4話「指揮官は世界で初の適合者」

「あ、あの! わ、私もシリウスに乗艦するガーディアンです!」


 両手を膝に付けて息を荒らげている彼女は銀髪のサイドアップをしていて、背中には大量の荷物が積み込まれていることが容易に想像できる巨大なバッグを背負っていた。

 しかし秋空には彼女の声は何処かで聞いたことあるように懐かしく感じていて……


「えーっとすまないが、名前と階級を言ってくれるか?」


 とにもかくにも身分の照合をする方が先だとして妙な気分を彼は抑え込むと、タブレット端末を操作して改めて今回シリウスに乗艦する者たちのリストに目を通していく。


「はい、名前は大鳳剣刃です! 階級は軍曹でクラスはセイバーです!」


 びしっと敬礼の姿勢を取りながら自己紹介を述べると剣刃は視線を力強く向けてくるが、秋空は彼女の名前を聞いた途端に全身に電流が駆け巡るような衝撃を受けてタブレットを操作していた手が止まった。


「す、すまないがお前はもしかして……」


 そして彼は視線を剣刃へと向けて恐る恐るという風に口を開いて、とある事実を確認しようとする。……だがその時。タブレットからバイブレーションの振動が手に伝わると何やらメールを受信したようで、秋空は途中で言葉を止めると意識をタブレットに戻した。


「ったく……こんな時になんの用だよ?」


 愚痴を零しつつも彼は届いたメールの中身を確認しようとする。

 それは基本的にタブレットに届くメールが本部からのもので必読事項であるからだ。


「あー……なるほどな。たった今本部から大鳳の編成を求むメールが届いた。よって俺はこれを承認する。今日からよろしく頼むぞ、大鳳軍曹」


 メールの内容に目を通すとタブレットを持っている手を上下に軽く揺らしながら、全員にその旨を伝えて彼女の着隊を秋空は歓迎した。実際メールに書かれていた内容は大鳳を臨時で編成させることについてで、新人の艦長に拒否権なんぞは最初からなかった。


「はい! ありがとうございます! 秋空提督!」


 大鳳は元気よく声を出すと喜んでいるのか目元と頬が若干緩んでいるように彼には見えた。

 そして今一度、秋空はシリウスに乗艦する者達に視線を向けていくと全員の髪色や瞳の色が日本人離れしている事について、やはりリキッドにも副作用はあるのだと認識させられる。


 元々隕石から採取したものが人体に良いわけがないと秋空自身なんとなく分かるのだが、公的な書面では二つの物をかけ合わせれば奇跡的に無害になると書かれているのだ。


 そして当時の科学者らはファーゲルの出現には隕石が関係していると考え、それを研究していく過程でリキッドが完成したとのこと。しかし秋空が指揮官育成過程時代には適合に失敗した者達は、ファーゲルとして処分されていたという噂が流れていたのである。


「さてっと……最後は艦長である俺の自己紹介のみだな」


 タブレットの電源を落としてバッグに仕舞うと、そのまま秋空は空いた右手で制帽のつばを掴んで深く被り、自身の自己紹介を始める準備を整えた。


「俺は指揮官育成過程を卒業して今回シリウスの艦長となった、白銀秋空だ。階級は中佐で新人だ。到ならない点も多々あると思うが、一緒に乗り越えていきたいと思っている。よろしく頼む、諸君!」


