水芭蕉咲く沼地にて

珠邑ミト

第1話


矢野やのさん、おはぎ食べませんか? 召し上がられるなら私でもいいですけども」

 そう言って、瑠璃子るりこは発言の際どさとは裏腹の涼やかさで小首を傾げて見せた。

 玄関の庇がつくる影の中に立つ女は、どちらかといえば肉付きがいい。鎖骨とやや開いた胸のあいだに、絵に描いた玉のごとき汗を浮かべている。すっきりと短くした黒髪が、女の丸顔をさらに童顔に見せていた。

「ええ、はらさん、あんたわざわざこの暑い中、餅持ってきたんか」

 りんは無表情を崩さぬよう細心の注意を払いながら、なんとかそう返しつつ額の汗を手の甲でぬぐった。瑠璃子の後半の言葉は聞かなかったことにした。還暦近い倫治からすれば、三十近く年下の女から受ける艶めいた揶揄からかいなど、喜ぶより困惑が勝る。

 蝉も鳴けぬほどの酷暑となったこの夏は、山間やまあいのこの集落も避けて通ってはくれなかった。つまりふもとの暑さはこれ以上ということだ。冗談ではなく人死にが出る。

 ここ数年、地球中の人口を削りに削った流行り病も、ようやく一定の収束を見たのか、何時の間にやら日常の話題に上らなくなっていた。つまり気に止めぬうちに生活があらかた元の形に戻っていた。そうと気付いたのは、最近妙に咳の長引くものが多いと整形で小耳にはさんだからだった。そんなことでもなければ、最近この病が自分の意識に上っていなかったことに気付きもしなかったろう。あらためてニュースになるほどではないが、おそらく少々流行りの巻き返しがきている。夏の暑さも病も、しつこく厄介で忌々しい。

 厄介、という意味では、この目の前の女もそうかも知れない。半年前、ふもと側ではなくこちら側――つまり山側に借家移住を希望している者がいると聞かされたときには、近所に人間が増えると思っただけで煩わしく感じた。しかもそれが独身の三十女だという。尚更面倒なことになりそうだと内心顔をしかめた。それが瑠璃子だった。

 倫治は首に掛けた手ぬぐいの先で鼻の頭をぬぐった。夏の日差しにさらして乾かした手ぬぐいの感触は、硬い。

 息苦しいのは、暑さのせいばかりではないのだろう。

 その日は早朝から、やたらじめっとしていた。ここ数日続いた激しい雷雨の置き土産だろうか。もう少しぐらい涼が続くかと期待したがアテは外れた。雲が山から海へ抜けると同時に、出戻らずともよい暑気は返ってきた。

 不快な息苦しさの中、倫治は日課である畑の世話を表情もなく済ませていた。元々表情というものの少ない男だった。破れた麦わら帽の下に手ぬぐいを一枚かませてはいるが、頭皮から滴る汗を吸い取りきってはくれない。襟首のたるんだ長袖のTシャツは大昔に量販店で求めたベトナム製だ。首には、ふもとの町の電気屋が配ってよこした名入りのタオルを巻き、両端をその弛んだ襟の中に押し込んで邪魔にならないよう始末する。洗濯して干すときに、横着をして首元からハンガーを突っ込んでいるから、りんの持ち服は大抵歪んでだらしがない。親父が生きていたら「みっともねぇ身形ナリすんじゃねぇ」と張り倒されていただろうと思いつつ、その遺影が見下ろす仏間を足早に横切って風呂で水を浴びた。瑠璃子の訪いは、その直後だった。

 目に染みるほどの光と影と、やけに癖の強い女の匂いのようなものを目の当たりにしていると、妙に目の玉が軋む気がする。それで倫治が眉間を険しくしていると、瑠璃子は小動物のように、きょとんと小首を傾げた。

「矢野さん?」

 倫治は溜め息を吐くと、顎で庭先をさした。

「縁側に、回りなさい」

 瑠璃子は「うふっ」と目を細めて笑むと「お邪魔します」ときびすを返し、日の下に出た。その笑い声が、なんだかテレビドラマで新人の女の役者が出す音のように聞こえて、わずかに嫌悪感が走った。

