2話「ガーディアン達との出会い」
「や、やべえ……。今の今まで忘れてたけど鬼龍院元帥殿は、俺達の元教官が心酔するほどのお方で逸話もそれなりに……」
退場していく鬼龍院を見送ると着席の合図と共に秋空は小声で呟きながら椅子に腰掛けると、頭の中で元教官から無理やり聞かされた記憶に新しい彼の逸話を思い起こした。
それは鬼龍院がまた指揮官育成過程を卒業して二十二歳という若かりし頃の話しで部下のガーディアン達がファーゲルに囲まれて窮地に陥ると、彼は単身部下を助けるべく刀を両手に生身で敵の群れに突撃を仕掛けて無事にガーディアン達を一人も死なせることなく救出したという伝説があるのだ。
ただの男性である彼が……それも適合者でもなく生身の人間がファーゲルと互角に渡り合うという俄かには信じがたい事実。
しかしそれを皮切りに鬼龍院は次々と功績を残し始めると浮遊艦で空中ドリフトをして大型の鳥型ファーゲルを仕留めたという、その他の伝説や噂が今も実しやかに囁かれているのだ。
「――以上で指揮官任官式を終わるッ! 各指揮官はこれより指定された浮遊艦の元へと向かい、そこでガーディアン達と共に乗艦せよ!」
秋空が鬼龍院の逸話を思い起こしていた間に式が終わりを向かえると、白色の軍服に身を包んだ一人の男性が世界平和特務機関の大旗を片手に次の行動の指示を出した。
「「「はいっ!」」」
すると彼ら指揮官達は一斉に椅子から立ち上がると再び敬礼の姿勢を取り、先程の男性も敬礼をしたまま全員を見渡すように顔を動かすと小さく頷いてから敬礼を解いてその場を去っていく。
――それから完全に男性の姿が見えなくなると各指揮官達は慌てて荷物の入った指揮官専用の革製のバッグを片手に自分達が乗艦する予定の浮遊艦へと駆けていく。
「……はぁ。やっと式がおわっ……た……な?」
任命式が無事に終わりを迎えて秋空は隣の席へと視線を向けて英辞に声を掛けるとそこに彼の姿はなく、何か唐突に違和感のようなものを覚えると直ぐに後ろの席にも顔を向けるが……性旭も同様に姿が見えなかった。
「う、嘘だろ? アイツらそんなにもやる気が……」
周囲を見渡しても未だに椅子に腰掛けているのは彼だけで、辺りには乱雑に倒されたパイプ椅子の数々が無残に転がっていた。しかし何をそんな性旭や英辞は急にやる気を出しているのだろうかと秋空は疑問が絶えないが、とにかく自分も遅れないようにとバッグを携えて浮遊艦の元へと向かうのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ふぅー……。漸く見世物のパンダを終えて乗艦できるわけだな」
マスコミや軍服を着た老人達から逃れる事ができると秋空は一先ず安堵の溜息を漏らす。
「おい貴様。所属と階級を言え」
だが彼の安堵も束の間。秋空の後ろからハイヒール特有の軽い足音が聞こえると、その音は背後で止まり妙に張りのある女性の声で質問を投げ掛けられた。
「えっ!? あ、はい……第一浮游艦隊遊撃部隊所属の白銀秋空、階級は中佐です」
突然の問いかけに戸惑いながらも彼は制帽のつばを指先で掴みながら振り返ると、自身が所属している部隊と階級を女性に伝える。
「そうか。お前が噂の……よし、名簿リストに名が乗っているな。貴様の艦は向こうの奥にある。既にガーディアン達を待機させている状態だ。直ぐに向かうように白銀中佐」
タブレット端末を片手に秋空の返事を訊くと彼女は何かに気が付いたのか噂という単語を口にして、画面を操作していくと彼の身分の確認を終えたあと浮遊艦が停泊している場所へと視線を向けて伝えていた。
「は、はい! 分かりました! 情報提供感謝致します!」
