あとがき


 『新・十ノ物語』を最後までご覧いただき、ありがとうございます。

前作『十ノ物語』の完成後、すぐに執筆に取りかかりました。前回はとてもあっさりしたご挨拶になってしまったので、今回はゆっくりご挨拶いたします。


 前作に引き続き、大昔に書いた話を今の視点で書き直したものや、完全な新作も含まれています。

特に「芝右衛門行状記」「芝太郎行状記」「雪の麗人」は、もともと高校時代に書いた作品です。今あらためて読むと、粗さやご都合主義が目につき、不思議な気持ちになります。それでも完全には書き換えず、当時の“プロトタイプ”としての面影を保ちました。



 今回も、さまざまな物語を書かせていただきました。

気がつけば、『十ノ物語』と合わせて二十篇。

どの作品にも共通して、大切にしていることがあります。

それは──


「生活感」


これに尽きます。


 泡のように現れては消える、そんな怪異たちの物語。

それらを“ただの怪異譚”として片付けるのは早計かもしれません。

 どんな怪異にも、そこに人の暮らしが根づいている。

 怪異自身の情念、そしてそれに遭遇する人々の人生──

私は、それらが描かれなければ、怪異譚は成り立たないのではないかと考えています。

 どこまで形にできているか分かりませんが、少しでもそれを体現できていれば嬉しく思います。


 また、私は怪異という存在を「倫理の輪」に対する異物として捉えています。

ここでいう「倫理の輪」とは、人間が社会の中でよりよく生きていくために発明した、法律・決まりごと・約束などの総称です。

怪異とは、その「輪」の外から──あるいは内側から──

じわじわと、ときに大胆に、迫ってくる存在ではないでしょうか。


とはいえ、怪異が必ずしも“破壊者”とは限りません。

「しっぺい太郎」や「早太郎」のように、「倫理の輪」の守護者とも呼ぶべき存在もいます。

怪異は、ときにおどろおどろしく、ときに優しく、

人の世や、想像の世界にそっと息づいているのです。

もしかすると、そんな枠に彼らを嵌めようとすること自体が、暴論なのかもしれません。



二十篇もの物語を書いておりますと、少しずつ世界が膨らんできます。

前作から引き続き登場するA、B、Cの三人──

さらに「しべりあさん」に登場するSさんなど、ちょっとした繋がりを持った人物たちもいます。


ちょっとしたこぼれ話ではありますが、「霊犬伝説」に登場する“しっぺい太郎が説得した大和国の龍神様”、

「送り犬」で描かれた“壁にかけられていた、長い首の亀と龍が睨み合う絵”──

それらの龍は、『十ノ物語』第十話「龍の池のこと」に登場する龍のことを指しています。


誰にも気づかれない“しらんがな”な話ですが、

こうして物語同士が静かに繋がっていくことに、私はとても楽しさを感じています。



さて、少し長くなりました。


私ごとですが、『新・十ノ物語』の執筆中に祖母が旅立ちました。

「送り犬」は、祖母への供養のつもりで書いた物語です。

この作品が故人に届くかどうかは分かりません。

それでも、仄かに立ち上る線香の香りのように、誰かの心に届くことを祈っています。



『十ノ物語』シリーズのほかにも、「滝美博の事件簿」シリーズなどを執筆しております。

もしご興味があれば、そちらもご覧いただけますと、これ以上ない喜びです。


それでは──

また次作『真・十ノ物語』でお会いしましょう。


この小説が、旅立った祖母に届かんことを、心より祈ります。

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新・十ノ物語 辻岡しんぺい @shinpei-tsujioka06

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