第6話 おわり




 浮気生活一週間目。

 それから毎日、一緒に登下校する姿が多数の生徒に目撃され、さらには、教室でも柚子がおれに頻繁に話しかけてくるようになり、もしや柚子と川島は別れたのか、はたまた柚子とおれがもう付き合っているのでは、なんて噂が一年の中で流れ始めた。

「おおい、英二くんよ。ちょっと話があるんだが」

 授業と授業の間の十分休み。

 宮下がおれを空き教室に呼び出した。

 そこには、

「「「「おおい、英二くんよ。ちょっと話があるんだが」」」」

 なぜか大量の男子が集結していた。おおよそ見当はつぐが。

「おれは見たぜ。おまえらが一緒に帰っているところを」

 たしかに一緒に帰っています。

「おれは見たぜ。柚子ちゃんがお前に弁当を渡すところを」

 確かにそんな日もあった。

「おれは見たぜ。柚子ちゃんとお前が一緒にお昼食べているところを」

 あー、わりと美味かったな。

「てめえ、柚子ちゃんとつきあっているって本当か!」

「てめえ、川島から柚子ちゃんをどうやって奪ったんだよ!」

「てめえ、柚子ちゃんともうどこまでいったんだよ!」

「てめえ、柚子ちゃんを返せよ! 柚子ちゃんはおれのもんだよ!」

 この際はっきりさせておくか。

 おれが一つ咳払いをすると、奴らは黙った。

「おれと柚子はべつに付き合っていないぞ。ただ」

「「「「ただ?」」」」

「柚子はおれに毎日尻を振ってくれる。そんな仲だ」

「「「「て、てめえ。殺す!」」」」

 結局殺されるのか。おれ。


  *


 浮気生活二週間目。

 とうとうおれと柚子の噂が三年にまでおよんだらしい。三年の頭ともいえる川島の彼女が浮気しているかもしれない、そんな噂は日々退屈な学校生活においては大ニュースなのだ。

「ほら、見て。英二。川島先輩から一杯メール来るようになったんだよ」

 どうやら川島も噂をかぎつけたらしい。柚子のもとに、『おはよう』と『おやすみ』のメール以外にも頻繁にとりとめのない内容のメールが来るという。柚子はおれのことをただの仲のいいクラスメイトだと説明しているらしい。

