第7話 はじまり
柚子と二度目の不倫関係をやめた翌日、柚子は川島とデートに行ったらしい。それなのに、教室で見る柚子の顔は沈んだものだった。
「どうしたの、柚子ちゃん、体調悪いの?」
「どうしたの、柚子ちゃん、今日元気ないね」
友達から話しかけられても大丈夫、大丈夫というだけだった。
川島とのデートがうまくいかなかったのだろうか。
心配になったおれは、メールを送ろうとした。
ケータイを開けて、柚子のメッセージを開けようとした。
「…………」
やっぱりやめておくことにした。
一度不倫関係を終わらせようといったのは、おれだ。また介入しようとするのは、おかしい。
そうだ。もう終わったことだ。あまり気にしないでおこう。
「おい、英二、あそこ行くぞ」
宮下が昼休み、おれに声をかけてきた。
「あそこ……ああ、いいぜ。」
あまり気分は乗らなかったが、多少の気分転換になるだろう。おれたちがやってきたのは、三階の生物室。昼休みなので、もちろん空き教室だ。今日は金曜日。昼休み後の五限もこの教室は使われない予定なので、生物の先公が準備のためにここを訪れることもない。
「英二、カーテン全部閉めたぜ」
「鍵は閉めた」
「ふっ」
「ふっ」
「「っしゃあ!」」
おれと宮下はよくそこで、秘密裏に持ち込んだWiiを黒板のプロジェクターにつないでマリカをしていた。もちろん先公に見つかれば没収案件なので、警戒は怠らない。
「おい、コード」
「ほい。今日は負けん」
プロジェクターとWiiのコードを接続し、両方を起動させると、黒板にWiiの画面が投影された。カーテンを閉め切っているおかげで、画面は思いのほか鮮明に写る。もちろん廊下にだれか通ってもまずいので、音量は小さめに設定している。
「150CCな」
現在、昼休みの恒例となっているマリカ対戦は十勝十敗の同点となっている。
現在WifiサービスがなくなったWiiでは、今もなお有志サーバーにつなげば、Switchの新作ソフトの発売を知らない猛者たちと戦える。おれと宮下も、新作発売を知らないWiiマリカの猛者だった。
「うおおおおお」
「死ねよ! 英二!」
一位二位の争い。後ろから飛んでくる青甲羅に双方が一位の譲り合いが始まる。
「ぎゃああああ」
宮下に青甲羅が当った
「この勝負もらったぁあああ」
一戦目の勝利を確信したそのときだった。
教室の後ろの入り口が開いた。鍵を閉めていたはずなのに。鍵は生物の先公しか持っていないはず。ということは。先公が……。
「────なにしてんの、あんたたち」
入り口には、教材を抱えた柚子がたっていた。
大方先公に教材を運ぶよう言われたのだろう。
「なんだ、柚子かよ」
「ふぅ……。あせったぜ」
おれと宮下は、ふぅと冷や汗をふいた。また反省文が増えるところだった。
「…………」
柚子がなぜかおれに意味不明な視線を送ってくる。
「なんだ?」
「なにも」
宮下がリモコンを柚子に差し出した。
「柚子ちゃんもやる?」
「やりません!」
そういって柚子はぴしゃりと教室を閉めてでていった。
「柚子ちゃんって、あんなに怖かったっけ?」
「あいつは怒らせるともっと怖いぜ」
その日の夜。適当に布団のなかで、漫画を読んでいると、着メロがなった。
「ん?」
柚子からの着信だった。
『明日、十時。ブクロ東口』。
ただ、それだけが送られてきた。
明日は土曜日。学校は休みだ。
「あいつ、どういうつもりだ」
おれは浮気はやめると言ったはずだ。
『なにかよう?』。
おれは、自分でも冷たいなと思いながらもそう返信した。
柚子からすぐには返信が帰ってこなかった。おれはケータイを放り投げ、また漫画にふけった。
一時間がたった。柚子の返信はない。おれは漫画を放り投げ、風呂に入った。
二時間がたった。やはり、返信はない。おれはそのまま、寝てしまった。
「ふわぁあああ」
朝。八時。柚子からの返信はなかった。
「行かねーぞ。おれは」
ムキになっている自分がいるかもしれないが、なにか胸にわだかまりがあったから、おれはあまり柚子と会いたくなかった。なにかに気づいてしまいそうで、怖かった。
九時。
いつものように、コーンフレークとヨーグルトを食パンにのせて食っていると、柚子からメールがあった。
