第4話.諦める理由

 そういや以前、世界一のパン屋になるとか言ってたっけ俺。なんなら、フランスに修行に行くなんて事も言ってた。


「でも、何でこのパン屋が出てくんだ?たしかもう営業してないはずだぞ」

「……え!?そうなの!?」


 今までで1番大きな声を放ち驚愕する少女。少し気になっていた事がこれだ。このパン屋は2年くらい前に閉店している。しかも、当時はもっと周りに建物があったはずだが、見る限りパン屋のみがぽつんと建っているだけだ。


(……もしかして、ここって過去の世界なのか?)


 この世界の核心に迫っているようで、何だかワクワクする。ちなみに少女はというと、今度はなぜか悲しそうな表情を浮かべていた。


(な、なんか変なこと言ったか?俺)


 少し反応に困る。まぁそれは一旦置いといて、ハンドメイド結構好きだし、パン屋はまぁまぁしょうに合ってるのかもしれない。


「……でも、厳しい世界だからなぁ……って、ん?」


 俺がそう言った後に少女は、こちらを真っ直ぐ見つめながら、黙って指を差していた。


「……それが君の、いや、人の悪い所だ」

「え?」


 唐突な指摘に対して反応が鈍る。正直、彼女の言葉の真意を掴み損ねている。


「まずは、本気で好きな事をやってみろ。自分が活躍してる姿を想像してみろ」


 彼女の語りに、何も言えなかった。これまで本気で目指した夢なんて無いし、何かを全力で成し遂げた事なんて、1つも無かった。


「人は何かを目指す時にどこかで、諦める理由を探してしまう。例えば、『金が無い』とか『後でやる』とか。だからこそ、最初に自分が成功した時の事を想像して、楽しみながらやればいいんだよ」


 何だろう、彼女の言葉は妙に心に突き刺さった。てか、どっかで聞いた事あるような気がする。


(思い出せない、誰かが同じ事言ってた……)


「……おい、どうした?大丈夫か?」


 少女が不思議そうに声を掛けて来る。ごめんだけど、ちょっと待って。今、すぐそこまで来てるんだよ、忘れてた言葉が。


「……あ!『小さな悩みくらいで、大きな夢を持つ生き方を諦めるな』……だっけな?昔、おばあちゃんも同じ事言ってたんだよ」


 ようやく思い出したこの言葉。亡くなる直前に、おばあちゃんが自分に伝えてくれた最期の言葉が、これだった。


「……覚えてたんだね」

「……え?ごめん、なんて言った?」


 少女の方を見ると、驚いた表情を隠しきれず、何かをボソッと呟いていた。なんでもないらしいが、少しだけ、今の表情と謎の呟きが気になる。


「と、とにかく。今さ、君、将来の話ししててさ、ワクワクしてこない?」


 彼女は強引に話を切り替えつつ、俺の気持ちを見透かしたようにそう言った。まさに、その通りだった。


「……あぁ、めちゃくちゃワクワクしてるよ!」


 心の奥底から沸沸と湧き上がってきた、何とも言えないこの感情。


フランスに飛んでパンの修行をして、帰国後自分の店を開いている自分を、好きな事をして生きている自分を容易に想像する事が出来た。


「……俺、自分のパン屋を開く事を目標に、本気でやってみようかな」


 初めて、明確な人生の目標を口にした。その瞬間、少女は自分の役目を終えたかのように、安心した様子で満面の笑みを浮かべていた。

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