終話

 一等地に建てられた家の中からは、柔らかな歌声が聴こえていた。

 窓を開けているのだろう。今日は良い天気だし、ポピーウールをふんだんに使った防音壁も春の陽気には敵わなかったようだ。……何より、勝手にこの私有地に入って来る人間なんて自分くらいしかいない。

 年を経ても色あせることのない、半世紀近く惹かれ続けた自由な歌声。それにうっとりと耳を澄ませながら彼は想像する。

 もし、揺れるレースのカーテン越しにアンコールを希望したら。彼女は呆れたように笑いながら、きっとこう言うのだろう。


「そんなところで盗み聴きなんてせずに、ちゃんと玄関から入ってきてくださいまし。扉の鍵は、とっくに開けてあるのですから」


─了─

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ポピーウールの扉を開けて 上杉きくの @cruniwve

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