6話「浮游軍艦シリウス発艦!」

『浮游軍艦シリウスス待機モードデス。解除スルニハ艦長ノ音声認証ガ必要デス』


 浮遊艦を動かす為に秋空達が操舵室へと向かうと、そこでは既に機関員の茶美が艦の電力を入れていたらしくシリウスのメインナビゲーションシステムが話し掛けてきた。


「第一浮遊艦隊遊撃部隊所属、白銀秋空中佐だ」


 彼は操舵室の真ん中に設置されている艦長専用の椅子に深く腰を下ろすと、ナビゲーションシステムの言葉に従い自らの所属と共に名前と階級を伝える。

 

『……認証確認シマシタ。コレヨリ動力源ヲ起動シマス』


 すると数秒の間が空いてからナビゲーションシステムが返事をすると、浮遊艦に搭載されている浮游装置が起動したらしく艦全体が一瞬だけ極度の浮遊感に包まれた。


『システムオールグリーン。各員ハ規定ノ手順二従イ発艦ヲ進メテ下サイ』


 ナビゲーションシステムがコンピュータ内部に異常がない事を報告してくると、そのまま発艦を進めるように促してくる。

 だが秋空はそれを無視すると念には念を入れて、


「全員席に着いたな? まずは機械に不具合や破損箇所がないか確認しろ。一度発艦させたら3ヶ月は戻れないからな」


 全員に視線を向けながら自身の目視で異常がないかを確認するように命令を下した。

 幾ら機械が人より優れていても結局の所は、機械も人が作った物で抜けがある可能性が完全に無いとは言い切れないのだ。


「はーい、期間部異常な~しぃ」


 白衣の袖で覆われた右手を挙げながら左右に揺らして報告する茶美。


「通信部も同じく異常なしですわ」


 通信用のヘッドセットを付けた状態で小雪姫も報告してきた。


『司厨部も異常なしだぜ!』


 緑沙が担当する司厨部は食堂での仕事が主になるため艦内無線での報告となる。


『い、医療部! 異常なしです!』


 葵癒も同様で医務室での勤務になるため無線での報告になるが、妙に声が上擦っている事から緊張が伺えるだろう。


「よし、問題なさそうだな。では次に我が艦のこれからの目的を告げる。今回は簡単な巡回警備だと思ってくれ。最初にアメリカへと向けて出航し、その後ブラジルへと向かいオーストラリアで補給を済ませて中国を経由して日本へと再び戻る。以上だ」


 全員の返答を聞いて各部門異常がないことを確認すると、秋空は今回シリウスに託された任務の概要を説明した。


 世界平和特務機関【メサイア】の一員として世界中を守る事が当然の責務となり、彼らは他国にも現れるファーゲルを現地のガーディアンと共に対処しなければならないのだ。


「「「はっ! 畏まりました艦長!」」」


 任務の説明を聞いて一斉に全員が敬礼を取りながら返事をする。


「よろしい。それではシリウスを発艦させよ!」


 席から腰を上げて立ち上がると秋空は一度艦長職に着いたらやってみたかった事を実践した。

 それは制帽のつばを掴みながら深く被り、右手を格好良い感じに前へと突き出すというものだ。


「シリウス発艦しま~すっ」


 しかし彼のその行為は誰の目にも止まることはなく、茶美の気の抜けた合図と共に浮遊艦シリウスは上昇を始めると高度40000フィートまで到達し、そこから最初の目的地でもあるアメリカへと向けて進み始めた。


「取り敢えず無事に出航できたな。では引き続き本艦を自動操縦と周囲警戒モードに切り替えて、一旦操舵室へと全員集まってくれ。今から艦内部を案内する」


 出航早々にファーゲル達も現れないだろうと思いながら無線を片手に秋空は全員に聞こえるように指示を飛ばした。

 ――そして二分も掛からない内に全員が二列横隊で彼の前へと並ぶと、


「集合完了致しましたの艦長」


 今は小雪姫が臨時で班長役を受けているのか人員の掌握を終えて完結の報告した。

 本来班長とは一日交代で行うもので、主に隊を纏めたり上官へと報告する義務があるのだ。また逆も然りで上官が細かな指示を出す際は班長に伝えて、それが隊の全員へと伝える場合もある。


「うむ、ご苦労さん。それでは今から俺が案内するが、中には既に艦内部を把握している者もいるだろうが最後まで付き合ってくれ」

「「「はっ!」」」


 全員が正しく敬礼の姿勢を取りながら返事をすると秋空は茶美が気怠そうに明後日の方向を見ていのを見逃さなかったが、今は案内を優先させるべく気に留めることはしなかった。

 

「ここが娯楽室だ。一応流行りのゲーム、漫画、ラノベ、雑誌、諸々を取り寄せておいたから退屈はしないと思うぞ」


 さっそく全員を引き連れて彼が最初に向かった場所は娯楽室と呼ばれる場所で、3ヶ月間も空で生活する彼女らにとっては数少ない憩いの場であろう。そして娯楽室はそこまで広い場所ではなく、同時に滞在できるは三人ぐらいが限度である。