『十一時。ブクロ東口。絶対』。
昨日送ってきたものと同じ内容。
「行かねーぞ、おれは」
おれは朝食後、日課の筋トレを始めた。土曜日のおれの日課といえば、筋トレと地元のサッカー少年の相手をすることぐらいだ。あと少しすれば、地元の悪ガキどもがサッカーボールを抱えて、おれの家のインターホンを鳴らせにやってくる。
悪ガキたちにとっては、上手すぎず下手でもないおれがちょうどいい練習相手らしい。
十時。そろそろ悪ガキたちが来る時間。
「───ん?」
柚子からまたメールがあった。
『十一時。ブクロ東口。来なかったら、絶交』。
「だから、行かねぇって」
そのとき、家のインターホンが鳴った。
「英二ー? サッカーやろうぜ」
「英二さんな!」
おれは苦笑しながら、玄関に向かった。
十一時半。
でも、結局、
「来てしまった」
遅れながらも、おれはブクロの東口に到着した。悪ガキたちの誘いを断り、おれは柚子との約束の場所に来てしまった。どうしても気になってしょうがなかったのだ。
「ははっ。いるわけねーか」
来るにしても少々遅かった。
「帰るか」
東口の階段にきびすを返したとき、
「──遅いっ!」
かばんかなにかで、背中を思いっきり叩かれた。
「柚子……」
ちゃんとおされしている柚子がおれの背後に立っていた。
カールをまいた金髪。
たけの短いスカート。胸元を強調したニットの上。
「おまえ、その格好……」
「あ、あんたは、こういうほうが好きでしょ」
川島とつきあいだしてから、柚子はわりと清楚系のファッションだったのに、今日はえらい変わりようだった。
「な、なんのようだ」
「……練習」
「へっ?」
「デートの練習がしたいの!」
「……」
「このまえ、拓人先輩とのデート、失敗しちゃったから」
柚子の目をじっと、見る。すると、柚子の目は、言っていることと、まるで矛盾するような目をしていた。それは、おれに、甘えたい、おれを虜にしたい、そんな目だった。柚子の顔は真っ赤だった。
「れ、練習だよな?」
「ん。練習だよ?」
なんだよ。その目は。なんでそんな目をおれに向けてくんだよ。なんでそんなに顔を真っ赤にしてんだよ。
柚子は、おれの指に、自分の細い指をからませてきた。
「……っ!」
「デ、デートの練習だから! ほら、カップルって手、つなぐから」
柚子はおれの指を確かめるように、にぎにぎとおれの指をまさぐった。汗ばんだ柚子の細い指が妙になまめかしかった。
おれは、人生のなかで、一番心臓が高鳴っていた。
「ほんとに、練習か?」
「う、ん」
「おれは、もうおまえと浮気ごっこはしないって決めたんだ」
「れ、練習、練習だから」
「本当に練習だな?」
「ん」
「……分かった。ちょっとだけだ」
おれたちは、サンシャインシティのほうへ、歩いて行った。王道のデートコースだ。
おれたちのほかにも、一杯カップルがいる。サンシャイン通りは遊歩道になっていて人でごった返していた。
「人、多いね」
「あ、ああ」
柚子が回りのカップルを見習って、さらにおれとの距離をつめてきた。
おれは、またなぜか心臓がドキドキと高鳴った。
「英二、おっきくなったね」
「え、なにが?」
胸の高鳴りのせいで、一瞬、下半身の息子さんのことだと勘違いしたが、すぐに身長のことだと気づいた。
「え、なにがって……」
「ん? あ、ああ。身長な」
柚子が怪訝な顔をおれに向ける。
「さ、最低、身長の話だし! ちんちょうじゃないし!」
思い出した。この柚子という元悪ガキは下ネタもお手の物の女だった。
「分かってるっつぅの!」
朝っぱらから下ネタをいいあうカップルはおそらくあまりいないだろう。
柚子に腕をつねられ、微妙に距離を開けられた。
「なに笑ってんのよ。変態」
でも、おれは無性に楽しかった。
そのままサンシャインシティで買い物をした。
柚子のわがままで服屋に一時間ほどつきあわされた。
「ね、これ、どう?」
「んー? 可愛いんじゃね?」
「これは?」
「それも可愛いんじゃね?」
「じゃあ、これは?」
「あー可愛いな」
「もう、英二、全部可愛いって言うじゃん」
「いや、お前が着たらなんでもかわっ───」
