水着とプールと妄想

@Taichi1113

第1話

それはある日の放課後。


いつも通りの退屈な授業を終え、生徒達は役目を果たし教室を退散する。

友達と会話をしながら帰り支度をする生徒、そそくさとその場を後にする日陰者の生徒、ジャージを持って更衣室へ駆け出す生徒、様々だ。


そんな生徒達の流れに乗って、俺も教室を後にする。


喫茶研究部に所属している俺たちは現在部活動に勤しんでいる。しかし、学校の教室にいるわけではない。この学校には奇妙なことに校内に幽霊屋敷が存在する。と言っても本当に幽霊がいたわけではないらしいが。玄関口を出て少し進むと木々が生い茂る場所があり、その木々たちに隠れるようにひっそりとそれはある。その建造物はかつて喫茶店だったらしい。キッチンカウンター、食器棚、2階に続く吹き抜け構造、これまでの喫茶としての面影をわずかながらに残しているそれを、朱城陽の機転により今は部室として使わせてもらっている。とは言ってもほとんど私物化されており俺たちは今日も談笑の場として利用している。喫茶としては本来の使われ方なのだろうが。


 ・ ・ ・


「もうすぐしたら夏休み……部活動どうすっかなぁ」

コーヒーカップをやや粗雑に持ち上げながら、この部を作った張本人、朱城陽あけしろはるがため息混じりに呟く。モデルのように整った健康的なスタイルに、腰まで伸びた金髪は、美人という一言だけでは言い表せないほど眩しい。ふてくされた顔をしてはいるが、カフェというオシャレ空間にカウンターテーブルで熱々のコーヒーを飲む姿は、それだけで充分過ぎるくらいさまになっている。ボサボサの黒髪頭の自分とはまるで住む世界が違う。


そんな陽を横目で眺めながら、俺、橡秋つるばみあきは思ったことを口にする。

「珍しいな。陽が部活のことを考えるなんて…」

「確かにそうですね。何か気になることでも?」

俺と同調するように反応したのは、今、目の前で座っている白髪はくはつの女の子、白神深冬しらかみみふゆだ。同じく喫茶研究部の部員で、白い髪と赤い瞳が特徴的で好奇心が非常に高く、フワフワしているところがまるで森のイタズラ妖精のようだ。


「いやな、ある程度部活動してるってお偉方にアピールしとかんとなって思ってな」

「えっと、でも、そんなに悩むことなんですか?」

俺よりも先に白神さんが、その疑問にメスを入れる。普段はテキトウな陽だが、しかし突然真面目に部活動について考えている。そんな様子を見れば好奇心が人並み外れる白神さんなら食い付くのも当然だろう。

「部活動って基本的に実績を残すだろ?例えば、運動部なら大会に出て成績を残したり、文化部でも…そうだな、美術部なら作品をコンクールに出すとか」

「そうですね……でも、全ての部がそうとは限らない、ですよね?のんびりした部はありそうだし、うちの部もそんな感じ、だよね?」

「そう、白神ちゃんの言う通り私らの部活にはそう言った実績は存在しない」

そう言う陽の隣で、白神さんはコテンと大胆に首を傾げる。


そこまで陽がその事を気にかける、と言うことは何か事情があるのだろう。俺はまず、最悪のケースの方からその答えを出すことにした。

「つまり、廃部の可能性があると?」

正解ビンゴ!」

それが当たったところで、別に喜びのカケラも湧かない。

「え!?どうして急にそんな話が–––––!」

流石に驚いたのか、ガタンと椅子が悲鳴をあげ白神さんが立ち上がる。

「まぁ、あくまで予想だから、完全にそうとは限らないけどな」

「そう、ですか……」

スンと気が抜けたように元の椅子に腰掛ける。

「でも、ここを失うのは……です」

白神さんの言葉に俺たちは無言で頷く。

それはここにいる者、この部に所属している人間、全員の思うところだ。


「私はこの幽霊屋敷を部室として使いたいがためにこの部を作った。そしてそれは達成された。学校側としてもはそれで納得はしている」

陽はもう湯気が立ってないぬるめに落ち着いたコーヒーをすする。

「今のところ……というと?」

陽の引っ掛かる物言いに対し白神さんは問いかける。

「元々、ここは取り壊し予定があった場所だ。実績も活動も不透明な私ら数人程度のいる建物、あとで手のひら返して壊しにくる可能性なんざ幾らでもあり得るってことだ」

一方で他の文化部等は教室ひとつ分と最低限の設備で部として成立する。今の喫茶研究部の現状はあまりに贅沢過ぎる。考え方を変えれば、俺らがいる代まで残しておいて卒業後は部室として継続でも取り壊しでもお好きにどうぞ、と学校側に丸投げすることも陽ならできたかもしれない。

