第1話 円の始まり【牡羊座1度/12星座360度】① 

 地球という星。その大地から見たとある宇宙、とある意識の世界への物語が始まります。

 一つの度数の例えば「1度」の中にも物語りの場面は数限りなく存在しているでしょう。それは瞬く星のように、あるいは人の細胞のように、かもしれません。

 師匠は1度の中にはさらに3600パターンのアカシックレコードが内包されているとも考えられる、ということを言っていますが、そこまで想像すると気が遠くなるどころか気を失いそうです。

 今回まずは、12サイン(星座)×30度の360というところから地球という地上から見たサビアンシンボルに意識を合わせて、その中で、自分という存在を通して表れる360種類のお話をひとつずつ書いていこうかと考えました。時間は掛かりそうですが、やってみること自体に意味はありそうです。

 サビアンシンボルという存在にさらに近付き、その本質をより理解していくための試行錯誤とも言えるでしょう。それはきっと地球上のこの身体ある世界を体験し生きていく中で太古のことを思い出していく、その大きな助けとなるでしょう。




【牡羊座1度/12星座】「女性が水からあがり、アザラシも上がり彼女を抱く」

(360度のひとつの円の始まり 0.00~0.99度/360度)


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 沙織は夢を見ていた。うつらうつらとしながら、その夢の中にまだ居続けたいのだ。目覚めた世界は好きじゃなかった。


(起きたくないなぁ……)


 夢の世界はまるで海のよう。海を泳ぐみたいに地上生活よりも随分と自由な気がする。一番はいつも目の前にある社会そのものが夢の中には無いってこと。「変なこと言ってるわ」って友達に話したら軽く笑われながら言われたけど、こんなにも明白だというのになぜわからないんだろう。っていうか、軽く笑われるだなんて、いったい何故話が通じないんだろう、おかしい話だと思うのだった。


 ずうっといられる気がする。ここにずっと。もっともっとここを泳いでいたい。いつだって戻っておいで、って言ってくれているような場所だと思っている。


「沙織ーっつ」


(あぁ、ヤバイ)


「はあぁぁーいっ!」


 目を開ける。ため息をついて、諦める。ようやくなんとか重たい身体を起こして部屋を出る。キッチンでお母さんが朝食を作っている。テーブルにはもうご飯とおかずが並んでいた。


(朝から、味噌汁かぁ……)


「もうさぁ、中学三年になるんだからしっかりしてよね」


「……まだ二年ですぅ。夏ですぅ」


 いつもの朝食の味噌汁を飲み込む。この中に入っている具のひとつが私に食べられていく。この玉ねぎはこの味噌汁の中にまだ沈んでいたかっただろうか…なんてわけのわからないことを思い付く。


「なぁに、ぼうっとしてんの? 玉ねぎじっーっと睨んで」

「あっ、えっ、まぁ」

「もうー、まだ寝てるの?」

「今日は?」

「えっ?」

「することないの? 勉強するとか、研究するとか、じゃなきゃ遊びに行くとか」

「ん……ない。ないね」

「じゃ、一日ぼーっとしてるの? お母さん忙しいからね」

「……」


「なんかさ、若いのに腐っちゃうから、そういう感じ。もう、お爺ちゃんのところにでも行ってきたら?」


「えっ! まじで!」


 思わぬ母からの提案に急に目の前が開けたような気がした。沙織はお爺ちゃん子なのだ。流行の感染症だとかなんとかで随分とお爺ちゃんのところにも行っていない。気が付くと二年なんてあっという間だった。中学に入ってからも楽しいことなんて無かった。


「いいのかな?」

「もう、いいんじゃないのかなあ。電話してみるね、じゃ」

「うん、うん、早くね」

「もう、ゲンキンだなぁ。早く食べなさい」

「はぁーい。いっただきまぁーす」

「はぁ。もう食べてましたけど」

「え、あ?」


 玉子焼きをほおばってる我が子の顔を見て、目の前でお母さんが笑っている。お母さんは毎日よく動いていられるねぇ、沙織よりかなり上の年齢なのになぁ……と考えながらも、すぐにお爺ちゃんのことに頭の中は切り替わっていった。なんと言っても小学生以来なのだ。電話やメールではやり取りをしてはいたけれど、もうずっと会っていない。それがお母さんの方から「行ってきたら」なんて想像もしないひと言だった。