 やはり、人間というのは、自分から取られそうなものほど、魅力的に感じる。作戦は成功したのだろうか。

 放課後。

 おれと柚子は駅近のマクドでだらだらと通り雨をやりすごしていた。

「英二、なにそれ?」

「ん? 普通のケチャップ」

「え? ポテトってケチャップついてこないよね?」

「言ったら貰える」

「え、そうなの! じゃあ、もらいに……やっぱやめとこ」

「ん?」

「今からもらいに行くなんて、はしたないじゃん」

 こいつ、面倒なだけだな。

「英二くん?」

「……はあ」

 おれはケチャップを柚子との真ん中においた。

「英二、モテるでしょ?」

「あいにくこれっぽっち」

 柚子の携帯がピロンとなった。

 画面を開けるなりニヤニヤする柚子。

「明日もデートだって。うわー、楽しみだな」

 川島からのメール。

 柚子は川島からのメールに目を輝かせていた。

「良かったな」

 おれの気持ちは複雑だった。

 べつにおれが柚子のことを好きになったから、とかそういうわけではない。

 柚子は浮気されたという事実を知りながらも、本当に今まで通り川島を好きでいられるのだろうか。少し無理をしてはいないだろうか。そんなことを考えてしまうのだ。

 でも、おれが口出しすることではない。

 おれはただ尻を振ってもらって喜ぶ下世話な野郎だ。

 柚子の恋愛相談に乗るようなタマではないのだ。

「もう、この関係も終わりでいいよな?」

 だから、おれは終わらせることにした。

「不倫関係」

「え……」

 柚子は、目を大きく見開いてこちらを見た。

「だって目的は達成しただろ?」

「う、うん……で、でも」

「いいよな? もう」

「う、うん」

「よし、そんじゃな。頑張れよ」

 おれはそのまま席を立ち、マックをあとにした。



【北野柚子の独白】


 英字との浮気関係は早くも終わった。

 今日は久しぶりの拓人先輩とのデートだ。

 作戦はうまく効いたみたいだ。拓人先輩も英二のことは深くは追求してこなかった。

「お待たせ、柚子ちゃん」

「いえ、わたしも今来たばっかなので」

 駅前での待ち合わせ。

「じゃあ、行こっか」

 今日は映画館とお食事というど定番のデートだ。

「あれ、またメイク変わった?」

「分かりますか!」

「うん、前よりさらに可愛くなってるよ」

「ほんとですか? うれしいです」

 拓人先輩はこういうところ気づいてくれるんだよね。


 映画館につくと拓人先輩が観る映画を決めてくれた。

 大人向けのラブストーリー。ちょっとエッチなシーンもありそうな映画。

 じつをいうと新作のコナン君を観たかったけど、やっぱりこうやって引っ張ってくれる彼氏っていいよね。

 ポップコーンとジュースを買って、指定のスクリーンに向かった。

「すいているね」

 大人向けなせいかあまりお客さんはいない。

「Eの六、Eの六」

「あ、ありました」

 映画の始まる時間にはなっているが、まだ番宣が続くようだ。

 ちょっとした拓人先輩とのおしゃべりが始まる。

「最近、ごめんね、あんまりデートとかできなくて」

「いえ、拓人先輩、受験勉強で忙しいと思うし」

「うん、今ちょうど山場だからね。そうだ、最近柚子ちゃん、クラスの男の子と仲いいんだって?」

 やはり、その話が来たか。

「はい。でも、弟みたいな子で。中学から一緒だったんですけど、最近また話し始めて」

「ふーん、そうなんだ」

 私はちゃんと用意していた回答で応じた。

 『弟』みたいといえば、それ以上追求はできないはずだ。

 そうこうしているうちに、映画が始まった。


「柚子ちゃん、柚子ちゃん」

 うん?

「柚子ちゃん、柚子ちゃん」

 目を覚ますと、そこは、少し暗い空間。拓人先輩?

「あ、ごめんなさい! 私、寝ちゃってた」

「あははっ。柚子ちゃん、おもしろいよ。やっぱり」

「ごめんなさい。ほんと」   

「いいよ。おれもあんまりこの映画つまんなかったし」

 

 映画館を出るともう日が落ち始めていていて、街は橙色に染まっていた。

 拓人先輩は大きなホテルのディナーに連れて行ってくれた。

 そのために私も今日はある程度ドレスコーデだ。

「うわー、すごい景色」

 窓ガラスからは東京の夜を一望出来た。

「ここ、よく家族で来るんだ」

 いつも食事代は拓人先輩持ちだ。わたしは遠慮がちにお安めのコースに決めると、拓人先輩はなにくわく顔でコースとワインを頼んだ。

「ワイン、飲むんですね」

「うん、ほんとはだめだけど。柚子ちゃんも飲む?」

「わたしは……やめときます」

「あははっ」

 コースがまもなく運ばれてくる。

 拓人先輩とのおしゃべりも始まる。

 基本的に会話の主導権は拓人先輩だ。

 やっぱり理想的な彼氏。


 でも、わたしの胸の中に、なにか得体の知れない感情があった。

 あれ、私、いま、楽しい?

 あれ、私、いま、ドキドキしてる?

 あれ、私、本当に、拓人先輩が好き?


「ねえ、柚子ちゃん」

「…………」

「柚子ちゃん?」

「あ、はい。ごめんなさい」

「柚子ちゃん、一応、部屋も取っておいたんだけど……このあと」

 そんなわけない、そんなことあるはずわけないのに、なぜか、目の前にいる拓人先輩が、男が、おぞましい、醜い怪物に見えた。

 なんで、この人笑っているの。今、なんか面白い話でもした。

 なんで、部屋なんか取ってるの。やっぱりそういう目的だけなの。

「ご、ごめんなさい! わたしやっぱりもう帰ります!」

 私は荷物をつかんで、ディナー会場を飛び出した。

「ちょっ、柚子ちゃん?」

 慌てる拓人先輩の声が聞こえる。


 でも、私の胸のなかには、なぜか、拓人先輩とは違う人がいた。






「英二……!」

 

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