「それに今じゃ後輩もいるしな。私らが卒業した後のことも考えなきゃいけないしな」

陽の鋭い眼光は、いつも以上に理性的な面を持ち得てるように見えた。自分だけというずるい一面がないのも陽の美徳だ。


「そんなわけでこっからが本題だ。秋に相談したいのはこの部を潰さないための長期休暇の使い方、それを考えてほしいってわけだ」

改めて珍しく思う。

陽が悩み、陽から頼られるというのは。アイツも1人の人間てことなのか。明日は雪でも降りそうだ。まだ夏も始まってないが。


「一つだけ考えがある」

「お?」

「なんですか、それは?」

「………」

2人してグイグイ来る。

普段の彼女達は互いに全然違う性格なのに、こういうところは息ピッタリだな。

一度、自分の分のコーヒーを口に含み渇いた喉を潤し、呼吸を整えたところでそれを言葉にする。


「それは––––––––––––カフェ巡りだ」

「…………え?」

2人の反応はやや遅れたように見えたが構わず続ける。

「同じ喫茶店でも、強みやこだわりは店によって全然変わる。様々な喫茶店を巡り、店のコンセプト、こだわり、空間演出、立地、コーヒーの味、それらを見て経験して学ぼう、と言ったいかにも喫茶研究部らしい校外学習だと思うのだがどうだろう?」

揃いも揃ってポカンとしている。その自分と相手とのテンションの差が感じられてしまうのが逆に辛かった。恥ずかしい。


不意に陽がクツクツと笑い出す。

「いいじゃん、いいじゃん!お前の熱意はちょっちキモいがアイデアは悪くないな」

「うん!私も良いと思う」

気恥ずかしさは抜けきらないもののどうやら感触は悪くないようだ。

「実は以前に霞くんとカフェ巡りしたいって話しててな、それを思い出して今回の夏休み中に部活動として組み込めば自由研究ぽくて良いかと思ってな」

「なるほどなー」

陽は少し考える素振りを見せると何か閃いた様子でピンと人差し指を立てる。


「ならさ、私の別荘で夏合宿しないか?」


 ・ ・ ・ 


「べ……別荘?」

「そうそう!行き慣れない土地でのカフェ巡りができるし、海も近いしプール付きだから遊びも充実するし一石二鳥だぜ!」

しかもプール付き。はたしてプール付きの住居なんてこの国に一体いくつあるのやら。提案した俺でさえ想定外だ。

それにしてもプール……プールかぁ。

最後に行ったのはいつだろうか。

「そん時はみんな誘って行こうな」

「それはそれで騒がしくなりそうだな」

「いまから凄い楽しみ!………けど、水着新しく買わないといけないかも」

「あー、じゃあ今度一緒に行こうぜ!深冬ちゃんだったらなんでも似合いそうだよなぁムフフ」

ジロリと全身を舐め回すように見つめる陽の視線は、完全に変態おじさんへと化していた。もし男だったらとっくに牢獄行きだろう。その視線には同性とはいえ白神さんも頬を赤らめたじたじになっている。


(……まぁ、陽が夢中になるのも少し分からんでもないが……)

チラリと彼女へと視線を向ける。

整った可愛らしい顔立ち、華奢な女の子らしい肩周り、制服越しでも分かる程よい膨らみを思わせる胸元、スカートの下からは細すぎない年相応の肉付き良さげな太もも。いくら根暗でインドア派な俺でも年頃の男子高校生。自分の中の雄としての本能がグツグツとくすぐられてしまうのが分かる。


そんな中、プールの話題を投げられれば不覚にも脳内で想像してしまう。フリルのついた白の可愛らしい水着。澄んだ青空の下にも負けない明るさが目に浮かぶ。意外と攻めた黒の水着も似合いそう。純白の肌が映えることだろう。絶対可愛いんだろうなぁ……。

(…てうわ、いかんいかん。流石にキモすぎる)

払拭するように首を左右に振る。


生物としては、というより男としてはこういうのは決して間違いではないのだろうが、それを頭の中の理性が総動員で止めに入る。しかしながら、身体の生理現象までは止められないようで、

「どうかしました?秋さん、顔が赤いような…?」

いつの間にかすぐ目の前に白神さんの顔がそこにあった。赤い宝石のような瞳が俺を見つめてくる。

「え、や––––––何でも…」

心の中の妄想まで見透かされそうで、純粋な赤の瞳を直視できず目を背ける。

体温が上昇するのを感じる。

鼓動の音も速くなっていくのも分かる。


そのやり取りを「青春だなぁ」とコーヒーを飲みながらニヤニヤ眺め見る陽に、秋は気付くことはなかった。

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