第5話 いちゃいちゃ


 本当に始まった浮気生活一日目。

「遅い!」

 今日もまた柚子が家まで迎えに来た。

「おまえなぁ……。駅に集合とかいいだろ」

 菓子パンをかじりながら、おれは愚痴をこぼした。

「だ、だって。駅じゃできないもん!」

「なにが?」

「お、お尻!」

「あ、ああ。そうだな」

 それじゃあ、早速お願いします。

 柚子が顔を真っ赤にしながら、後ろを向いた。

「もうちょい突き出せませんかね?」

「い、いや。パンツ見えるもん」

「もうちょいいけるだろ」

「……もうサイテー」

 限界までつきだされた柚子の尻がついに揺れ出した。

 おれは当然のごとく、自然と膝が曲がり始め、視線が下に下に。

「白……」

「ひゃっ! し、死ねっ!」

 後ろ足で顔面を蹴られました。


  *


「いい? あからさまにいちゃつくのはだめ。『え、最近柚子って西谷と仲良くない? 柚子って川島先輩と付き合っていたよね』ってみんなに思われるくらいがちょうどいいの」

 駅につき、学校までの電車に乗り込んだおれたち。

 学校の最寄り駅からは、手をつなぐことはないが、ゼロ距離で寄り添いながら登校するつもりらしい。

 学校に近づくにつれ、うちの高校の制服の生徒が目立ってきた。

 決して満員というわけでもないのに、柚子はおれに軽く身体を預けてきた。

「……」

 おれは思わず回避行動を取る。

 少し頬を赤くそめた柚子。

「離れないで」

 なんなんですか。この羞恥プレイ。

「きゃっ」

 電車が揺れた。

 柚子の頭がおれの胸に。柚子の手がおれの腕に。

「ご、ごめん」

 それは、まるで付き合いたてのカップル。

 まじで、なんなんですか。この羞恥プレイ。

『まもなく日暮里、日暮里』

 電車が停止し、ドアが開いた。

「あれ、柚子ちゃん」

 うちのクラスの女子が乗り込んできやがった。佐藤さき。柚子と結構仲の良い女子の一人だったはず。

「えっ……」

 思わず声を漏らしてしまったおれ。

「あ、おはよー。さきちゃん」

 柚子は普段通り、挨拶を交わそうとする。

「ええっと、西谷くんも一緒なんだ」

「うん、たまたま電車が一緒だったの。たまたま。ね、西谷君?」

 そういいながら、柚子はおれの腕に自分の腕を握った。

「お、おう」

 西谷くんって。

 佐藤は柚子とおれの距離が明らかにおかしいことにすぐさま気づいた様子だ。

「へぇ、な、仲いいんだね」

「うん、あれ、言ってなかったっけ? 西谷くんと私、同じ中学だったんだ」

「あ、へ、へえ、そうなんだ」

 そういいながら、佐藤は徐々に後ずさりをはじめ、電車の中へとフェードアウトしていった。混乱している。佐藤さん、完全に混乱しちゃってるよ。

「おまえ、飛ばしすぎじゃね? 距離が近すぎだし」

「これくらいしないと、噂になんないでしょ」

「……へいへい」

「なに、照れちゃってるのかな、え、い、じくぅん?」

「照れてねーし!」

「あれれ、顔赤くなってるよ」

 柚子が人差し指でおれのほっぺたをツンツンしてきた。

「や、やめろ。ほら、佐藤に見られてるぞ」

「見られるためにやってるの」

「……」

「英二、かわぁいい」

 柚子はクスクス笑っていた。


  *


 浮気生活二日目。

 放課後。

「今日は駅前のモールに行くの」

「あー、あそこうちの生徒多いもんな」

 駅前の中型ショッピングモール。うちのJKたちが放課後たくさん訪れる。そこを二人でショッピングすれば、当然目立つ。

「あんまり気乗りはしないな。目立つし」

「目立つからいいんでしょ」

 女子って買い物長いし。

「そんなこと言うなら、お尻はお預けだよ?」

「すいませんでした! 行きます! 行かせていただきます!」


 そんなわけで駅前のモールに到着。そこかしこにうちの制服の女子が見える。

 声をかけられると、そこそこ気まずいので、おれとしては目立ちたくはない。

「うんじゃ、まずはここ!」

「パンケーキ?」

「うん、デートと言ったらここでしょ」

 いやだ。いやだ。そんな、いかにも女子ってところには。

「柚子、おれも昔は突っ張ってた男だ。だから、こういう店はぁ」

「あんた、突っ張ってたって言ったって、せいぜい教頭のはげ頭の写真を廊下に貼りまくったり、美術の女教師の不倫を暴いたり、女子更衣室に忍んでいたりせいぜいその程度でしょ」

 そうですけど。

「はい、つべこべ言わずに入る」

「……へい」

 店内に入ると甘い匂いが鼻に入った。

「うわっ……」

 うちの高校の制服の女子がたくさん。そこかしこの席に。

 店内中のうちの高校の女子がおれと柚子に注目している。

 幸い、知り合いはいない。

「おい、本当に入るつもりか?」

「うん」

 店員がまもなく来て、おれたちは、二名用の席に通された。

「どれにしよっか」

「おれ、コーヒーで」

「あんたも食べるの。今時のモテる男ってのは、こういう女子の趣味にも合わせられる男なんだよ」

 そうなんですか。

 店員が注文を取りに来たので、

「じゃあ、わたし季節のフレッシュフルーツパンケーキで」

「おれは……この濃厚チーズムースパンケーキベリーソースがけで」

「はい、かしこまりました」

 適当に注文してしまった。

「英二、意外とセンスが女の子だね」

「うっせー」


 二十分ほど、待ってパンケーキが運ばれてきた。

「きゃーかわいい」

 やっぱり柚子も女の子だななんて思いつつ、おれはパンケーキにかかったチーズムースにあとで気持ち悪くなりそうだなとげっそりしてしまった。

「写メとろ?」

「ん?」

「いえーい!」

 柚子がピースしながら、カメラを向けてくる。

「いえーい?」

 おれも不自然ながらピースしてしまった。

「英二、食べてみて。写メ撮ってあげるから」

 スプーンで、クリームをすくい、

「甘っ!」

 甘過ぎだろ。JKすご。JKこわ。

 柚子がクスクス笑っている。

「見て。英二がパンケーキ食べてる写真。英二、かーわいい」

「……」

「やっぱり全然似合わないね」

「うっせー」

 もう辞めてください。本当に辞めてください。ものすごく恥ずかしいです。

 柚子は川島と付き合っているという理由で、学校内でも有名な方。そんな柚子の笑い声で回りのうちの生徒の視線が完全にこちらに集まっている。

「おまえ、川島とこういう店よく来るのか?」

「え……?」

 流れを変えるためにおれはふと質問をしてみた。

「うーんとね、あんまり行かないかな。ほら、拓人先輩ってすっごいお金持ちだからさ、もっとスイーツのお店でももっとお高いところ連れて行ってくれるの」

「ボンボンだもんな。あいつ」

「ボンボンじゃないよ! 拓人先輩も努力家だし」

「へいへい」

 川島に浮気されていると分かってもなお、柚子の気持ちは変わらず、川島にある。

 川島を振り向かせてたいから、浮気を演じる。

「そうだ。あーん、してみる?」

「おまえ、あからさますぎるのはしないんじゃなかったか?」

「たしかに。やっぱ辞めとこ。また英二、顔真っ赤になっちゃうし」

「うっせーよ」


 なにか、胸の奥底でちくりと痛みを感じた。

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