 そんな倫治の感想など瑠璃子が知るはずもなし、女は、生白い足首の腱を浮かせながら、サンダルだか突っ掛けだかの底を足裏にぱかぱかと打ち付けつつ、朝顔の繁茂する壁を横切り、ひらりと軽やかに角を曲がった。そのとき、瑠璃子の着ている白地に青の模様がちょろちょろと散ったワンピースの裾が、ひらりと微風にひるがえった。夏の陽光が白い布地に反射する。それは、さながら蝶のように視界に一瞬残って、追って消えた。

 倫治は溜め息を吐くと、薄暗い玄関の中で自身の胸元を見下ろした。着がえたばかりのTシャツの襟元も、やはり弛んでいる。弛んでいるのは襟ばかりではない。倫治自身の皮膚も張りなく弛んでいる。日に焼けているから、まるで鞣し革のように照りがあるが、ただ初老男をそれらしく見せるばかり。先日、二月ぶりに山村理髪店で散髪してもらったばかりの髪も、黒より灰と見るほどに白が目立つ。

 夏の只中に、老いと若きの明白な断絶が光と影で分断されている。

 そう思って、倫治は今一度溜め息を吐いた。やめよう。客観的に己を顧みる利点がない。

 倫治は頭を掻きつつ、自身もきびすを返して玄関を上がった。


   *


 仏間を抜けた先は八畳間で、裏庭に面している。

 倫治は、その二つを隔てる長押なげしに手を掛けつつ軽く頭を下げると、仏間側から八畳間の方へ一歩を踏み入れた。

 瑠璃子はその八畳に面した縁側に腰掛けていた。餅をしまっているらしい灰色の布の手提げは、瑠璃子の右手側、少し離れた場所でぽつんと所在なさげにしている。

 元々庭先の方は開け放ってあった。瑠璃子の頭上で、ちりんと金属製の風鈴が鳴る。年中軒下に吊るしたままのそれは古色然として埃を薄くかぶっている。倫治は長押から手を離すタイミングを逃し、思わず敷居をまたいだまま立ち止まった。

 うなじのさらされた女の背中は、やたらと生っぽい。枯れた男の一人住まいに、匂うような気配を充満させ、その場の濃度を一瞬で変える。それがまたこの夏のように厄介だと思った。

 ぴんぽんぱんぽーんと町内放送のアナウンスが二重になって聞こえた。音は割れていて小さい。ふもとの集落からここまではずいぶんと離れているので、中途にある木々が音を枝で受け止めて散らしてしまう。更に谷間で反響するから、もうわけがわからない。だから倫治は放送の内容を満足に聞き取れたためしがない。ふもと側も山側まで届かせるつもりはないのだろう。それでも特に問題はない。何かあれば名目上の班長である上嶋うえしまから電話がくる。

 ふいと、なんの前ぶれもなしに瑠璃子が上半身だけでふり向いた。その仕草で、ぱきりと縁側の板が音を立てた。放送の音にでも釣られたか、背後に倫治の気配を感じ、様子をうかがおうとでもしたか。姿勢を変えた身体を支えるため、瑠璃子の右腕が縁側の床板に伸べられる。手は、ついと板の表をすべり、指先が倫治へ向く。指は、光の射すところを越えて、影の内へ入り込んだ。黒く丸い目が倫治を見る。

