daybreak.

 日本ポスティング汽船の櫛名田丸に乗り込んで、早く5日目。台湾の排他的経済水域に到着し、もう直ぐに台湾がある。そう、目の前には、中国人民解放軍海軍の艦隊が塞がる。


 俺狭間辰信は、春の日差しの中で櫛名田丸のデッキにいる。元はと言えば、肝煎りの豪華客船だったが、台湾緊張を受けて、物資需要から程なく大貨物船に仕様変更された。まあ勿体無い。

 櫛名田丸の日々のニュースは、世界初の電子帆4機の高出力太陽光豪華客船で注目を浴びていた。家族では櫛名田丸でマレーシアに行きたいねが、俺がこんな成り行きで乗り込もうとは。

 事実上、日本も有事に突入してるのだが、どうにもこれは海外出張の延長だ。よく紛争遺族の話で、いつか故人が帰って来るのではないかの談話。それは、今となっては非常に分かる。俺であっても、仮に死んでも英霊となって日本に帰れるの過信はある。これは早くも、最前線にいる雰囲気に取り込まれているからだろう。

 そして、櫛名田丸スタッフの軍事アドバイザー犬飼文治が巡回してくる。


「そこの中国艦隊、通してくれないのですか」

「目下、入間養子船長が交渉中だ。こんな時の為に、女性船長を配置してるのだが、まあ今回は頭の硬い指導部直属とぶつかったな」

「入間船長。溢れる色気で、落ちるものですかね」

「ランチ1回、ディナー1回、で大凡は叶う」

「たかが、物資輸送ですよね」

「ここはだ。今回言い掛かりを受けた。高出力太陽光船が270m級船舶を本当に動かせるの嫌疑だ。原子炉を内蔵しているだろう。果たして、緊張地域で核を使用して良いと思ってるのか、けしからんだ」

「無いですよね、原子炉。内部を見せれば良いですよね」

「それはない。臨検には応じない。高出力太陽光船の技術をもパクられたら、日本国の海運製造業は一体何で食っていくんだ」


 自衛隊にも席を残している犬飼さんは、けしからんと後にする。俺はうっすら察しているが、まあいい。


 ◇


 昼は食堂で、同僚の忍足刄一と一緒にスープカレーランチを一緒に取る。忍足さんは生命保険小曽根生命の若手社員だ。特殊兵站業務に徴用されるという事は、それなりに特技を持っている。洞察力のある査定員のホープである事は、初日から、忍足さん、とすぐ打ち解けた。


「忍足さん。法学部卒業だったら、弁護士になれば良かったのに」

「それもいざの現実がありますよ。クライアントが軒並み貧乏ですから、数をこなしても、このインフレ時代で生活出来るかです。それだったら、定時の短期集中力で仕事をこなして、若手競争が少ない保険会社に勤めようかにもなりますよ」

「俺達の時代では、法曹界は夢のある職業だったけどな」

「今は戦時中です。夢だけで生きていけませんよ」

「それはそうだけどさー、せちがない社会になったね」


 俺達は爆笑しながら、忍足さんの机に書いた指サインを読み取る。”3D-A7”。3階デッキのA7区画に、やはりあれがある。忍足さんは、オーバーアクションがてら大きく頷く。


 日本国の輸送が大きく発展しているのは理由がある。俺達の加瀬総合物流は断固断っているが、上位10位内物流の飛石急行配送が、世界中から集まる武器を台湾へと一手に輸送しているらしい。物流業界は呆れるが、飛石急行配送は業界会合で、誰かがやらねばと奇妙な矜持で士気がうざったい。

 そしてこの櫛名田丸にも、飛石急行配送によってその戦争物資が積まれた。俺が搬入の際に気になったのは、特殊物資輸送車のアカツキモーターの無振動保持2t車イズモが納品した事だ。イズモの用途は、美術品以上の、例えば化学物質輸送に用いられる。

 連想するのは、何らかの兵器。化学兵器は禁止されている事から、戦術核兵器の一択しかないと睨んでる。そうなれば、臨検は拒んで当然だ。


 ◇


 その日の夕方には、中国人民解放軍海軍が最大集結して24隻が、この櫛名田丸を囲む。強制臨検を行う。貴公らにその権利は無い。ここは我らの領海だと、大国ならではの自己基準を押し通す。


