信仰と軌跡

 フランの公演は新都市ハイ・スィーアにある既存の公演場ホールで行われた。普段は学術講演や舞台舞踊に使用されるような場所だ。

 一般販売のチケットは完売した。集まった客層は若い世代が多く、男女比もおおむね想定通りだが、女性や子供連れの姿もそれなりにある。定点カメラから逐一送られてくる映像を、ユーロゥは公演場の情報管理室で眺めていた。


 客席の照明が落とされると、舞台の中心にフランが現れる。


 身にまとうのは新進気鋭のデザイナー、パルテナ・ミレイの手がけたドレスだ。

 上半身を覆う目の覚める碧空色スカイブルーの輪郭と金糸ゴールドの刺繍が光に映える意匠。『祈りを捧げる』を構想コンセプトに、大昔の聖職者プリーステスをイメージしたそうだ。

 古来、歌は祈りであったらしい。有声人種ノンサイレンスの住む都市外ラオ・カントには未だに神を信仰している者も多い。

 彼女はどちらなのだろう。音を捨て、神を捨て、死後は高温焼却の後に公共機関によって処理される新都市ハイ・スィーアの人間の生き方を、相容れないものと感じているのだろうか。

 金の髪に被された冠から垂れる面紗ヴェールが、絶妙な角度で彼女の表情を隠す。そこに浮かぶのは不安か、緊張か、それとも……。聴衆の想像をかき立てる間を演出し、その期待が最も高まった瞬間。

 フランが顔を上げた。

 胸元の紅い花飾りスカーレットが揺れる。客席を見回したその表情は生命力に満ちあふれた笑顔だった。

(そう、この表情は新都市ハイ・スィーアにはない。君だから与えられる力だ)


 一曲目はフラナデール・リティが新都市ハイ・スィーアでデビューした記念の歌だ。優しさと、新星のような煌きを宿した伸びのある響き。発表した当時は『静寂を売る御社が有声人種ノンサイレンスの歌を公共に垂れ流すなんて』と、社に苦情が殺到したものだ。それが彼女の目に触れないよう尽力したが、敏い彼女のことだ、ある程度察してはいただろう。

 穏やかな旋律で紡がれる子守歌は、精神を安定させる音程を脳神経研究所と共同で組み上げた。無償で配信したのは準都市セミ・ファクタの施設等に役立てられればと考えたからだが、意外にも反響があったのは新都市ハイ・スィーアの労働世代からだった。もちろん、しつこい批判は途切れることがなかった。

『未知への探求』を標語フレーズに、ユネイル社の映像広告に彼女の歌を起用した二年前、初めて称賛のコメントが批判のそれを上回った。フランに伝えると「ようやく時代が追いつきましたわね」と彼女は泣きながら笑った。

 ミレイ社から『彼女をイメージした衣装を制作したい』と提案オファーが来たのもその頃だった。ふわりと裾の広がるスカートや、鮮やかな色合いを多用した非日常的な服飾。ミレイ社のドレスを着て妖精のように歌う彼女の姿を見て『将来はフランになりたい』と答える女児が増えたことはニュースでも大きく取り上げられた。

(……五年、長いようであっという間だった)

 無声人種サイレンスには馴染みのない拍手の音は、はじめ遠慮がちに、しかし次第に彼女の歌声に呼応するかのように熱狂的に響き渡る。画面の向こうから呼びかけるように手を振って笑うフランに、ユーロゥは目を細めた。

(ああ、そうだ。初めて君の歌を聴いたその時から、僕はとっくに君のファンだった。不自由な篭の中にいるとは思えない、どこまでも自由な君の歌に、僕はずっと心惹かれている)

 やがて舞台の幕が下りる。

 ユーロゥは息を整えた。

 今の顔は、絶対に彼女に見せられない。自分は雇い主として、そして無二の戦友として、喝采の余韻に浸る彼女を穏やかな表情で迎えに行かなくてはならない。


(……ん?)

 灰青アッシュブルーの瞳が一つのモニターに留まる。


 関係者通路を歩く、大きな花束を持った女の姿。その特徴的な蜂蜜色ハニーブロンドのショートヘアには見覚えがあった。

 ユーロゥは眉を寄せると足早に管理室を出た。

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