 倫治は、じっと瑠璃子の目を見返した。

「冷えとるのは、麦茶だけだが」

 瑠璃子は目を細めると、視線をわずかに逸らしながら脚を組んだ。持ちあげられた左脚の脹脛の肉が、右脚の膝の上でもったりと膨れる。

「おうちに上げて下さるなら、自分で紅茶を淹れますけど」

「ほんま図々しいな。好きにしなさい」

 倫治は諦めた。瑠璃子の強引なのは、既に承知のことだった。

 倫治が家に上がるのを許したので、瑠璃子は、またあの黒く丸い目で倫治をじっと見た。そして、にっこり笑うと組んだばかりの脚を解いた。腰を上げ、サンダルだか突っ掛けだかを脱ぎ、沓脱石は使わず縁側に上がってきた。つまり膝を大きく曲げて板の上に足裏を乗せた。その一瞬に瑠璃子の内腿と下着が見えた。またひとつ、板が軋みを上げた。その後は勢いをつけて立ち上がり、勢いついでに手提げを左手の先に引っ掛けた。「おじゃまします」と耳に髪を掛けつつ、倫治のほうへ軽やかな足取りで向かってくる。室内の濃度が、また一つ上がったような気がした。

 実際、遠慮を知らぬ娘だと思う。図々しいとは口に出したが、それでいて嫌味なところが然程感じられないのは、この娘の天与の才だろう。移住直前に、苦い顔をした上嶋に伴われてうちへ挨拶にきたときには、どことなく薄暗いものを感じたものだが、実際に転居してきてからは妙に馴れ馴れしく懐いて見せるようになったのである。それで倫治も慣れてしまったところがあった。

 あまりに年寄りに対して要領よく馴染むので、宗教勧誘か保険屋か、もしくは詐欺師が向いていそうだと以前嫌味のつもりで言ったら「あらよくお分かりで」とはぐらかされた。どちらにせよ、瑠璃子の素性など倫治には関係がないと思ったので、それ以上掘り下げて聞くことはなかった。だから、瑠璃子がここへ移住してくる以前に何をしていたのか、倫治は知らぬままだ。結局、詐欺師が正解なのか保険屋が正解だったのか、はたまたいつも通りに揶揄からかわれただけなのかは分からず仕舞いでいる。今は貯えでやっているそうだが、今後どうしていくつもりなのかは上嶋から聞いても明白な回答はないらしい。これも倫治には関係がないので、上嶋の愚痴も聞き流して終わらせている。

 倫治の隣を通りすぎがてら、瑠璃子はちらと流し目をくれた。

「枯れ木に花は咲きそうかしら?」

 さっきスカートの中身を見せたのは、やっぱりわざとか。倫治は長押からようやく手を離すと、瑠璃子と入れかわるように今度こそ八畳間へ入り、畳の上でどっかりと胡坐を掻いた。枯れ木に花など、その言葉は含意が多すぎて、どれのことを言っているのかの解釈を聞き手に委ねるあたり根性が悪い。

「俺の分には砂糖は入れんでくれ」

 倫治の背中に、うふふと濃く甘い、それこそ砂糖を煮詰めたような笑いが掛かった。

「わかってます。だから、おはぎはちょっと甘めにしてますよ」


   *


 倫治の住むこの家や、瑠璃子の借りている家がある山の中腹側は、もともとはしろさと村という名の独立した集落だった。平成の市町村合併のあおりを受け、村は山のふもとにある城見しろみ村に吸収される形で城見町となり消滅した。そもそも過疎化も進んでいたし、合併当時、倫治はまだ大阪にいた。生家であるこの家に帰ってきたのは、合併から三年も過ぎたころになる。母の逝去が契機だった。

 昭和一桁生まれの父が昭和のうちに死んだあとも、母は長らく一人でこの家を守っていた。いや、しがみついていた、といったほうが正しいのかも知れない。他にどこへも行く当てのない母だった。父の生前は、その後ろでひっそりと控えていた心象があるが、夫婦仲が平穏で良好なものだったとは思っていない。つまり、母はあまり幸せそうには見えなかった。そして倫治の知るかぎり一番口数の少ない女だった。

 家を守っていた、といっても老母のことである。後年は身の回りのことも覚束なかったようで、ふもとの家に嫁いだ妹の幸代さちよが面倒をみてくれるのに任せきりにしていた。が、葬儀後に確認したところ、幸代もその子供らも、この家に住む気はないのだと言う。人に貸すという発想も当時はなかったし、潰して中身も処分してしまうというのも何やらしのびない。それで倫治が相続という形でもらい受けることにした。もう一切合切を引き払って故郷にUターンしてもいいかと思っていた矢先でもあった。家自体は祖父母の代からのものなので資産価値などないに等しかったが、ただもう静かに隠棲したい心境だった倫治にとって、この実家は都合がよかったのだ。

