浮遊軍艦シリウス/ファーゲル

R666

1話「青年達は指揮官となる」

 ――――時は2102年、場所は日本。一人の天才科学者が秋田県の某所に飛来した隕石を調べてと呼ばれる物や、と称される未知の物質を発見して世界的にニュースになった時代である。

 

 しかし隕石発見から暫くすると突如として奇怪な見た目をしている鳥や熊が秋田県の某所で多数発見されるようになり、それらは形も大きさも様々で人々を襲うことと緑色に発光していることだけが判明していた。

 

 そして未知の生命体が小学校に現れて児童や教員、生きる者全て殺す事件が起きると直ぐに自衛隊や警察が事態の鎮圧へと向かうが、未知の生命体は既存の重火器では傷一つ負うことはなかった。

 

 政府はこれらの事態を重く見ると住民を全員避難させたあと、秋田県を囲うように分厚い鉄の壁を敷いて他の県と完全に隔離し、国はそこを”第一級隔離指定地域”とした。


 それから数年が過ぎると未知の生命体にも名称が付き『ファーゲル』と命名された。だが秋田を完全に封鎖してもファーゲルの出現は収まらず、次第に出現範囲は広がり今では日本本土だけではなく海外にもその影響を及ぼしていた。


 ……けれど数年もあればファーゲルに対抗しりうる技術も確立できていて、秋田に飛来した隕石から採取した二つの物を掛け合わせて作られた通称『リキッドLiquidオブofホープHope』と呼ばれる液体を選別した女性に注射すれば、適合者女性は身体機能がファーゲルと同等に飛躍的に上昇するのだ。


 そしてリキッド・オブ・ホープは女性にしか適合しないという特殊な条件を得ていて、男性に注射しても変化が起きない事が実験段階で証明されている。

 

 しかしながら既存の重火器にもリキッド・オブ・ホープを材料に混ぜて作れば唯一、ファーゲルに対抗できる武器が作れることも同時に判明していて、日本は適合者に武器を持たせてファーゲルと戦う為の戦力を増やし始めたのだ。


 そうしてファーゲルと人類の戦いが行われ始めると世界中の人々は自分達の身を守ってくれる存在として、武器を持ち戦う女性適合者のことを親しみを込めて『ガーディアン守護者』と呼ぶようになったのである――――



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 それから幾度の歳月が経過して今現在は2112年、桜が舞吹雪く四月。それは新たな生活を始めるには絶好の時期であり、一人の青年【白銀秋空しろがねあきら】もガーディアン育成学園の指揮官育成過程を無事に終了して新たな生活を始めようとしている最中さなかであった。


 現在彼は日本の某所にて白い軍服を着た強面の老人達やリクルートスーツに身を包んでテレビ局の名前が書かれた腕輪を付けている大勢のマスコミ達から、圧力的な視線やカメラを向けられて冷や汗のようなものが滝水の如く止まらない状態である。


「や、やべえ……。なんだこの予想以上の人の多さは……」


 朝一の冷たい風がなびく野外会場にて設置されたパイプ椅子に座りながら秋空は周囲の様子を確認すると、彼の視界の端には浮游軍艦と呼ばれる物が堂々と鎮座していて、それは既存の護衛艦と呼ばれる艦と比べるとかなり小さく最小限の人数で動かせるように設計されている事が伺える。


「お、俺はただ……浮游軍艦の艦長に任命されたから来ただけで……。別に動物のパンダになりにきたわけじゃないぞ……っ」


 先程から総理大臣が金色の桜の形をしたエンブレムが施された豪華な演台にて何かを熱く話している様子だがその殆どが耳に入る事はなく、それよりも彼は依然として軍服を着た強面の人達からの視線やカメラに対しての圧力に押されて自然と口から不満というよりかは愚痴が零れた。


「なあ、秋空氏。トイレに行くふりをしてここから逃げないか?」


 するとそんな彼の暗い雰囲気を察したのか突然隣の席に座っていた同期の【天引英辞あまびきえいじ】が声を掛けてきて、秋空は反射的に顔を彼の方へと向けるとそこには肩に毛先が触れる程度の微妙な伸ばし方をした青年が顔全体を蒼白させた状態で尚且つ両目を痙攣させていた。


