5話「秘書官決定と新人」

「秘書官ですか。であるならば一番長くガーディアンを務めている人が適任かと私は思います」


 小さく右手を上げながら紫翠が早速一つの提案をしてくると、確かにそれも一理あると秋空は頷いて反応を見せる。そして視線を小雪姫の方へと向けると彼女こそがこの中で一番の古参であり、上級曹長という階級を持ち合わせていることから適任ではあった。


 ……がしかし今回の編成では教育隊を出て間もない者や、またガーディアン育成学園を出たばかりの者が多数いることから経験豊富な古参を自分だけに従かせるのは些か勿体無いのではと秋空は思う。


「こほんっ、紫翠さん?」

「は、はい?」


 紫翠が小雪姫の態とらしい咳払いに反応して返事をすると、その場の者全員の視線が二人の元へと注がれていた。無論だが秋空また同様に。


「貴女は恐らくわたくしを秘書官に推薦して下さっていると思いますが、それに間違いはないでしょうか?」


 小雪姫が凛とした態度を見せつつ言葉を口にすると、対面に座る彼女に視線を合わせて確認をしているようであった。


「は、はいそうです! 経験豊富な織田上級曹長ならばきっと円滑に熟せると思ったからです!」


 そんな彼女の雰囲気に圧倒されたのか紫翠は椅子から立ち上がると、敬礼の姿勢を取りながら生き生きとした返事をしていた。


「そうですか……。それは随分とわたくしを評価して下さり、ありがとうございますの。ですが、わたくしは秘書官は遠慮させて頂きます」

 

 彼女は言い分を聞いて小雪姫は静かに両目を閉じながら感謝の言葉を呟いて頷くと、そのまま秘書官の推薦を辞退するとして閉じていた瞼を上げて宣言した。


「ほう? 理由を聞いてもいいかな?」


 一応艦長として秋空は理由を聞いておこうと彼女の方へと顔を向けると、紫翠が席に座り直したのか横から椅子の軋む音が聞こえた。


「ええ、当然ですわ。理由としては秘書官ですと二十四時間艦長と共に過ごさないといけないので、それでは赤城さんや桃瀬さんの新人教育に充分な時間が取れないからです」


 小雪姫が述べた理由は的を得ていて、確かに秘書官となれば寝る時以外は常に艦長と共に過ごすことが多くなる。そして彼女の口振りからはどうやら新人の育成の方に力を注ぎたい印象が強く秋空には伝わってきた。


「ふむ、確かにそれはあるな。秘書官も大事な業務ではあるが、それ以上に艦を運営する者達の教育もまた必須ということか。……よし、小雪姫は新人の育成に力を注いでくれ」


 彼女の考え方に彼は賛同すると新人の育成に全力を注げるようにと秘書官候補から小雪姫を外した。


「はい、承知致しましたわ」


 小さく微笑みながら彼女は返事をすると、この短いやり取りの間で小雪姫は面倒見の良い先輩タイプという印象が秋空の中で強くなった。


「それで他に秘書官について何かないか?」

「あ、はいはい。ありますぅ」


 そう彼の言葉に反応するように茶美が挙手をすると、白衣が大きすぎる故に手元が袖に覆われていた。しかし誰も彼女の格好について何か言う者はおらず、秋空は白衣の大きさが気になりがらもぐっと堪えた。


「おお、金操曹長か。一体なんだ? 言ってみてくれ」

「えーっと階級的に次にあーしになりそうだから先に言っておきますけど、自分は艦全体のメンテナンスがありますので秘書官は絶対に無理です。無理無理カタツムリです」


 茶美は秋空に話すように促されると秘書官は絶対にやりたくないと頑なな様子で言い切る。

 

 その様子は面倒な秘書官をやりたくないという雰囲気が何となく見受けられるが、茶美が言うように艦の点検や補修は機関員である彼女の仕事であり、仕事内容を考慮するに秘書官との両立は難しいことぐらいは彼自身にも分かる。


「……そ、そうか。まあ艦のメンテは大事だからな。しっかりと頼むぞ」


 秋空は茶美の仕事が忙しい事を考えて彼女も秘書官候補から外す。そうすると茶美は彼の対応に納得したのか口の端を僅かに吊り上げて不気味な笑みを浮かべていた。


「んんっ、それでは改めて誰か秘書官について何かあるか?」


 そんな彼女から秋空は視線を逸らすと改めて秘書官を誰にするかとうのを全員に問いかける。


「「「…………」」」


 しかし当然ながら秘書官という荷が重い仕事を率先してやるような物好きはおらず、既に階級の高い二人が辞退している時点で秘書官という役職が相当なものだとして、全員は考えてしまっているのだろうと秋空は全員の緊張した面持ちを見て思う。