 これまでノータッチにしていた罪滅ぼしにと、多めの額を貯金から出して幸代に渡した。幸代は呆れながらも包みを受け取ってくれた。だが。

「ありがたくないとは言わんから受け取るけど、このお金で兄ちゃんがなんもせんかったことを帳消しにはでけへんの。お金はただのお金やねん。それに介護っていうのはその最中のお金の工面がいちばん頭使うし、しんどいねん。わたしも年やから体力的にもきつかったし頭も身体もたまらんのよ。兄ちゃんは母ちゃんから逃げたかったんやろうけども、それとこれとは別や。わたしかって、後になってからお金だけ出されたって、そんなん、ほんまにしんどかったときの埋め合わせにはならんし、だいたい、まずいことした自覚があるんやったら、よけいお母ちゃんが生きてはるうちに孝行しやなあかんかったんと違うの?」

 幸代はそうきっちりと言い残して、あっさり玄関を出て行った。

 倫治の「ほんまやな」という言葉は、幸代がガラガラと障子戸を閉めたあとに発せられたので、きっとその耳には届かなかった。すべきことを放棄した実感の苦さが、倫治自身の身に染みただけだった。それから間もなくして幸代の旦那の転勤が決まり、幸代もそれについていったので、以来顔を見ていないし声も聞いていない。行先はカナダだった。

 からんと音が背後から近付いてきた。長方形の座卓のかたわらで胡坐を掻き、庭を見るともなく見ていた倫治のそばに、グラスがごとりと置かれる。切子のグラスは古くて重い昭和製で、頑丈なのだけが取り柄という頒布会の品だった。それでも透明な紅色の中で氷は涼しげに踊る。わずかばかりに差しこんだ日の光を浴びて、座卓の表に透明なゆらぎを描く。

 当然、倫治が買ったものではない。母が求めて箱に入れたままになっていたのを見つけたので、引っぱり出してきて使っている。母は、きっと、とっておきのときに使うものとして大事に仕舞い込んでいたのだろう。だが、大事にしすぎて思い入ればかりを溜め込んで、結局実用にできず閉じ込めたままで本人は死んでしまった。これには、そういう侘しさが詰まっている。だからこそ、供養にと思って日常使いにしていた。

 それと同時に、このグラスは自分自身だと倫治は思ってもいた。時代に取り残されたロートルは、猛スピードで移り変わる時代から「お前は何故まだそこに生きているのか」と険しい視線を通り過ぎざまに浴びせ掛けられるものだ。でも、残酷な言葉を発するほうは、あっという間に背中を向けて瞬く間に遠くへ流れてゆく。だから、結局何も答えを返せない。あちらもこちらの言葉を聞く気は、ハナからないのだろう。

 グラスから瑠璃子の手が離れた。次いで紅茶のそばに、小皿に盛られたおはぎが一つ添えられる。よくある藍染の小皿にはピンチョス楊枝が添えられている。そういう名なのだと教えられたのは何時のことだったか。以来耳に残って忘れられない言葉となった。

「どうも」

 形ばかりの礼をいい、倫治が座卓に向き直ると、瑠璃子は伏し目がちに、今度は自分の分のグラスとおはぎを盆から取り上げて、彼女自身の手前においた。

 からん、と、どちらのグラスから出たかは知れぬ、氷の崩れる音がした。

 横座りになった瑠璃子は、脚をスカートの裾から、にゅうと突きだしている。ピンチョス楊枝でおはぎを切り分け口に運ぶのだが、倫治にはどうにもそのサイズが小さく思えてならない。口の小さい娘なのだ。そう言えば、瑠璃子が大口をあけて笑ったり、大きな声で話したりするのを見たことがない。動作もどこか芝居じみている。なんというか作りものめいているのだ。若い女というものは、男の前では総じて外見や中身をカマトトぶったり、おぼこぶったりして取り繕うものだろうから、倫治の目に作りものめいて映るのもおかしな話ではないのだろう。