「あ……いや、お前は普通に働きたくないだけだろ」

 

 傍から見たら一見彼の状態は異常に思えるかも知れないが、指揮官育成過程に入学した時から卒業まで四年間ほぼ一緒に寝食を過ごしてたことから、英辞の言動の全ては”働きたくない”ニート暮生活を謳歌したい”という意味合いが込められている事を秋空は熟知しているのだ。


 それに英辞の口癖は何事に対しても常に『辞めたい、休みたい』であり、耳に胼胝ができる程に彼はそれを毎日聞いていたのである。


「んなっ!? なな、何を言うか秋空氏! そんなこと社会人の誰もが思っていることじゃないか! 何を今更当たり前のことをッ!」


 秋空の発言が相当なものだったのか総理大臣が話している最中でもお構いなしに彼は大声を出しながらパイス椅子を揺らすほどに体制を崩しながら反論してくる。

 ――そしてその声は当然周りにも聞こえているわけで、


「おい貴様ら、うるさいぞ! 静かにしないか馬鹿者!」


 演台から少し離れた位置で休めの姿勢で待機している異常に化粧が濃い女性が声を荒らげて注意する。見ればその女性の太ももには拳銃が備えられていて、差し詰め総理の護衛役なのだろうと秋空は理解する。


「「す、すみません……」」


 だが騒いだ事実に変わりはなく二人は姿勢を正して頭を下げると、総理はポケットからハンカチを取り出して額に滲んだ大粒の汗を拭いてから話を再開させた。


「……はぁ。お前のせいで俺まで怒られたんだが?」


 頃合を見計らいつつ下げていた頭を上げながら彼は溜息混じりで文句を言う。


「い、今のは僕も悪いがお前も悪いぞ!」


 額に油汗のような物を滲ませて英辞は自らの非を認めると同時に彼も悪いと指を差す。

 一体どの辺が悪いのかと問いただしたい気持ちではあるが、なんとか心を静ませる秋空。

 

「まあまあ落ち着けよ二人とも。今は大事な式の途中なんだ。言い争いは終わってからでも遅くはあるまい?」


 そう言いつつ彼らの背後から話し掛けてくる人物は秋空と英辞の同期であり、三大欲求の”性”に忠実な青年で名前は【二階堂性旭にかいどうせいきょく】と言う。


 彼は身長が高く茶色の短髪で常に覇気のない顔をしているが一部の女子からは受けが良く、指揮官育成過に在籍していた頃は学園の外に出る度に一般の女性から声を掛けられていたほどである。


 座右の銘は『下半身に従うべし!』らしく、それを自身の信念にしていると前に秋空は夕飯を食べている時に言われて食欲が一瞬にして失われたのは今でも鮮明に思い起こせた。


「いや、この式が終わったら俺達は空の上で軽く三ヶ月は会えないぞ」


 性旭の言葉を聞いて馬鹿なのかと思いながらも秋空は冷静に言葉を返す。


「……おっとそうじゃねえか! あはははっ! すまねえうっかりしていたぜ!」


 何とも奇妙な間が空いてから彼は自身の後頭部に手を当てながら場違いなほどに高笑い始めると会場中の注目を一心に受けた。幹部からの威圧的な鋭い視線、複数台のカメラ一斉に動く音、マスコミ各者からは呆れたような視線。


「ごら貴様らぁぁあ! まだ騒ぐと言うのらお前達だけ任命式を取り消すぞ!」


 そうなると当然最早そこに逃げ道などは存在しなくて、再び化粧の濃い女性が自身の声帯を破壊するような勢いで注意の言葉を叫ぶ。


「はいっ! 是非お願いし――」

「「度々すみませんでした! 以後気をつけます!」」


 しかしその言葉は英辞にとって好都合なものであり彼は真っ直ぐに手を上げて何かを言うとすると、恐らく碌な言葉ではないとして瞬時に二人は同期のコンビネーションを活かして彼を黙らせた。秋空は声を出させないように手で口を塞いで、性旭は背後から英辞の両腕を掴んで動きを封じたのだ。


