第2話「沙織とアザラシ」円の始まり【牡羊座1度/12星座360度】②
突然の不思議な夢にドキドキしながら駅に到着すると、お爺ちゃんが車で迎えに来てくれていた。改札を出て走って駆け寄る。車の外に出て立っているお爺ちゃんに向って走った。
「ただいまぁっ! お爺ちゃん!」
「あぁ、あぁ、おかえり。沙織」
「うん」
「暑かっただろう。さあ、行こうか。それにしても随分と大きくなったなぁ、沙織も中学だもんなぁ。爺ちゃんはその分年取ったぞ」
笑い話をさっそくし続けるお爺ちゃんと山手の方にある家へと向かい始める。電車の時以上に緑が深くなっていく。山の方へと進んでいるのだ。
「皆、元気にしてる?」
「あぁ、お前さんの言う皆って言うのは、あれだろ。山や森や川や蛍たちのことだろう?」
「うん、そう。そう。」
「あはははっ。元気にしとる。……あぁ、あの子もな」
「そう……。よかった」
「わしもここ数年な、あの子のことを忘れてしまってたんだよ。世の中のあれやこれやに流されてな。皆が怖い思いに駆られてしまった。あっという間に二年、三年と過ぎた。沙織も元気でよかった」
「お爺ちゃんも、お婆ちゃんも、叔父さんたちも萌ちゃんたちも皆も元気だったんでしょ」
「ああ、おかげさんでな」
「よかった……」
「一週間くらい前にな……」
「うん」
「爺ちゃんも思い出したのよ。星の下で皆で集まってスイカ食べてた風景な。もう何年も前の」
「うん。楽しかった。花火もしたね」
「いたっけなぁ、あの子も、って」
「うん、
「あぁ、そうそう。沙織はそう呼んでたなぁ」
「私も忘れてたの。でもね、今ね、来る時に電車の中で眠っちゃって、夢を見たんだよ」
「ほう」
「
「ほほぅ」
「でもね、今の今さっき思い出したの。私、全部忘れちゃってたんだよ。なんかひどいなって思ったんだ」
「でも、思い出したんだろう?」
「うん……」
「なら、よかった。喜んでいるだろうな」
「うん。でも寂しかったかな? もう何年も、だよ」
「そうさなぁ……きっとな、寂しくなんかないんだよ」
「え?」
「だって思い出しただろう?」
「う、うん……」
「そういうのも、みーんな、お見通しなんじゃないか?」
「えっ、そっか……」
「爺ちゃんは、そう思うなぁ。そりゃぁ、思い出してくれて嬉しいだろうよ。また一緒にって、嬉しいだろうよ」
「うん。そっか。ごめんなさいって思ったの。忘れちゃってて」
「沙織がそう思うっていうことを知って、もっと嬉しいんじゃないかなぁ」
「そう、かな……」
「居る間は好きにしたらええ。ここに居る間は、逆に街のことを忘れたっていいのさ。勉強も宿題も関係無いわ。あはははっ」
「ははっ。お爺ちゃん。さすがっ」
お爺ちゃんのこういうところ、街の生活の中でのいつもの日常には無い考え方っていうか、沙織の近くには少なくともなかなか居ないタイプの人なのだ。いつだってお爺ちゃんはもっと広い世界があるんだっていうことを教えてくれる。
お爺ちゃんの家にはお母さんの弟がもう五年ほど前から住んでいる。跡取りっていう感じらしい。東京で会社経営していたけど、PC作業だから田舎でも出来るっていうことで引っ越したのだった。
いつの間にか赤ちゃんだった叔父さんのところの萌ちゃんが来年は小学生になるんだってお母さんが言ってた。自分のことは覚えていないだろうけれど、確か萌ちゃんっていう名前だったことも思い出してきた。次に生まれた赤ちゃんも今度四歳になるらしい。男の子で陽くんっていう名前だ。
いろんなことを思い出し始めている自分がいるのを感じていた。同時に本当にいろいろなことを忘れている自分が居るっていうことが驚愕だった。そういうものなんだろうか。それとも自分はおかしいくらい忘却しているのか、わからなかった。
叔父さんは自分と同じようにお爺ちゃんに憧れてる人なんだなと思ったことがある。いつもお爺ちゃんに嬉しそうに家のことや畑のことを教えてもらっているのを沙織は見ていた。お爺ちゃんは何か聞くと次々にアイデアが出てくるのも面白い。叔父さんは毎朝お爺ちゃんに連れられて、何カ所かで挨拶しながら家の敷地内を一周するんだって言ってた。
(そうそう、庭の神様や
お婆ちゃんも叔父さんも、叔父さんの奥さんのおばちゃんも、子供たちも元気だった。沙織は甘やかされている。上げ膳据え膳でだれも何も言わないし、手伝うって言ってみてもいいからいいいからと言われてしまう。それに乗っかってごろごろしているのだ。いいのか自分。もう中学二年生だぞ、と思いながらも、今度六歳になる萌ちゃんと四歳になる陽くんの相手をして遊んでいる時間が楽しかった。
一週間を予定していた滞在は想像通り延長になった。沙織もそれを望んでいたけれど、お父さんとお母さんもここにやって来るっていうことになったのだ。しばらくぶりの帰省っていうやつだ。二日に一回は夢の中で
どうしてだろう、どうしたんだろうって思いながら、少し焦っていた。夢の中でもそれを聞こうとしたけれど、
やがて沙織の両親もやって来て、皆が一同に集まって庭で線香花火とキンキンに冷えた湧き水に使っているスイカの夜もやって来た。ちょっとしたお祭りみたいで、子供たちも声を上げて嬉しそうだ。自分もこのぐらいの子供だった頃がある。つい最近までそうだったような気がするのだ。
(ずうっと、あのままだと思ってたなぁ。子供のままでいられるって)
沙織が庭に出て立ったままスイカを食べていると、縁側に座っている萌ちゃんが自分の隣の空中に向ってスイカを差し出して笑っている。それを見てしまった。でも沙織にはそこに誰か居るのかは見えなかった。見えない何かが起きているっていうことが衝撃だった。
「爺ちゃんは見えておらんよ」
お爺ちゃんの謎のその言葉を思い出した。ショックだった。そこには確かに誰かが居るのだろうと思った。萌ちゃんはその存在と喋っている。きっとそう、
その事実を受け止めることが出来なかった。置いて行かれたみたいな、そんな気持ちになった。
(待って……やだ……やだっ)
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