 いや、若い、といってこの瑠璃子も三十は越しているのだから、娘と認識するのも無礼な話ではあるのだろう。昔ならば喜ばれたような物言いが、昨今ではすっかり怒りを買うものに化けている。若い美人と褒めて叱られるのなら、もはや何を口にしたらいいのか分からぬ。

「そういえば私、長いこと、おはぎとぼたもちの違いを取り違えていたんですよね」

 瑠璃子の言葉に、倫治は皿の上で解体のすすむ糖質の塊を見下ろした。おはぎとぼたもちの違いか。改めて問われると一瞬どちらだったかと迷う。

「春の彼岸か秋の彼岸かで言い方が変わるというやつか」

「そうそう」

「春がぼたもち、秋がおはぎ」

「そう」

「なら、秋をぼたもちと思っとったわけか」

「そうです。子供のときにね、たしかまだ小学校の低学年だったかしら。一学期の終わりの日に、大荷物を抱えて帰宅して、お昼におそうめんを食べながらテレビのニュースを見てたんですよ。次の日から夏休みだってわくわくしていたから、そこだけはハッキリおぼえてるの。でね、そのニュースで、どこそこのぼたもちがおいしいですってリポーターの人が言っていたのね」

 倫治はピンチョスに挿した最後の一口を頬張ってから、

「地域によって違うとも聞くからな」

 と、らしくもないフォローをした。

 瑠璃子はうふふと笑うと、自分も最後の一口を舌にのせた。

「全部食べられました?」

「ああ、ごちそうになりました」

「私も最後まで食べました」

 涼やかに細められた瑠璃子の目の奥で、すっと陰りがよぎった。その目で瑠璃子は畳の上の手提げを見る。手提げは瑠璃子の右隣で大人しくしている。倫治からは、二本の持ち手がちょろりと前後に倒れているところしか見えない。

「さて、こちらのバッグの中には、あと四つのおはぎがあるのですが」

「うん?」

「つまり私は六つのおはぎを持ってきたのですが」

「なんだ、次は算数の何かを誤解してたとかいうんか?」

 ちりん、と埃をかぶった風鈴が鳴った。

「このうちの一つに致死量の毒を混ぜました」

「――は?」

 一瞬なにか聞き違えたかと思った。だが倫治を見返す瑠璃子の目に迷いはない。追って、その言葉の意味を脳が理解した。それで遅れて心臓が跳ねた。身の内の芯がぞっと凍る。背中に原油のように黒い油汗が滴った気がする。

 瑠璃子は指先につまんだままだったピンチョス楊枝を小皿の上に戻すと、ワンピースの裾から突きだした真白な自分の脚に、同じ指をつるりと這わせた。

「ねえ矢野さん。ロシアンルーレットをしましょう。今一緒に食べたものの中に毒入りのおはぎがあったなら、意識が朦朧とするまで、あと十五分くらいです」

 思わず嘔吐しそうになったが、とたんに瑠璃子が「ああ、吐いちゃだめですよ」と口元を指先でおおった。

「矢野さん、水川みずかわ早苗さなえがどうして死んだのかについて知りたいでしょう?」

「は」

 そう言われたとたん、現金なことに倫治の嘔吐感は引っ込んでしまった。

「間原さん、あんた、なんで早苗のことを」

「矢野さん、今から十五分間、私はあなたにいくつかの質問をします。毒入りが当たっていても、質問に正直に答えて下さったなら解毒剤のありかを教えます。今からの十五分間でどちらも死ななかったら、次のおはぎをまた一つずつ一緒に食べましょう。そこからの十五分間は、私があなたの質問に答えます。そのあとは――」

 ちりんちりん、と風鈴を鳴らした風が、瑠璃子の前髪を揺らしていった。

「そのあとがあれば、そのときに」

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