 身だしなみを整えてから彼は自身の名前と階級を告げると、その際に全員が一瞬だけ肩を震わせて目を見張る勢いで視線を合わせてきた。

 けれど彼が挨拶を終えると直ぐに全員が敬礼の姿勢を取り、


「「「はいっ、よろしくお願いします! 白銀中佐ッ!」」」


 という寸分の狂いもない綺麗に揃った返事をした。するとそれが皮切りとなったのか彼らの周囲からは他のガーディアン達の声も一斉に聞こえてくる。


「では俺達も乗艦するとしよう。各自の戦闘服や武器は事前に部屋に配送済みだ。あとで確認しておいてくれ」

「「「はいっ!」」」


 全員の返事が鼓膜に響いて耳が痛いが秋空は艦長として全員を率いて乗艦する為に足を進めるが、先程の自己紹介の時に全員が一瞬だけ見せた反応が依然として気になっていた。

 ――それから全員がシリウスの艦へと乗り込むと直ぐに、


「もしかして……白銀秋空ってあの噂の【ブラッディ・ホワイトマン】ですの?」


 手を顎に当てながら神妙な面持ちで小雪姫が呟く。


「「「えっ!?」」」


 そして全員が彼女の言葉を聞いて驚愕の声を漏らすと、肝心の秋空は扉のハッチを締めようと歯車を回して施錠を行っていた。


「んーまあ、そうだけど。その呼び方は辞めてくれ。普通に恥ずかしいからな」


 施錠を済ませて彼は小雪姫へと顔を向けると噂に関しては否定することなく認めていた。

 しかしブラッディ・ホワイトマンという言い方だけは中学二年の頃の黒歴史を彷彿とさせて、全身が言い表せようのないむず痒さに襲われる事から辞めて欲しい所であった。


「え、えっ!? ということは私達の指揮官は世界で初めて、男性だというのにリキッドに適合した人ってことぉぉぉ!?」


 その声は春愛のもので甲高い声が艦内に木霊すると、近く居た茶美と紫翠が表情を歪ませて咄嗟に両耳を手で塞ぐほどの声量であった。


 そしてブラッディ・ホワイトマンという二つ名の噂と、男性でありながら世界初リキッドに適合した人物というのは全て本当の事である。


 というのも二つ名の方に関しては秋空が指揮官となる為に研修を兼ねて上官の浮遊艦に乗船した際にファーゲルの奇襲を受けて、そこでリキッドに適合していた彼は素手で次々と人型のファーゲルを殴り倒して敵の返り血で自身の純白の軍服が緑色に染まるまで暴れると、それを見ていた上官とガーディアン達が命名して爆発的に広がったのだ。


 こう見えても世界平和特務機関のコミュニティは狭くて、噂というのは一瞬にして広まるのである。


 さらにリキッドに適合した経緯としてはガーディアン育成学園に入学した際に破傷風のワクチンを接種するのが決まりなのだが、当時の医務官が間違えてリキッドの入った注射を秋空に打ち込んでしまい、その後に詳しい検査をしたあとに適合している事が判明したのだ。


 無論だがその時は代々的にニュースとなったり、今後の人類発展の為にと人体解剖を要求してくる研究所の者達も現れたのだが、このままでは指揮官になることができないとして一切の要求を断り続けて今に至るのだ。

 

 恐らく先程の式でマスコミや強面の老人達が睨むように自分を見てきたのも、そのことが影響しているのだろうと秋空は今更ながらに思う。

 

「まあ色々と思うことはあるだろうが、今は俺の指示に従ってくれ。取り敢えず秘書官を決める為に一旦ブリーフィングルームへと向かうぞ」


 秋空が制帽を脱いで頭を軽く掻きながら全員に場所を移ることを伝えると、最初の課題でもある自己紹介を終えて次に課題二個目として自身の身の回りの手助けをしてくれる者を選ばないといけないのだ。そう、所謂”秘書官”と呼ばれる者を。


「さて、まずは全員好きな席に着いてくれ。話はそれからだ」


 ブリーフィングルームへと足を進めてシリウスの軍艦が象られたエンブレムが嵌められている扉を開けて彼が中へと入ると、そこは大きな長机に人数分の椅子が設置されていて壁には平和特務機関『メサイア』の旗章が貼られていた。


「おぉ、これが浮游軍艦の会議室ですか! なんか凄い重厚感がありますねぇ!」


 二等兵の春愛は初めて浮遊艦に乗艦して気分が向上しているのか他の者達と比べて周囲に忙しなく顔を向けては瞳を輝かせている。


「んんっ……赤城二等兵。今から会議を行うから一旦席に座ってくれ。艦の内部については追々案内する予定だ」


 彼女以外が順々に席に座り出すと秋空も一番奥の席へと腰を落ち着かせて軽い咳払いをしてから春愛に対して席へ座るようにと促した。


「は、はいっ! 承知致しました!」


 彼女は壁に飾られてる旗章が気になるのか終始視線が釘付け状態であったが、彼に言われて敬礼の姿勢を短く取ると急いで空いている席へと腰を落としていた。


「よし、では今から秘書官を決める為の会議を開く。全員よろしく頼む」


 全員が着席して秋空は机に両肘を乗せて両手を合わせるようにして組むと、第一回目の会議ということで気合を入れて声に重みを持たせて会議の始まりを告げるのであった。

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