防音材と音楽

 ポピーウールは、ユネイル社が開発した防音材の名称だ。新都市ハイ・スィーアに完璧な静寂をもたらすと称賛され、実用化されてまだ十年にも満たないが、いずれは都市中の全ての建造物に施工処理を行う計画が進行している。

『採掘した罌粟蝋石ポピーライトを独自の配合で硝子材と混ぜて、溶かし、繊維化する。従来の硝子繊維グラスウールよりも細く、断熱・防音性に優れた素材です。何よりポピーウールは長く新都市ハイ・スィーアを悩ませてきた心帯声音M.ヴォイスの防音という面において大きな光明をもたらしました』

 リラは薄い笑みで頷くと、深みのある黄水晶シトリンの瞳をユーロゥに向けた。

『そうして一代にして巨万の富を築いたユネイル社が次に着手したのが、音楽事業でしたね』


 ポピーウールで得た莫大な財を、ユネイル社は当時ごくごく限定的な娯楽であった音楽という分野に投資した。

 都市外ラオ・カントからの楽器の買い付けや、新たな音楽作業場スタジオの建設。昨年は準都市セミ・ファクタ開発予定地を丸ごと落札し、有声人種ノンサイレンスを中心とした音楽都市サウンドシティの構想を発表した。

 リラは軽く小首を傾げて尋ねる。

『一連の流れを、世間では皮肉と受け取る目もありますが。ユネイル社はポピーウールで作り上げた壁を自ら壊そうとしている、と』

 完璧な静寂を推し進める中に、敢えて音を浸透させようとする行為。そこに矛盾はないのかと問う視線をユーロゥは穏やかに受け止めた。

『ポピーウールは原料の採掘から加工まで、有声人種ノンサイレンスの協力無しには成しえなかった。音楽事業についても同様です』

 ユーロゥは隣に座るフランに視線を向けた。新都市ハイ・スィーアで好まれる白灰スノーグレイのドレスを着た彼女は、よそ行きの笑顔で人形のように佇んでいる。

『これからは嬰児えいじ発育の手段としてだけでなく、肉声や、生演奏を用いた音楽を協力して楽しむ時代が来ると考えています。ちょうど我々が無声人種サイレンス有声人種ノンサイレンスに分かたれる以前のように』

『その象徴が二〇〇年生まれセンチュリアの歌姫フラン、……新たな時代の幕開けということですか』

『その通りです』

 そこからは、二週間後に予定されている彼女の生誕記念公演バースデーコンサートまでの取材が流れるように進んだ。

『ミズ・マーズ』

 取材インタビューを終え、丁寧な謝辞と共にソファを立ったリラに、ユーロゥはよろしければと心帯声音M.ヴォイスを伝えた。

『今度のフランの公演、あなたにもチケットをお送りしましょう』

『いえ、そんな』

『ぜひ一度、彼女の歌を聴いていただきたい。もし予定が合わなければ廃棄してしまって構いませんよ』

 それ以上固辞するわけにもいかないと判断したのだろう。リラは困ったような笑みを浮かべて頷いた。

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