おれは、慌てて口をつぐんだ。つい、本音が出てしまった。
「い、いやその……」
「ふ、ふーん。英二そんな風に思ってくれてたんだ」
「い、いや、あれだ……。勢いっつうか、なんつーか」
「あ、ありがと」
柚子を見れば、顔を真っ赤にしていた。
潤んだ目がおれを下から見つめていた。柚子の目がなにかを必死に訴えていた。
おれは堤防が壊れる寸前で、理性を保っていた。
「え、英二も────いいよ?」
「ん?」
「英二も、か、かっこいいよ?」
柚子がおれの、腕をつかんできた。
「お、おう」
なんなんだ。今日の柚子は。どうしちまったんだ。
「でもそれは川島に言ってやれよ」
「拓人先輩にはいつも言ってるし」
本当に、今日の柚子、どうしちまったんだ。
結局、すぐに帰る予定だったおれは買い物だけではなく、柚子と『卵と私』でJKらしいオムライスまで一緒に付き合ってしまった。でも、食事中はお互い、気まずくてあまり会話がなかった。視線を合わせようとすると、どちらかがすぐに外してしまう。まるで付き合いたてのカップルだった。
ようやく調子を取り戻したのは、サンシャインシティを出たころだった。
ハイパーレーンのほうまで戻ってきた。ブクロマスターなら、みなラウンドワンがぼったくりということは知っている。ハイパーレーンのほうが圧倒的に安いうえに、すいているのだ。
「よっし、ボウリングで勝負しよ。負けた方が、おごりね。もちろんハンデありだけど」
「何点?」
「三十」
「三十?」
「当たり前でしょ」
おれは、覚えている。柚子が意外とボウリングが上手かったことを。
「三十は多過ぎだ」
「あれれぇ、英二くんは、女の子相手に三十点も離せないんだ」
「ああああ? なんだと?」
「じゃあ、べつにハンディなしでもいいけどなあ」
「あああああ? やってやるよ。三十でよ!」
柚子がクスクスとわらった。
「男に二言はないからね!」
受付をすませ、貸し靴を借り、柚子との三ゲームマッチが始まった。おれは三ゲーム合計で柚子に九十点差をつけなければならない。
「最初から本気でいかせてもらうぜ」
「うん。どうぞどうぞ。でも、覚えてるかなぁ。英二。わたしってじつは意外と
ボウリング上手いんだよ」
知ってるよ。
「でも、男に二言はなしだから」
「ああ、当たり前だ。九十点なんて楽勝だぜ」
結果。負けました。
「いえい!」
柚子が顔の前でピースを作った。
おれは、ハンディ以前に、純粋に合計点で柚子に負けた。おれはサムレス使いだったが、柚子はそれを上回るローダウン使いだった。
「わたし、お父さんがボウリング好きだからよくやってんだ」
「それを早く言え」
結局おれが場代を全額払うことになった。
その後、おれたちはゲーセンでクレーンゲームで金を溶かし、マリカで競い、プリクラを撮り、まるで、王道のデートコースをこなした。
「帰ろっか」
「ああ」
気づけば、夕方になっていた。
「英二、今日は楽しかった。ありがと」
「ああ」
「また付き合ってよ。練習」
今日はすごく楽しかった。だからこそ、おれは怖かった。自分のわだかまりに気づいてしまうことに。
「……だめだ。練習は今日きりだ」
「え……」
今日一日柚子と過ごして分かった。おれは柚子と離れたくなかった。またこうして遊びたいと思った。思ってしまった。でも、それは思ってはいけない感情だった。おれは怖かった。自分の気持ちが柚子に漏れてしまうことが。これ以上、一緒にいてはいけない。
柚子は、川島とつきあっている。それは、事実だ。変えられない事実なのだ。
「もう浮気ごっこは、これ以上できない」
「────じゃないよ」
「え……」
「もう、ごっこじゃないよ」
「……え」
柚子は、顔を真っ赤に染めて、こういった。
「浮気、だよ。ほんとの」
柚子は、いきなり、顔を近づけ、おれの唇にキスをした。
******
後書き
まーだ最終話じゃないですよ。まだまだ続きますよ。
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お尻ふりふり不倫不倫! @shiromizakana0117
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