新都市暦二六一年

 ユネイル社の中庭に常設された小舞台ステージの前に、一人の少女が佇んでいた。

 壇上には在りし日の歌姫、フラナデール・リティの立体映像ホログラムが映し出されている。最後となった公演映像と共に、周囲にはささやかな音量で録音された彼女の歌声が流れていた。

 壇上の隅に置かれた花瓶に、金色の髪をした少女はポピーの花をそっと一輪挿した。


『……フラン』


 年を経て深みを増した月長石ムーンストーンのような心帯声音M.ヴォイスが少女に届く。振り返った先にいる高齢の男に、少女は碧空色スカイブルーのドレスの裾を揺らしながら近寄った。

『ユーロゥ様』

 少女がしわの刻まれた顔を見上げると、彼は穏やかな笑みを湛えたまま伝えた。

『待たせてすまなかったね。今からなら、何とか昼前には準都市シティに着けるだろう』

『はい』

 二人は並んで本社のビルを後にする。振動の少ない無人自動車に乗り込むと、後部座席に座った少女は甘えるようにユーロゥの肩に寄りかかった。

『次の公演会コンサートの打ち合わせですか?』

『そうだね。最近はみんな良い歌僕バードを集めてくるから選定にも一苦労だ。……まあ、知名度で言えば彼女の名を継いだ君が一番なのだけどね』

 金色の髪を梳くように撫でながら伝えると、くすぐったそうに少女は笑う。けれどすぐに真剣な面持ちになって顔をうつむけた。

「……初代フランも、きっと、もっと歌いたかったでしょうね」

 ぽつりと呟かれた言葉に、ユーロゥの手が止まる。しばらく考えた後で、そっと少女──三代目のフランに伝えた。

『案外今の方が、彼女は自由に歌えているかもしれないよ』

「そうでしょうか?」

『まあ、実際に聞いてみないことには分からないが。でも、彼女フランの意志は君たちが継いでくれているから。彼女も私も思い残すことはないよ』

 少女は何か言いたげな視線をユーロゥに向ける。けれどそれを声に発する前に、目的地に着いたことを知らせる人工音声が車内に流れた。


 車を降りた先はユーロゥが創り上げた音楽都市ユネイルシティの公演会場の一つだった。視線を移せば、先ほどまでいた新都市ハイ・スィーアの透き通った外壁が遠目に見える。

『公演練習、がんばるんだよ。フェルマルークにもよろしく伝えてくれ』

 小さく頷いた少女は、ふと内緒話を持ちかけるようにユーロゥの袖を引いた。

 灰青アッシュブルーの瞳が、同じ色合いの彼の目を見つめる。


『思い残すことがないなんて言わないで、長生きしてください。わたしマルクの代で絶対に、世界を変えてみせますからね、……


 それだけ伝えると双子の歌僕バードの片割れは身を翻して会場内に消えてゆく。小さくも頼もしいその背中を見送ると、ユーロゥは穏やかな表情のまま、ゆっくりと準都市シティを歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る