 俺と忍足さんは、3階デッキのA7区画に兎に角向かう。これをこっそり捨てれば、俺達は中国当局の弾劾がなくなり、既定路線の関係者即無期懲役もなくなる。

 全く、特殊兵站業務の単位が良いのは、責任の押し付けか。紛争に関わると楽な仕事はまるで無い。俺の見通しは甘かった。


 そして、3階デッキのA7区画に着くと、もう軍事アドバイザー犬飼文治がいた。そして、強張った笑顔で問いかける。


「流石は、狭間さん、忍足さん。特殊兵站業務も賢すぎるのが、せちがないですね。当然お気づきですよね」

「日本国憲法では核の三原則があります。核を保有しない、核を製造しない、核を持ち込まない。この櫛名田丸は日本国の船舶です。僕は許せないです」

「犬飼さん。忍足さんの言う通りです。今から、それを海上投棄しましょう」

「それはどうかな。戦術核長距離榴弾4ケース、48機。これさえあれば。1艦隊と軽く対峙出来る。局面打開、何としても台湾に輸送しないと行けない」

「あなた達は。良いですか、日本国は何故戦争に巻き込まれに行くのですか。貧した日本国は戦争出来る状況なのですか。無駄に民間人を巻き込んでいいのですか、特に未成年も巻き込むなんて、もっての外です」

「戦後レジューム、日本国は単独で発展した訳ではない。友好国と不義理には出来ない。私達が一握の塵になろうが、その願いは日本国の礎にはなりましょう。どうか深いご理解を」

「嫌です」

「断固断る」


 俺と忍足さんは、腰のホルスターからグロックを抜いた。そして躊躇もなく、犬飼さんを射撃する。パンパンパンパンパンパン、乾いた音が船内ドックに響く。

 射的された犬飼さんは、ゲホと血を吐きながら、首から下げたキーストックを手に取る。

 そうか、そういう事か。その手にあるのは、戦術核長距離榴弾の起爆キーだ。ここで自爆すれば、中国人民解放軍海軍を軒並み一掃出来る。戦中の日本海軍でも、起案しなかった馬鹿げた行いだ。俺も熱血社員なら分かるが、捨て駒は捨て駒としての自覚を持っているからこそ、組織と屋台骨は揺るがない。

 俺は不意に、胸ポケットから、家族の写真を引き出す。ここは携帯から最後の電話すべきだろうが、その結末で家族が一生安らかに眠れないのも可哀想だ。


 ──俺は父親として頑張っていたよな。なあ、詩緒里、慶子。


 瀕死の犬飼さんが、キーストックの上のボタ9回押し、下のボタン7回押す。フーーン、聞いたことの無い衝撃波で鼓膜が振動し、俺達は光の中に包まれた。


 ◇


 日本武道館で、櫛名田丸撃沈の71名の合同慰霊祭が行われる。

 メディアとの取り扱いは、衛星映像と台湾近郊監視カメラから、櫛名田丸に核兵器が打ち込まれ、その爆炎に中国人民解放軍海軍24隻が巻き込まれ撃沈した。近距離核ミサイル使用の誤射。

 そのたかが貨物船相手に、無通告攻撃の残酷さと計画性の無さから、国連でも制裁決議が行われる。当然常任理事国中国の否決で制裁は見送られる。ただ、有志国による中国関連の海外資産凍結で段階的制裁に入る。


 私狭間詩緒里は、代表で送辞を述べる。父狭間辰信は、会社も日本国のご奉公も確実に勤め立派な人間でありました。そして私も父親に近づくべく、前線兵に志願しました。一民間人を巻き込む愚かな戦争を悔い改めさせるべく、私の代で東アジアに恒久的な平和を齎す事を誓います。

 合同慰霊祭の日本武道館は、皆起立し終わりない拍手が響き渡る。日本国は刷新時代に突入した。



 

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About the Family 判家悠久 @hanke-yuukyu

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