを苦手に思う風潮があり、AIイラストが人間のイラストの数を上回ることなんてなかった。人間の絵師は希少だということに、少し哀しみを感じた。


 第二に、この投稿主がAIの作った絵と人間の描いた絵の区別がついていないということだ。AI生成イラストには独特の気持ち悪さがあるのに、それに気がつかないなんて。ふと投稿主のプロフィールを覗くと、絵師界隈の人間ではなかった。私は曲がりにも絵をかじっている人間だからAI絵に違和感をおぼえるが、そうでない人間は気がつけないのかもしれない。一般層には見分けられないほどにAIの技術が発達していることに恐怖を感じた。



 タイムラインをぼーっと眺めると、そこではレスバが繰り広げられていた。


『AI絵師の何が悪いわけ?勝手に文句言うなよ』

『ただプログラムを打ち込んだだけですよね。絵師を名乗らないでください』

『こっちだって絵を生み出してんだ。絵師を名乗ることの何が悪い?』

『それならAI絵生成師とかに改名してください。あんたは絵を描いたんじゃない』

『は?何で改名しないといけないわけ』

『こっちは何年も苦労して絵を描いて絵師を名乗ってるんです。苦労せずにただ絵を作るだけのやつは絵師を名乗るな』

『こっちだって理想の絵を作るために苦労してる指示を打ち込んでるのに。それに、何年も描いててその程度の画力とか才能ないよ。AIに方がよっぽど効率が良い』


 見ていて気分が悪くなる。私はどちらかといえば絵師側よりの意見だ。でも、こうも相手を貶すような意見を繰り広げられると、なんだかなあという気持ちになる。だけどそれよりも気になる言葉。


『何年も描いててその程度の画力とか才能ないよ』


 このAI絵師の言葉が何よりも許せなかった。努力をしたって、報われず才能の壁にぶつかることもある。だがそのことをこんな口論のダシに使うなんて。こんな悪口を繰り広げるような人に、才能を語らないでほしかった。


 その日から私はAI生成イラストのことを完全に嫌いになってしまった。


 かといって、私自身が何か被害にあったわけでもなく、はたまたレスバに加わった訳でもない。ただ、AI生成イラストを見かける度に嫌悪感を抱いていただけだ。


「うっわ。またAI絵が流れてきた」

「AI絵がどうしたんだい?」

「せ、先輩……」


 部室の隅でSNSを見ていると、先輩に話しかけられた。


「それで、AI絵がどうした?」

「別にそんなどうもこうもないですけど。AI絵が嫌いだなあと思って」

「ほう。何故?」

「何故って言われても。この投稿とか見てくださいよ。AI絵師の人、無断に他人の絵を学習させたんですよ」

「ふむ」


 そして束の間の沈黙が訪れる。とてつもなく気まずい。


「もしとある殺人事件で凶器に包丁が使われたとして」

「突然どうしたんですか?」

「まあ最後まで聞け。その包丁に罪はあると思うか?包丁がこの世に存在してはいけないと思うか?」

「罪があるのは犯人であって、包丁にはないと思います。それに包丁がないと料理はできないからこの世に存在してて欲しいです」


 先輩、いきなり変な質問をするなあ。何を言いたいのかがよくわからない。


「つまり、包丁という道具自体に罪はない。その道具を殺人という悪いことに使うのも、料理という良いことに使うのも人間の使い方次第だということだ」

「まあ、そうですね」

「これと同様に、AIという道具だって人間の使い方次第だ」

「は、はあ?」

「だからどうか、AI自体を嫌うのはやめないか?」


 先輩の言いたいことは何となくわかった。だが、それを受け入れられるかは別問題だ。マナーの悪いAI絵師がいても、それは本人の問題であってAIが悪い訳ではない。そのことはまあ受け入れよう。だが、AI絵の独特の雰囲気は、まだそこまで私の中では受け入れられない。


「まあ、あと君はSNSを控えた方が良いかもしれないな」

「どうしたんです突然」

「君はSNSに依存しすぎているように見える。たまにはSNSから離れた方が、ストレスを感じないかもしれないぞ」


 言われてみれば最近、SNSを見ている時間が長い気がする。それと同時に、AI関連の投稿を見てストレスを感じていた。


「そうですね。一回ログアウトしてみます」


 少しだけ、ほんの少しだけ爽快な気分になれたかもしれない。

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