 だがそんな空気感の中ただ一人だけが静かに手を上げて、

 

「……あ、あの私やりたいです! 秘書官!」


 という声を出して彼の方へと視線を向けていた。

 

「大鳳軍曹……良いのか? こう言ってはなんだが秘書官は結構忙しいぞ?」

「大丈夫ですっ! こう見えても秘書官の手伝いを一年ほど経験しましたから!」


 名乗り出たのは剣刃であり彼女は銀髪を揺らしながら席から立ち上がると、自身のやる気を主張するかのように自身の胸を右手で叩いて力強い表情を向けていた。


「そうなのか? では他に誰も立候補者が居ないのなら、一先ず大鳳軍曹を秘書官と任命する」


 彼女の強気な姿勢を目の当たりにして秋空は他に秘書官となりたい者がいなければ臨時の処置として剣刃を秘書官と任命することを全員に告げた。だがあくまでも仮の秘書官ということで今後の業務や艦の生活状況を全て踏まえて改めて選出する予定である。


「「「はいっ!」」」


 剣刃が秘書官なることに異論はないらしく全員が満場一致の返事をした。


「では次に艦内部の案内だが……っ!? ま、まじかよ。もう周りの艦が次々と飛び始めているじゃないか! 嘘だろ仕事早過ぎだろ。なんなの俺以外の艦長全員有能か?」


 秘書官を決め終えて次に浮遊艦内部の設備について案内しようと秋空は腰を上げて立ち上がるのだが、不意に窓ガラス越しに映る他の浮遊艦を目撃すると次々に飛び立つ光景に驚きを隠せないでいた。


 何故なら艦長には乗艦する者達に伝える一通りのマニュアルがあるのだが、その全をこの短時間の内に他の艦長達は済ませて続々と出航しているからだ。


「いえ、そうではないと思いますわ。わたくし達の場合は自己紹介の時にイレギュラーが発生していますから、そのせいで遅れているのでしょう」


 秋空が露骨に動揺して視線を窓ガラスに釘付け状態とさせていると、小雪姫が冷静に自分達が遅れている理由について語る。


「あ、ああ……なるほど。しかしこのまま最後の一隻となるのは俺としては実に恥ずかしいな。……よし、艦内部の案内は後回しにして取り敢えずシリウスを発艦させるぞ!」


 彼女の説明を聞いて妙な納得感を得ると彼はこの出航所で一隻だけ取り残されるのは何となく恥ずかしい気がして、この場の全員に艦の案内を後にする事を伝えると直ぐにシリウスの発艦を急がせた。


「わーい! やっと退屈は話し合いから開放されたぁー! はやく発艦させよ! はーっかん! はーっかん!」


 会議が窮屈なものだったのか狂花は両手を上げながら、その場で小さく飛び跳ねると軽い声色で発艦という言葉を何度も繰り返していた。


「お、おう桃瀬伍長の言う通りだ。退屈は話し合いは以上だ。全員速やかに持ち場へと向かい、シリウスを発艦させよ!」


 シリウス艦長として初の命令が何とも締まらない感じで言うことになるとは自分自身思いもしていなくて、秋空としてはもっと厳格な雰囲気の中で渋く命令を掛けたかったというのが本音である。


「「「畏まりましたっ!」」」


 しかしそんなことは他の者には関係なく上官から命令を受ければ実行するのみで、全員が席から立ち上がると背筋を伸ばして綺麗な敬礼を見せてきた。


 ――それから命令を受けて各々が担当の持ち場へと向かうと、会議室に居るのは浮遊艦に乗艦するのが初めての者達だけとなった。


「え、えっと……機械員は一体なにを……」


 そんな中、秋空の目の前では赤城が周囲を焦りの表情で見渡していて見るからに持ち場が分からないという様子である。


「おーい赤城ちゃーん。機関員の持ち場はこっちだからおいで~」

「あっ金操曹長! はい直ぐに行きます!」


 やる気の感じられない茶美の声を耳にすると赤城は先程の表情から一変して晴れやかなものへと変えると急いで会議室を出て行った。


「さて、わたくし達も持ち場に向かいますわよ。桃瀬伍長」

「うん! 行こう行こう! 私通信のお仕事初めて~!」


 彼女が部屋を出て行く様子を見届けると小雪姫は同じく持ち場がわからないであろう狂花に声を掛けて二人は一緒に会議室を後にするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る