未来と扉

 リラが部屋を去ると、フランはソファから立ち上がって大きく伸びをした。

『結局、一度もわたくしに話を振りませんでしたわね、あの記者さん』

『まだ世界を変えるには至っていない、ということだね。少しずつ理解と共感を得てゆく必要がありそうだ』

 ユーロゥがソファに背を預けると、フランがおもむろに唇を開いた。

「ユネイル社はポピーウールで作り上げた壁を自ら壊そうとしている、──言い得て妙ですわね」

 ゆったりと紡がれる肉声が鼓膜を震わせてゆく。ユーロゥはその感覚にくすぐったそうな笑みを浮かべた。

『僕がしたいことは変わらない。この新都市ハイ・スィーアで、有声人種きみたち無声人種ぼくたちと同等の権利を持って生活できる。そんな時代にしたいだけさ』


 目の前のフランを含め、準都市セミ・ファクタで生きる有声人種ノンサイレンスの大半は、無声人種サイレンスからの遺伝で授かる心帯声音M.ヴォイス心帯聴覚M.ヒアリングを保有している。歌僕バードとして金で雇われ、望まぬ子を宿し、心身をすり減らすような生活を強いられる有声人種ノンサイレンスは多い。二百年の間、新都市ハイ・スィーアはその歪みを放置し続けてきた。

 落ちこぼれとして新都市ハイ・スィーアを追い出された先で、ユーロゥはそんな有声人種ノンサイレンスたちの生きづらさを何度も目の当たりにしてきた。


『僕が作ったのは壁じゃない。扉だよ、いつか開かれるためのね』

「そのために、あなたはわたくしを雇ってくれたのですわね」


 ふわりとドレスの裾を揺らしたフランがソファの背に回る。ユーロゥの耳元に顔を寄せると、小さな声で囁いた。

「……私たちの生きている内に、本当にそんな景色が見られるかしら?」

『できるさ。君の歌なら、きっと』

 こぼれ落ちてきた金色の髪に目を細めると、ユーロゥは一房をすくい上げて軽く口づけた。

『そのためにも次の公演、必ず成功させよう』

「もちろん、世界を変える最高の歌を披露してみせますわ」

 自信に満ちた声で言うと、フランは照れ隠しのようにユーロゥの灰茶セピアグレーの髪をつついた。

『あとそれ、無声人種サイレンスの悪い癖ですわ。わたくし以外の歌僕バードにやったらセクハラですから気をつけてくださいまし』

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