彼女の婚活
ミコト楚良
かっとばせ~、お~
30代の彼女は、駅前シティーホテル喫茶室の常連となっていた。
ともかく連休といえば、ここで、お見合いをしていた。この夏の連休もだ。
仲人さんを介して差しさわりのない話をして、彼女と彼は外へ送り出された。駐車場に停めてあった彼の車の助手席に、かるい緊張と共に彼女は乗り込む。
しばらくすると運転席の彼が、「野球は好きですか」と話しかけてきた。
「そうですね」
彼女の、その答えがいけなかったのか。
しかし、ここで、『興味なーい。がちのインドア派なもんでー』と言える女がいるだろうか。
「今、そこの球場で夏の高校野球の地方予選をやってるんです。観に行きませんか」
「えぇ? えぇ……」
高校野球を観戦することになってしまった。
(球場って?)
彼女は球場に行ったことがなかった。
本日の彼女のコーデは、パフスリーブ半袖桜色ブラウス、ひざ丈の紺のキュロットスカート。〇ッチの細い紺のエナメルベルトを合わせた。耳には気合いの小粒ダイヤのイヤリング。ストッキング着用で、かかとは低くともパンプス。帽子は持ってきていない。
ドライブとスマートカジュアルな飲食しか想定していなかった。
(お見合いで行こうと言うぐらいだから、きっと日陰の観客席があるんだろう)
そんな彼女の期待は、もろく崩れ去った。
球場の観客席には屋根も日陰もなかった。さんさんと、すべてが日差しの中にあった。
グラウンドには高校球児。打席には打者。
投手が投げる。ぱん、と捕手のミットにボールがおさまる。
まさしく夏の。
観客席に座った彼女のキュロットスカートからは、ストッキングに包まれた、ひざ小僧が出ていた。それも気になるが、汗が。
じりじりと太陽は照りつけていた。
他の観客は帽子に首にはタオル。
彼女が持っているのは、よそいきの小さなハンカチに、よそいきの小振りバッグ。
そして、隣に座っている彼はスーツにネクタイ。
この場所で、ふたり浮いていないか。
(ここまで来てしまったからには、できるだけがんばってみよう)
宣誓。彼女は決意した。
ここから気が遠くなりかけながら、3イニングを見守った。
スコアボードに、ぱたんと点数が入ったところで彼女は立ち上がった。
「暑いので日陰に行きます。ごめんなさい」
彼に一礼し、撤退した。
もちろん、彼からも撤退した。
これがのちに彼女が、くりかえし語る〈ひざから下が真っ赤に日焼けしたお見合い〉だ。
彼女の成婚への道のりは、はじまったばかり。
彼女の婚活 ミコト楚良 @mm_sora_mm
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