ほら、ホラー、テラー

魚野れん

お題【ホラー】俺はホラー映画も人間も大好きだ

「お寺さんの息子がホラー好きとか、ど典型じゃん?」


 げらげらと笑う友人を尻目に、俺はホラー映画を観る。俺はホラー映画が好きだ。

 俗に言うスプラッタ系だろうがサスペンス系だろうが心霊系だろうがなんでも良い。とにかく、俺は恐怖表現が好きなのだ。

 吸血鬼、ゾンビ、幽霊、悪魔、怪物、謎の生命体……ロマンを感じる。巻き込まれる人間は、理不尽だったり自業自得だったり様々で、彼らがそれぞれ生き抜く為に選択を繰り返す様子がたまらなく好きだ。

 彼らの選択の命運を分ける瞬間。彼らの命が途切れる瞬間。あの眩しさったらない。


「お前さ、いつも熱心に観てるけど、そんなに面白いわけ?」


 面白い。でも今は黙っててくれ。ちょうど今、良いシーンなんだ。序盤で意味深な発言をしていた女性が殺されるところだった。

 ここまで頑張ったのに、残念だったな。


「だってこれフィクションじゃん」

「うるさいな。フィクションからしか取れない栄養があるんだよ」


 さすがに我慢できなくなって、俺はむすっとした声で口を挟んだ。ちらっと彼を見ると、俺のことを見て笑っている。俺を見ていないで映画を観ろよ。

 やってられないな、と俺は視線を画面に戻す。


「栄養ってなんだよ」

「俺の生きがいなんだって」


 ホラー映画を観るのが俺の癒しなんだ。好きにさせてくれ。一緒に映画を観ているはずの友人は、いつの間にか真剣に画面を眺める俺を見て笑い転げている。

 意味が分からない。


「いやいや、本当に意味分かんねぇよ!」


 どうしてそんなに笑うのか。あ、また一人犠牲になった。順番に殺されていく登場人物たち、残っているのはあと何人だ? 迫真の演技をする俳優たちの内の何人かがこの映画に出た後で超有名俳優になったりしている姿を知っているから、余計に面白い。

 他人の役をやっている別人になった彼らが、のイフ世界のようで楽しいんだ。まあ、別のホラー映画に出て似たような状況になっている人もいるが。

 友人の笑い声を浴びながら、彼らの演技を堪能し続ける。

 異質な空間になっているが、仕方ない。


「人間みたいには生きてないんだから、生きがいも栄養もクソもねぇだろ」

「うっせぇな……」


 確かに俺はグールで、友人は吸血鬼だ。友人がうっかり俺を殺した。彼が頑張ってくれたけど眷属になれなくて、俺は食屍鬼になったのだった。

 ってことで、俺はハッピーセカンドライフ中だ。

 今は、生まれ育った日本を離れ、アメリカという大陸で死後の人生を満喫中だ。開拓時代のアメリカンドリームだとか、そういうのじゃない。先進文化なのに、俺たちが過ごしやすい環境が揃ってるからだ。

 ほかの国でも良いんだが、アメリカは良くも悪くも雑種の国だ。日本人の俺と何人だか分からない友人の組み合わせでも、雑踏に溶け込みやすいからいい。


「ほんと、自分たちがホラーでテラーなんだから、こんなニセモノの物語なんか楽しんでないでさ、狩りに行こうぜ」

「もう少しで観終わるから待ってくれ」


 どうやら俺のことを見て笑っているのも飽きたらしい。長生きできる生物のくせに、短気すぎる。たった数時間すら我慢できないのか。

 ――ああ、だから俺がうっかり殺されたわけか。納得だ。


「なぁなぁ、まだ?」

「今、助かったはずの主人公が死ぬシーンだから黙れ」

「お前みたいだなっ!」

「うっせぇ」


 ほっとした表情を見せる主人公に向け、意表を突いた災厄がやってくる。うん。これぞホラー。フィクションの醍醐味ってやつだ。俺はゆっくりと目を閉じて頷いた。

 それから、催促する男の声を聞きながら映画の余韻を楽しむように、エンドロールが終わるまで鑑賞する。


「じゃ、行く?」

「……行く」


 そうして俺たちは町へ出た。

 きゃー、やめろ、そんな生の悲鳴を浴びて気分よくなったところで、友人が生き血を啜り、残ったカスを俺が食べる。ばり、ぼり、むしゃ。治安のよくない国は良いな。

 ちょっと脂っこいのが玉に瑕だけど、食いっぱぐれることがないから良い。銃は怖いけど、別にもう死んでるから痛くないし。いや、治らないから欠損するのは困る。


 何だかんだ言って、やっぱり俺自身が畏怖される存在になるのは悪くない。


「今度は少し追いかけっこしてから食べようぜ」

「恐怖感を覚えた奴の方が、何かいい味するんだよな……」


 友人の提案に、俺は大きく頷いた。俺たちの存在が現実だと理解して、恐怖に染まる瞬間、すごくうまそうな香りがする。

 俺は、その瞬間が大好きだ。あいつが首筋に噛みつく前に、先に嚙みついてしまいたくなる。

 ――くそ。食べたばっかりなのに、お腹が空いてきた。


「食べたりないって顔してるぞ」

「うまいもんを思い浮かべたら、誰だってそうなるだろ」

「ま、それもそっか」

「帰ろう。で、ホラー映画観る」

「またかよ!?」


 不満そうな悲鳴を上げる友人の頭を、軽くつついてやる。


「いいじゃないか、疑似体験できるんだ。無限に食べれるおやつみたいなもんだろ。実際に食べ過ぎたら、成敗されちまう」


 考え込むように「そりゃぁなぁ……」と呟く友人。昔はそれでも良かったらしいが、今は目立つとすぐに殺される。人間って野蛮な道具を作ることに余念がないし、個体管理するようになったから一人くらい減っても大丈夫だろうとか思っているとすぐにばれる。

 それなりに、こっちも気を遣わないと生きにくい世界になったもんだ。


「ほら、帰るぞ」

「おう」


 現実を見る雑談をしている内に満腹感を思い出した俺は、友人と肩を組んで深夜の町を歩く。人通りの少ない道を、異形が歩く。

 ほら、ホラー、テラー。恐怖が夜道を歩いているぞ。空想だろうが現実だろうが、俺たち異形は人間がだーいすき。もちろん色んな意味で、な。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ほら、ホラー、テラー 魚野れん @elfhame_Wallen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