「それは良いですわね。ラルメスのファッション雑誌があれば完璧ですの」

「あたしは格闘ゲームがあれば大丈夫でっす!」


 小雪姫と春愛が自身の好きな物を声を弾ませながら口にすると、ラルメスについては女性用のファッションブランドの名前であることを辛うじて秋空は知っていた。


「そ、そうか。じゃあ次の案内行くぞ」


 二人の反応を見ながら彼は次の場所へと全員を連れて歩き出した。

 それから暫く歩き続けると三分ほどで漸く目的地に到着して、


「ここが俺達の生命線でもある食堂だ。毎週金曜日にはカレーが出る手筈となっている。そうだよな?」


 秋空は振り返りながら司厨員達に確認を取るように声を掛けた。


「ああ、そうだぜ! オレと紫翠がとびっきり、うめえカレー食わせたるッ!」

「任せて下さい。完璧に作り上げてみせます」


 緑沙と紫翠が妙に力の篭った声でそう返事をしてくると、司厨員として食事に関しては常に本気であることが伺える。そしてこの食堂はかなり広めに作られていて、十人ほどなら余裕で入れるぐらいの空間である。


「わーい! 私カレー好き!」


 カレーと聞いて狂花が反応を示すと表情が一気に満面の笑みとなる。


「うむ、期待しているぞ。それじゃあ次の案内だが……居住区は流石に駄目だよな?」


 マニュアルに従いながら次の場所へと全員を案内しようとする秋空だが、今度の場所は些か男にとって入りにくい場所であった。


「ん~艦長が変態なら別にいいんじゃないかな~。にひひっ」


 口元に手を添えながら茶美は奇妙な笑い声を出すと変態という単語を混じえて呟いてくる。


「だ、ダメだと思いますよ! さすがにっ!」


 そのあとの直ぐに葵癒が頬を若干赤く染めながら顔を近づけてきた。


「だ、だよな。ということで居住区は各自で確認してくれ。それで最後は……入浴所だな」


 やはりというべきか彼女の反応を目の当たりにすると、秋空は人差し指で頬を軽く掻きながら気を取り直して次の案内へと足を進めるのだった。


「あら、意外とこの艦の浴槽は広いんですのね。わたくしが以前に乗艦していたタラウスとは大違いですわ」


 次の場所へと到着すると早々に小雪姫が言葉を発して、全員の視線は浴槽へと一直線に注がれていた。だがこの入浴所には浴槽の他にも数個ほどシャワーが取り付けられていて、急いで体を洗いたい人用にも考慮されて作られている。


「そうなのか? まあこれなら四人は同時に入れそうだな」


 そこそこ大きい浴槽を見ながら秋空は思ったことを言うと、一瞬にして浴槽に注がれていた全員の視線が彼の元へと向けられた。


「「「…………」」」


 無言の圧力と共に何処か冷めたような瞳は彼の平常心を徐々に削り取っていく。


「なんだ、その嫌悪感を孕んだ目つきは。別に一緒に入るとは言ってないぞ」


 自らの発言が変な意味として捉えられた事を瞬時に悟ると秋空は、しっかりと言葉を選び直してから彼女らに伝えた。


「当たり前だよ! そうじゃなきゃ私は艦長を警務部に通報しないといけなくなる……」

「お、おいよせ大鳳。あそこに通報された者は二度と表の世界に戻ってこれないのだぞ!」


 警務部とは世界平和特務機関の中に属する警察のようなもので、その組織に一度でも目を付けられると昇進や昇給という部分に大きく響くので指揮官達にとって忌々しい存在であるのだ。


 しかし警務部は元々ガーディアン達を守る為に組織された治安維持部隊なのだ。

 それはまだガーディアン達が発足して間もない頃に、指揮官という立場を利用して彼女らに淫らな行為を迫る者達が多くいたからだ。


「じゃあそういう発言はしないようにね。艦長」

「まったく、本当にお前は……」


 脅しとも取れる剣刃の言葉に彼は肝が冷えるばかりである。


「あの、案内はこれで終わりですよね?」

「あ、ああそうだが……どうした?」


 紫翠の言葉に秋空は疑問形で返事をすると、彼女は手を顎に添えながら煮え切らない表情を浮かべていた。


「いえ、動力室とか甲板とか色々と気になりまして」

「……なるほど。動力室については機関員の者しか入れないことになっている。安全面を考慮してな。それと甲板についてはいつでも出ていいぞ。まあ飛ばされて艦から落ちないように気をつけてくれ」


 どうやら紫翠は艦の主要的な部分ではなく専門的な部分が気になるようで、秋空は尋ねられた場所だけ答えると自分もあとで甲板に出て外の景色でも眺めようと思えた。


「はっ、畏まりました」


 説明を聞き終えて納得したのか彼女は短く敬礼の姿勢を取った。


「……ふむ、微妙に時間が残ったな。計算ではちょうど昼頃となる筈だったのだが……まあいいか。お前たちは今から居住区へと向かい、各自の荷物確認と部屋を整えよ。時刻は昼の12時までとし、次回の集合場所は食堂だ。くれぐれも遅れないように以上だ。直ちに別れよ」


 全ての案内を終えて僅かに時間が余ると特に急いでやる業務等もなく、そこで秋空は全員に荷物の整理や部屋の模様替えをしてくるように命令を出した。


「「「はいっ! 別れます!」」」

 

 すると彼女らはすぐさま返事をして尚且つ皆一様に瞳を輝かせている事から、よほど荷物整理か部屋の模様替えがしたかったのだろうと秋空は見ていて分かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る