最終話.「生きる」の書き方
――チリーン……
あの音と共に、再び景色が変わった。今度はグラウンドのような場所の真ん中に、少女と2人で立っていた。
(……さっきの教室か、あれ)
横には1階建ての木造校舎が見える。周りの風景も同じだし、恐らくここは最初の古びた教室から見えていたグラウンドだろう。
「まぁ、とことんやってみればいいじゃん」
腰に手を当て話す少女。最後に、彼女に対して1番最初に思った疑問をぶつける事にした。
「君って、何者?」
「……まぁ、君の成長を見守ってる先輩って所かな」
何となく答えをはぐらかされたが、まぁ別に彼女が答えたくないならそれでいい。
「本当に、ありがとう。君と会ってなきゃ多分これから先、本気で夢を追いかけてなんかいない」
「いいよ。その代わりちゃんと本気出せよ〜?」
「勿論。もしこっちの世界に来れるなら、空の上からでも見守っといてよ」
俺の言葉に呆気にとられた様子の彼女は、観念したように笑って話し始めた。
「……気付いてたんだ」
「手を握った時にあれ?って思って、あのパン屋が閉まったの知らなかった時点でピンと来てたよ」
現代の物がまるで見当たらないこの古びた教室と、閉まったはずのパン屋。そして、彼女が着ている年季の入ったセーラー服と、自分を「先輩」という彼女の言動。
ここは過去の世界だと仮定すると、彼女の事について1つ気付いた事はこれだ。
手を握った時、異様に冷たかった事、そして、パン屋が閉まった事を知らなかった事。
――恐らく、彼女はもう死んでいるのだろう。
と、勝手に推測した。彼女の反応からして、間違いないだろう。
だが、この推測に確たる証拠も無い。間違っていたら相当失礼だし、敢えて言葉を濁して確認した。
「現代とこの世界は行き来出来るから、ちゃんとそっちの空から見とくよ。私はこっちの世界の方が懐かしくて好きだけどね」
「……へぇ。ま、ご自由にどうぞ」
「そうさせてもらうよ。あ、もうちょっとで風鈴鳴るよ」
彼女と話しているうちに、どうやらお別れの時間が近付いたらしい。
彼女が俺に「生き方」を教える為にこの世界に呼んだのなら、俺はもうこの世界に来ないだろう。せっかく楽しそうな道を進むんだし、間違っても途中で諦めたりしない。
(てか、音が鳴るタイミング分かるんだ)
毎回教えてくれれば、急に景色が変わって驚いたりする必要無かったでしょ。まぁ、これは
「生き方なんて人それぞれだし、これから君は沢山の人達と出会って、沢山の感情に触れる。きつい思いも当然するけど、『生きる』ってそんなもんだからさ。とにかく、楽しんで生きなさいよ?蓮……」
「あぁ。肝に銘じておく……って」
今、この子……
「……その声、そんで俺の名前……!」
――チリーン……
お決まりの音が鳴り響き、気付いたら元居た現代の教室に戻っていた。クーラーがよく効き、暑さなど無縁の空間だ。
「……」
最後の彼女は、さっきまでの若く元気な声では無く、穏やかな愛情の籠った優しい声だった。消え入るような笑顔は、自分の記憶に鮮明に残っている。
俺は急いで、進路希望調査の用紙にパン製造・提供会社の名前を書いた。
あの子の言う通り、まだまだ俺のこれからは長いし、色んな事を経験していくだろう。
大きな夢に向けて、精一杯生きてみようと思う。
――だから、まずは。
「……ありがとう、おばあちゃん!」
窓の外に広がる空を見上げ、微笑みながら感謝を伝えた。いつの間にか、夏にしては珍しい雲1つ無い青空に変わっている。
空から見守るには、丁度良いだろう。
「生きる」の書き方 にいな @Reinonike0821
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます