花束と銃口

『フラナデール・リティ』


 控室へと戻る廊下を歩いていたフランは、静かな心帯声音M.ヴォイスに視線を上げた。通路の先に立つ女の姿に緑柱石エメラルドの瞳が開かれる。

『ミズ・マーズ?』

 スタッフたちに許可を取ると、フランはリラの側に寄った。

『来てくださったのですか? ありがとうございますわ』

『こちらこそ、覚えていてくださり光栄です』

『お仕事のお相手は、できる限り覚えておくようにと言われているものですから』

 リラは薄く笑うと、手に持っていた花束をフランに差し出した。

『公演の成功と、お誕生日のお祝いに。受け取っていただけますか?』

『まあ、嬉しい』

 大きな花束にはずしりとした重みがある。フランは花束を受け取ると、目を細めて色とりどりの花弁をそっと撫でた。

『この花、ポピーね。ミズ・マーズはポピーの花言葉をご存じかしら?』

 フランが問うと、リラは少し考えた後で伝えた。


『……、でしょうか?』

『え?』

 フランがきょとんと顔を上げる。その胸元に、花束の間からのぞく黒光りする銃口が向いていた。


『──フラン!』

 ユーロゥが廊下に着いた時、目に映ったのはスタッフに取り押さえられたリラと、血溜まりの中に倒れるフランの姿だった。

病院センターへの連絡は!?』

『既に救急搬送申請エマージェンシーコールとバイタルの送信済みです!』

 止血に対応するスタッフが告げると、ユーロゥは青ざめた顔で拘束されたリラの側に寄った。床に落ちる遠隔操作盤スイッチに目を向けた後で、固い心帯声音M.ヴォイスで尋ねる。

『ミズ・マーズ、何故彼女を撃った?』

 乱れた髪を揺らして、リラは暗い笑みを浮かべた顔を上げた。

『これ以上、有声人種ノンサイレンス新都市まち蔓延はびこらせないためよ。無声人種わたしたちの静寂を下品な音で踏み荒らしておいて、新時代の幕開け? 気持ち悪い、たかが声有りラウダーのくせに!』

 昂っていた鼓動と血圧が氷点下まで下がったような心地がした。

 

 彼女フランが誹謗と嘲笑の矢面に立って歌った五年間も。

 新都市ハイ・スィーアで認められるための努力を重ねた十八年も。

 それを決意するに至った有声人種ノンサイレンスの二百年も。

 目の前の女にとっては、その程度のことでしかないのだ。

『……君の主張は、把握した』

 両手を強く握りながら、彼はリラを見下ろした。

『けれど、暴力でしか押し通すことのできない主張に価値があるとは、僕には到底思えない。君とは法廷で決着をつけさせてもらおう、ミズ・マーズ』


 それだけ伝えてユーロゥは耳を澄ませる。どうやら救急隊が到着した様子だった。

 だが自分は、彼女に付き添うことができない。

 起こってしまった事態なら、ユネイル社の代表として、未来に最も効果的となる形で事後処理を行わなければならない。共に闘ってきた彼女のためにも。

(……どうか、死なないでくれ)

 祈る神のないことが。上げる声を持たないことが。これほど口惜しく感じたのは初めてのことだった。

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