社長と歌姫

『……あの怖いもの知らずのお嬢さんリトル・レディも、もうすぐ十八か。時が経つのは早いものだね』

 革のソファに座ったユーロゥがそう伝えて視線を窓辺に向ける。ドーム状の外壁に囲まれた新都市ハイ・スィーアのビル群を眺めていた少女は、いたずらっぽい表情で彼を振り返った。

『感謝してくださいまし。今やユネイル社の知名度はわたくしのおかげで爆上がり街道まっしぐらなのですから』

『いや、君を起用する前から僕の会社はそれなりに有名だったのだけど』

 少女はくすくすと肩を震わせる。緩く編んだ金色の髪が揺れるのを見てユーロゥは軽く目を閉じた。

『今日の取材インタビューは君の公演会コンサートの宣伝も兼ねているんだ。くれぐれも悪印象は残さないでくれよ』

 少女が言い返す前に来室を告げる細いベルが鳴る。ユーロゥが音を立てずにソファを立つと、その脇に控えるように少女が並んだ。


 応接室を訪れたのは若い女性だった。

 蜂蜜色ハニーブロンドの髪は肩上で角度をつけて切りそろえられている。きびきびとした動きながら、ローヒールの靴音を磨かれた床に響かせることはない。

『ルヴィ・フォーカス社のリラ・マーズです。ユネイル社の社長ユーロゥ・ユネイルと歌姫フラナデール・リティ。今をときめくお二方とお話ができるなんて光栄に思います』

 そう伝える割に、静かな作り笑いはフランを一瞥いちべつもしない。おそらく彼女は反有声人種アンチ・ノンサイレンス寄りだな、とユーロゥは笑顔の下で分析する。


 挨拶を済ませソファに座った三人は細い金冠サークレットを装着した。手元の板状端末タブレットを立ち上げると、リラは淡々とした心帯声音M.ヴォイスで伝える。

『ミスタ・ユネイルは二十歳という若さでユネイル社を設立され、今では新都市ハイ・スィーアでも屈指の事業家として注目されていますね』

 リラの心帯声音ことばを金冠が読み取り、端末上に一言一句違わぬ文字を連ねてゆく。ここにまとめられた文字情報データが編集されて電子新聞になり、さらに人工音声を加えたものが情報番組として配信される。

『その行動力と発想力には大変驚かされます。起業される前は都市外ラオ・カントへの冒険もなさったとか?』

『私はもともと心帯聴覚M.ヒアリングの発育不全児で──手術を受けさせてもらい、現在は支障なく生活できていますが──幼少期は準都市セミ・ファクタの施設で育ちました。有声人種ノンサイレンスと知り合う機会も多かったのです』

 リラがわずかに眉をひそめたことは気づかない振りをしておいた。彼らとの交友は騒がしくも刺激的で、自分にとって間違いなく価値のある経験だった。

『ダラスという友人とね、彼の故郷だという村に旅行に行ったんです。そうしたら、肝試しで入った洞窟の中で急に互いの心帯声音M.ヴォイスが聞こえなくなってしまった』

『まあ、それは驚かれたでしょう』

『ですが、その時にぴんと来たんです。ここには何かがあると』

 リラはそれを聞き納得したような顔をした。


『それが、ユネイル社に富をもたらした罌粟蝋材ポピーウールの原料──罌粟蝋石ポピーライトだったのですね』

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