第3話 円の始まり【牡羊座1度/12星座360度】③

 皆が寝静まった眠れない夜だった。ショックなことが起きていて、その理解が出来ずにいた。月が一際明るく星の瞬きがいつも以上によく見える夜更けだった。縁側で星を見ていたらお爺ちゃんがやって来て、黙って近くに座った。麦茶を手渡された。


「ありがとう」


「おう。眠れないのか。空が綺麗な夜だなぁ、今日はまた」


「う……ん」



(あの子は、いったい……誰なんだろう?)


 ずっと考え続けていたことを沙織は聞いた。


「知ってる? さやちゃんが誰なのか、お爺ちゃん」


「あぁ?」


「沙織ね、今日……見えてなかったの。居たのにさやちゃん」


「ほぅ?」


「萌ちゃんがね、スイカあげてたの見たんだ。楽しそうにね。でも沙織には萌ちゃんの動きしか見えてなかったの。さやちゃんのこと見えてなかったの」


「それで、ショックだったのかぁ」


「う、うん」


「大丈夫だぁ、向こうは沙織のことも見えてるし、仲良しのまんまさ」


「そう……かなぁ」


「わしらはな、向こう側の存在でも無いの。子供の時はな、向こう側に近い存在なのよ。だから同じように一緒に居るように見えたりするでしょ。」


「見えてたよ。普通に同じように人間として」


「それはな、本当の姿でも無いの」


「えっ!!」


 お爺ちゃんは笑いながら続けた。


「爺ちゃんには見えてないよって言ったことあるの覚えてるか?」


「うん、覚えてる。それ、思い出していたの」


「うん。あぁ、あの子はな、ずっと居るのよ。この家の周りに。爺ちゃんもな、子供の頃は見えたの、あの子のこと。可愛い女の子だったって、そう覚えてる。でもな、やがてそのまんまじゃなくなる。そのまんまじゃ無くなるのは向こうじゃ無くてこっちの方な。人間の方よ。沙織のお母さんもそうだったって。見えなくなるのさ」


「うん、知ってる。お母さんじゃ無くて、さやちゃんから聞いたよ」


「例えばな。あの子は小川かもしれないし、もっと大きい川なのかもしれない。側にある木々かもしれないし奥にある森かもしれない。そのものなのかもしれないし、その中に住んでいるものなのかもしれない。もっと言えばあの遠い星かもしれないし、ほんの一時だけ出会える蛍なのかもしれないんだよ。どれにしたって皆、生きてる……だろう? 精霊とか神様みたいなものよ」

「え……」

「それが何者だったとして、沙織は友達のまんまだろ?」

「も、もちろんっ」

「なら、いいじゃないか。誰だって……、な」

「少しでも綺麗なまま、これ以上汚さず、水も綺麗な水のままにしていきたいなぁ。爺ちゃんはそう思う。あの子らは街には居ないってことだけは確かだろう……」

「うん、沙織もそう思う」

「いつでも来たいときに、会いたいときに、会えるようななぁ。来る方も待つ方も、追い過ぎず、待ち過ぎずよ。見えても見えて無くてもお互いが居るって、それぞれの世界があって生きてるって、そう信じていられたらいいな、沙織」

「うん、うん。居るんだよね」


 お爺ちゃんは、家の近くにある小川、清流の周辺の掃除を定期的にしている。ゴミを拾いながら森や草や、昆虫や鳥の観察をしているのだって言っていた。なかなか真似が出来ない沙織にとってはお爺ちゃんは凄い人なのだった。さやちゃんも他の人たちのことは言わないのにお爺ちゃんのことは言ってた。


(静かに音を聴くんだって言ってたな……お爺ちゃんは)


「お爺ちゃん」

「ん?」

「ありがと」

「あぁ」


「あの、お願いがあります」

「どうしたって? そんな改まって」

「小川のお掃除とか、朝のお庭一周とか、一緒に行きたい……です」


 沙織は思いっきり頑張って、自分が今一番気になること、したいことを口に出した。ほんのちょっぴり背筋を伸ばした。

 重要な儀式のような、そんな気がして、自分なんかじゃダメだって言われるかもしれない。そう思えたけど、今回ここに帰って来たからには言わなくちゃいけない気がした。


「いいよ。ただな……、朝早いぞ」


「ありがとう。お爺ちゃん!」


 お爺ちゃんはそう言って笑った。沙織はホッとした。よかったと安堵した。早起きは覚悟した。今回ここに来た理由っていうのかはわからないけれど、重要なことのように思えた。

 約束を手に入れたことで安心したのか、喉が渇いたのでガラスのグラスを手にして麦茶を飲んだ。先ほどは気が付かなかったけど、よく見ると麦茶の入ったグラスは三つ用意されていた。

 静かな夜だったが、時折波のように強く弱く風が吹いている。星がパチパチ瞬いている。


「あっ……」


 沙織は声を上げた。吹いた風が頬に触れた瞬間、なぜかそれを人の手のように感じたのだ。その触られたような気がした両方の頬に自分の指先をそうっと当てると柔らかいものにふわっと自分の両方の手が触った。くすぐったい。


(温かい……小さい、手?)


