3話「乗組員の自己紹介」
「はいっ! 失礼します!」
秋空に自己紹介をするように言われて一人の女子が小さく敬礼をしながら一歩前へと出る。
「初めまして!
顔を彼に向けたまま敬礼の姿勢を解くと、どことなくボーイッシュ感の漂う赤色で短髪が特徴的な彼女は自身の名前と階級、それにクラスと教育隊出身であることを一通り伝えたあと一礼して後ろに下がった。
「うむ、把握した。色々と初めての事だと思うが頑張ってくれ」
右手に持っているタブレット端末に触れて画面を操作していくと、そこには事前にシリウスに乗艦する者達の情報が書かれているリストがあり、秋空は項目の一個一個に目を通して本人と一致するか確認した。
そして二等兵ということはガーディアン育成学園を卒業している者ではなく、民間からの応募で入隊して三ヶ月の基礎的な教育を受けた者だということを意味していた。基本的に伍長以下の階級の者達は一部の例外を除いて契約兵士と呼ばれていて、二年間ガーディアンを務めると報酬という名の大金が貰えるのだ。
……しかし伍長以下の階級でもバッジ付きという金色の桜のバッジを付けている者達がいて、その者達は階級は二等兵や上等兵とまちまちだ何れは伍長へと昇進する事が決まっていて民間からの叩き上げ兵士となるのだ。つまりはバッジ付きが正社員であり、バッジ無しが契約社員ということである。
更にクラスとは一般的にその者が扱う武器や特性によって振り分けられるもので、セイバーは近接戦闘が主体という事を意味していて、他にも遠距離や中距離を主体としたクラスも存在する。
「よし、次は金操だな。よろしく頼む」
タブレットの画面から視線を外して次の者に顔を合わせると、秋空は自己紹介をするように促す。
「はーい。あーしは
気怠そうに返事をして敬礼をすると自身の体格よりも何倍も大きい白衣を着こなしている彼女は、長髪の黒髪だが至る箇所で毛先が外や内側と跳ねていて明るい言葉とは裏腹に何処か暗い雰囲気が立ち込めていた。しかしキャスタークラスとは主にドローンなどを操り味方のサポートや、索敵を主とするクラスである。
「そ、そうか。よろしくな……」
茶美の妙な雰囲気に押されつつも秋空はタブレット端末で彼女の身元を照合して確認を終える。
「では次は織田だな。頼むぞ」
「ええ、承知致しましたわ」
名前を呼ばれて彼女はお嬢様が使うような口調で反応して一歩前に出るが、その瞬間この場に居る他のガーディアン達とは段違いの気品や優雅さが彼に伝わってくる。彼女は水色の長髪に横髪が縦ロールであり、服装はまるで中性の貴族が着るようなドレス衣装を現代風にアレンジした格好であるのだ。
「初めまして指揮官。わたしくの名は
敬礼の姿勢を短く見せると小雪姫は矢継ぎ早にスカートの部分を掴んで少し上げると、貴族が行うような一礼も披露してそのまま自己紹介を行った。どうやら彼女はアーチャークラスのようで、スナイパーライフルやアサルトライフル等の武器を主体として戦うクラスのようである。
「お、おう……。よろしく頼むぞ」
自己紹介を終えて後ろに下がる彼女を見ながら秋空は声を掛けると、そのままタブレットを使用して小雪姫のデータを確認しようとする。だが一つの項目に目が止まると彼女は何故こんな危険なガーディアンをしているのだろうかと疑問が芽生えた。
何故なら彼女は正真正銘のお嬢様であり織田小雪とは、あの有名な戦国武将の織田信長の子孫であるからだ。タブレットに表示されている情報は簡易的なものだけで詳細はわからないが、彼女の体には織田信長の血が流れていることに秋空は少なからず緊張感を抱いていた。
「え、えーっと次は桃瀬だな。頼むぞ」
しかし小雪姫の事は一旦忘れることにして彼は気を取り直すと次の者に自己紹介を促した。
「はーい! 私は
先程までの者たちと比べて一段と元気と活力を溢れさせて返事をすると、狂花は右手を上げながらその場で数回跳ねて自己紹介を行った。
彼女は桃色の長髪で飛び跳ねた際に胸が揺れるほど大きいのが印象的である。
だがその勢いと張り付いたような笑みに秋空は違和感を覚えると、