 お爺ちゃんはあっさりとOKをくれた。お母さんは淡々と準備を進めて、あれよあれよとお父さんにも連絡をして、沙織は翌日から一週間ほどお爺ちゃんの所へ行くことになった。


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 電車を乗り継ぐ度に車窓からの風景に緑が増えていく、それだけでも心は躍った。子供の頃から毎年お爺ちゃんのところで過ごしていたことを思い出す。

 街が遠のいていくのを見ているうちに、俗世間から離れて行くような気がした。大袈裟では無い。日々の忙しい当り前にあるあれやこれやから解放されるのだ。


 緑の匂いが強くなる。


(あおい……匂いっていうの?)


 遠くで声がする。


「ねぇ」


「ねぇ、沙織ちゃんってばぁ、ねぇ。早く帰って来て」


「う……ん、今向ってる、よ。誰?」


(子供の声……あ、れ、誰だっけ?)


「あぁ、もう。忘れちゃったの? 待ってたんだから、ずっと」


(ええと、……なんて名前だっけ?)


「やだな。名前なんて無いよぉー。ふふふっ。早く早く。帰って来て」


 それまで聞こえていたのは声だけだったが、チラッと姿が見えたような気がした。声の主だ。小さな子供。小学生に上がる前くらいの少女。それはよく知っているはずの子だと思ったがそれを今の今まで忘れている自分のことが気になった。


(どうして、どうして忘れちゃってたんだろう……)


さやちゃ……ん」


 身体の方が覚えていた名前が口から出た。その自分の声を聞いて、より思い出していく。ああ、さやちゃんだ。いつもいつも一緒に遊んでくれていたのだ。

 大切な友達を忘れるなんてなんて酷いヤツだ、と思った。


 でも今、思い出した。手を繋いで一緒に草むらを走ったこと。内緒の秘密基地もあった。縁側でキンキンに冷えた湧き水で冷やしたスイカをお爺ちゃんやお婆ちゃんとお母さんの弟の家族の皆で食べたこと。ジリジジッと音を出しながらオレンジに光る玉が出来るのを競って線香花火をした。川にも一緒に行って水浴びをした。いつまでも眠れない日の夜の星空をずうっと一緒に見上げていた。


(あんなにも一緒にいたのにどうして忘れちゃってたんだろう……)


「そんなことはいいから、ほら。一緒に遊ぼう!」


「あ、うん。遊ぼう!」


 夏の空の下、走った。いつもの川の側。流れる水の音。風に揺れる木陰。


「香も元気そうだね」


「えっ、香って」


「沙織の、あなたのお母さんじゃん」


「あ、そうだ、そうだった。」


「いやだなぁ。忘れちゃったの?」


「思い出したよ。うん。お母さんも元気だよ」


 さやちゃんは、子供の頃のお母さんとも仲良しだったんだよって、そう教えてくれていたんだった。さやちゃんは、ずっと子供の姿のままのさやちゃんなんだ。なぜなのかはわからない。そのことを知ってるのは沙織ともう一人、お爺ちゃんだった。お母さんとはさやちゃんの話をすることが無かったような気がする。


 走り回って家に帰ってくるといつも麦茶が待っている。大きなヤカンに冷えた麦茶はとっても美味しい。お爺ちゃんやお婆ちゃんがグラスに入れて出してくれる。香ばしい匂いと一緒にごくごく飲んで、二杯目のお代わりをするのがいつものこと。

 それから縁側で大の字で横になって風を浴びていると心地いい。さやちゃんと一緒に並んでいつも涼んでいたことを思い出した。


「沙織も元気だね。ふふっ」


さやちゃんも元気にしてた?」


「ふふっ。ふふふっ。そーだね」



 いつの間にか眠っていたようだ。

 駅に到着する直前にアナウンスが聞こえて来て、ハッとして目が覚めた。


「あっ、ヤバッ。降りなきゃ、次」


 手元の荷物に異常が無いかを確認して降りる準備をしながら、ついさっきまで見ていた夢を思い出した。


さやちゃん……だった……」


(あぁ、小川に行かなくちゃ……あの川はそのままだろうか……森も、湧き水もそのままだろうか……)




 

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