秋空は咄嗟に敬礼の仕草を取りながらお礼を述べると、女性は少しだけ目元を緩ませて微笑むと短く敬礼を返したあと別の指揮官のもとへと向かった。けれど彼女の腰には対ファーゲル用の刀が携えられていて、恐らく歴戦のガーディアンなのだろうと何となくだが彼には分かった。
――――そうして彼は先程の女性から教えられた通りに自分の浮遊艦の元へとたどり着くと、艦の傍には既に横一列に並んで待機しているガーディアンらの姿が見えた。
「あ、あのー……。キミ達が今回この浮游軍艦シリウスに乗艦する者たちか?」
身分確認の為に秋空は話し掛けながら近づくと、彼女らは寸分の狂いもなく同時に顔を横に向けて視線を合わせるときっちりとした不動の姿勢を取る。
「「「「はいっ! そうです!」」」」
そして尋ねられた質問に全員が声を大きくして答えると僅かに頭を下げて一礼を行い、そのまま顔を上げると再び待機の状態へと戻った。顔と視線だけはしっかりと彼に向けられた状態で。
「そ、そう……」
彼女達の活気溢れる声に押されて秋空は返事が素っ気ないものになる。だがしかし今彼の目の前に居るガーディアン達は、しっかりとガーディアン育成学園にて戦闘知識や格闘訓練、武器の扱い方、ファーゲルについての知識などを叩き込まれた列記とした兵士であるのだ。
更にガーディアン育成学園とは適合者と指揮官を目指す者だけが通う事の許される全寮制の学園であり、ガーディアン過程と指揮官過程の二つが用意されている。時代的に指揮官育成過程は後々追加されたもので、最初からあるガーディアン育成過程が学園名として使われているのだ。
学園設立には防衛省や他国の軍事部門も関わっていて、ガーディアン育成過程に座学中は三年間軍隊のような生活を強いられ卒業後に伍長の階級を与えられる。
他国の軍事部門が関わっていている事に関しては日本が最初に対ファーゲル用に『リキッド・オブ・ホープ』を開発していた事が大きく、リキッド開発の技術提供をする代わりに向こうには戦闘系の技術を提供してもらうことで双方が合意したのだ。
そして指揮官育成過程については学園での生活が四年になり、そこでガーディアン達と同様に軍隊のような生活を送ることで指揮の取り方や戦術の考え方、その他にも色々とあるが主に作戦の立案と浮遊艦の艦長としての素質を磨かれ、卒業と同時に中佐の階級が与えられる。
……だがそんな規律も何もかもが厳しいガーディアン育成学園の指揮官育成過程に秋空が入学した理由は根が深く、彼は過去に人型の自我を持つファーゲルによって家族を目の前で惨殺されているからである。
今でも時折寝ている時に自身の名を叫びながら助けを呼ぶ妹の姿が鮮明に蘇り、その夢を見る度に秋空は腹の底から深い憎しみと復讐心だけが湧き起るのである。
けれど復讐心を糧に厳しい四年間を乗り越える事ができて、彼は無事に指揮官となると家族を殺したファーゲルを必ず見つけ出して息の根を止めるという、明確な目的を漸く実行に移せる段階まできたのだ。
「んんっ……では今から一人ずつ簡単に自己紹介をしてもらう。無論だが全員の自己紹介が終わったあと俺もする。心配するな」
ガーディアン達を見てつい色んな記憶や情報が脳内を駆け巡るが、秋空は軽く咳払をして払拭すると右手に持っていたバッグを地面に置いて中からタブレット端末を取り出した。
「「「「はいっ!」」」」
自己紹介という部下と上司の最初のコミュニュケーション到来に先程のような厳格な雰囲気が無くなりつつあると、彼女らは妙に落ち着きがなく全員が何処となく浮いている感じであった。
「では右から順に頼む」
そんなガーディアン達を眺めつつも取り敢えず秋空としては早急に全員の顔と名前を覚えないといけなく、それが指揮官達にとっての最初の課題であるのだ。
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