「お、おう……なんか元気があって良いな。よろし――――ん? なんだこれは?」
取り敢えず元気が空回りしているのだろうと自身を納得させた。しかしタブレットで彼女の情報を確認しようとすると、そこにはプロフィール画像と自己紹介で述べたような事しか書いてなく、その他の事については一切書かれていなかった。
「……そうか、なるほどな。ではよろしく頼む桃瀬伍長」
秋空は暫く画面から目が離せなかったが、この業界の暗黙の了解を思い出して納得する。
それは彼女みたいに詳しい経歴が書かれていない場合の多くは前科持ちであることを。
「あとは三人か……。では次、盾頼むぞ」
瞬きを未だに一回もせずに口を僅かに開けて視線を向けてくる狂花に怯えながらも、秋空は自らの恐怖心を誤魔化すようにして次の者に声を掛ける。
「はいっ司令官! 私の名前は
彼に促されて前へと出ると紫翠は実践を踏んでいるのか一等兵と言えど緊張感を見せることなく、淡々と自己紹介を行うと一礼してから後ろに下がる。彼女の容姿は紫色の髪が肩に掛かるぐらい伸ばしていて、オレンジ色のゴーグルを額に付けているのが秋空的に印象深く残る。
そしてシールダークラスとは主にチームのタンク役であり、盾とショットガンを携えて前線で敵のヘイトを集めて戦うのが目的であるのだ。
その危険度はかなり高く、このクラスになるとかなりの給料が与えられることになっている。
「おう、これからよろしく頼む。盾一等兵」
再び端末を操作して彼女の情報を開示すると、嘘偽りがないか目視で確認してから彼は挨拶を済ませた。
「……あとは六や――」
「おう! オレの名は
秋空の最初の言葉を聞いて即座に反応したのか緑色のツーサイドアップの髪型をした女子が大きく前に出て自己紹介を始めると、上等兵らしからぬ大きな態度を彼に見せて男勝りな口調を使用していた。しかもよく見ると彼女の服には金色の桜バッジが付いてることに秋空は気が付く。
「バッジ付きか……。まあ俺は別に良いとして他の上官に対しては口の利き方に気をつけるのだぞ。そしてよろしく頼む、六槍上等兵」
自分が喋っているところに声を重ねて出すのはマナー違反だとして注意すると、タブレットで彼女の情報を照合してから秋空は威圧感を与えないように意識して笑みを作った。
そしてランサークラスとは聞いての通りに槍を主体として戦うクラスのことである。
「では最後は……優希だな。自己紹介を頼む」
緑沙が自身の行いに漸く気がついたのか両手で頭を抱えだすところを見届けてから、彼は最後の人物へと声を掛けて視線を向ける。
「は、はい! 防衛医科大学校出身の
急に視線を向けられて少し戸惑っていたようだが前へと出ると、彼女は綺麗な敬礼を維持したまま自己紹介を述べたが視線が終始泳いでいた。しかし秋空は防衛大出身と聞いて葵癒が着ている制服の意味が理解できた。
彼女は航空自衛隊の士官専用の紺色の服を着ていて、茶色の長髪を綺麗に後ろで三つ編み条にして纏めているのだ。その容姿からは何処となく甘えたくなるような、独特な雰囲気が出ているように男性の秋空は感じられた。
そして時々人手不足が影響するとこうして自衛隊から人員の派遣が行われるのだ。
そこに陸、海、空、は特に関係なく必要に応じて編成される。
「おお、ということは空自の衛生兵ということですね。よろしく頼みます。おかっ……優希三尉」
ついお母さんという言葉が口から出ていきそうになると、彼は寸前のところで噛んで誤魔化すようにして名前を言い直した。その際に葵癒は首を傾げて不思議そうな顔を浮かべていたが、敬礼を解くと直ぐ後ろに下がっていた。
「……こほんっ。以上が今回シリウスに乗艦する者達だ。互いに顔と名前を覚えておくように。それでは次に俺の自己――」
「ちょ、ちょっとまって!」
彼らの背後から突如として荒い足音と息をもつかぬ女性の声が聞こえてくると、秋空は自分の自己紹介をする前に体が自然と後ろを向くのであった。
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