さやちゃ……ん?」


 風が再びぴゅうぅっと吹いた。

 その瞬間、声が聞こえた気がした。風の音に混じって聞こえて来たのは笑い声だ。くすくす、きゃっきゃっ、無邪気な声が遠いような近いようなところで確かに聞こえた気がした。


「お爺ちゃん!」


「あぁ、あぁ……」


 二人は月明かりの暗がりの中で顔を合わせて目を見開いた。確かに聞こえたのだ。確かに感触もあったのだ。

 二人でそうっと笑った。何度も頷いて、声を立てずに笑った。起きていることは自分の勘違いなんかじゃ無い。これはお爺ちゃんにもわかっていることなのだと沙織は思った。


「綺麗な空だね。さやちゃん……」


「いい夜だな……」


「お爺ちゃん、さやちゃん、ありがとう」


 沙織は両方の頬に手を当てて、感触を思い出す。


 これまで自分は子守をしてもらってたのかもしれない。萌ちゃんを見ていてそう感じたのだ。動物が子供をあやしているかのような動画を何回も見たことがある。それとどこか似ているような気がしたのだ。


(一緒に遊んでたと思ったけど、遊んでもらっていたのかも……)


「あ、遊んでもらってたっていうか、守ってもらってたんだ――」


 これまで考えもしなかったことが沙織の中にパッと湧いてきた一瞬だった。自分の中に光が射したような気がした。



 この休みが終わるまでには、沙織はまた日常へと戻って行かなくてはならない。

 それはきっと夏の終わりだ。


(あぁ、今度は忘れたくないな……)


 私たちはきっと忘れていく。

 でもこの子供たちに繋いでいくこと自体が大切なのかもしれない。お母さんも忘れてるかもしれないけど、きっとどこかで覚えている。私もそう、そうでありたい。


(忘れても、忘れない私でありますように)


 ずっと子供のままでありたい、そう思った時に落胆は瞬時にやって来る。誰もが大人になってしまうのだ、ということを突き付けられる。


「ううん、大丈夫。子供のままの人がいた……」


 一人居ることを思い出した。お爺ちゃんはきっと変わらず子供のままなのだ、沙織は新たな可能性を手に入れたのだった。



 了

 __________________________________


 占星術からの視点を日々の生活に活かすヒント。

 そしてこのサビアンシンボルをより知っていくことを目的としての考察。


 【サビアンシンボルMemo】1/360


 「女性が水からあがり、アザラシも上がり彼女を抱く」0.00~0.99⇒牡羊座の1度 


 これは360度の中での始まり、牡羊座の1度。

 それは占星術での春分点を表わしている。春分点とは、春分の日と言われている一年の始まりの時。それは、太陽がその前の世界の魚座から移動して次の新しい牡羊座の1度に入った時のこと。

 春分点は、境目であり、それは外部から未知なる大きな力が侵入してくるポイントでもある。この境目で古いものは忘却されていき、新しい世界が始まる。全く新しい世界に踏み出して、ライブで 体験しながら進み方、生き方を選択していく挑戦となる。 何も知らない、何が何だかわからない、という状況が当り前。


 境目と言えば、それは例えば「海と陸」は境目の両側に存在していて、それぞれ違った世界である。他にも「眠りと目覚め」「森と街」「潜在意識と顕在意識」「意識と無意識」「前世と現世」「夜と昼」などがある。


 水から陸へと上がった女性は新しさへと迷いながらも進んでいく。

 背後にいるアザラシは女性をまるで飲み込むかのような存在となる場合もある。いつでもそこにある海。無くなることは無いが私たちは忘却することで失っていくかのような体験をする。



【牡羊座1度/12星座(360度)】

「女性が水からあがり、アザラシも上がり彼女を抱く」

(360度のひとつの円の始まり 0.00~0.99度/360度)

このお話を①とする。1/360ということ。各サイン(星座)は30度あるので、牡羊座のお話は30個続く予定であるということ。


 

 次の牡羊座2度の物語へと続く。

【牡羊座2度/12星座(360度)】

「グループを楽しませているコメディアン」

(360度のひとつの円の中での次の度数へ 1.00~1.99度/360度)



 了


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