「はぁ……まったく、少しは大人しくしていろよ。わかったな英辞?」


 暫く二人掛かりで拘束して漸く彼の動きに落ち着きが見えると、二人は拘束を解除して秋空は頭を抱えて静かにするように苦言を呈する。


「ぼ、僕だけか!? 今のは完全に性旭氏の高笑いのせいだろ! 理不尽だ!」


 英辞は注意の言葉が自分にだけ向けられたことに目を丸くしていたが、一応拘束されて学んだのか注目を浴びるほどの声や行動をすることはなく、理不尽と言いながら歯軋りをしていた。

 

「まあ確かに今のは性旭のせいでもあるか……。おい聞いているか?」


 秋空は彼の言葉に一部賛同できる部分があるとして後ろの席に顔を向けながら声を掛ける。


「んあ、ああすまない。今ちょっとばかし”ガーディアン”達の品定めをしていてな」


 制帽の唾を掴みながら性旭はガーディアンと呼ばれる自分達の部下となる女性兵士達を視姦する事に精を出しているようであった。

 

 ガーディアン達は大勢この会場に居て、全員が綺麗に横一列に整列した状態で自分達の指揮官となる人物を待っているのである。このあと式が終わると共に各ガーディアン達は新たな指揮官のもとへと配属されて一緒に浮遊艦に乗艦する予定なのだ。


「お前そんなんだから毎回彼女に振られるんだぞ」


 大勢のガーディアン達を見ながら秋空は色々と考えてしまうが、それは今考える事ではないとして頭を左右に振りながら払拭すると学生時代から思っていた事を彼に告げた。


「ぐっ……しょ、しょうがないだろ! そこに女性が居るのなら、男なら食わねばならないっ!」


 思いのほか性旭にはダメージがあるようで苦悶とした声を漏らすと、なんとも最低のようで男らしいようなどっちつかずの言葉を力強く言いながら拳を握り締めていた。


「けっ、イケメン男はピラニアに貪られて死ね」

「お前も相変わらず容赦のない言葉を……」


 道端に唾を吐き捨てるように酷く冷たい声色で英辞は呟くと、横でそれを聞いていた秋空はたまに彼の口から飛び出す殺意増し増しの言葉に気が滅入った。

 

 ――――そしていつの間にか総理の長い話が終わったらしく周りからは拍手が嵐が鳴り響くと、演台には入れ替りで品格のある髭を生やした老人が純白の軍服を身に纏い背筋を伸ばして綺麗な立ち姿で現れた。


「んんっ、諸君! まずは指揮官育成過程を無事に卒業してくれたこと、誠に嬉しく思う。これから諸君らは日本の世界平和特務機関【メサイア救世主】の一員として今まで学んだ事を実戦で活かして欲しい。そして未来ある若者達がこの地球の”全領土”を守る新たな希望として力戦奮闘してくれることを期待とし、訓示とする」


 演台に立つや否やその老人は覇気と重圧感が含まれていそうな言葉でゆっくりと丁寧に話していくと、最後は野外会場だというのに椅子や机が揺れるような気迫の篭った声を出して老人は演台を後にした。


「す、すげえ貫禄のある人だな。でもあの人……何処かで見たような?」


 秋空はその老人を過去に一度見ているような気がして考え込むと、その答えは直ぐに分かった。

 例の老人はこのメサイアと呼ばれる組織の一番トップに君臨する御方で、名前は【鬼龍院政宗きりゅういんまさむね】と言い階級は”元帥”であるのだ。


「全員起立ッ! 鬼龍院元帥殿に敬礼ッ!」


 そう思い出して束の間、一人の男性が野太い声を出して号令を掛けると四年間指揮官育成過程に身を置いていた秋空達は寸分の狂いもなく、一斉に立ち上がると最高位の敬礼を見せながら鬼龍院を見送るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る