俺と美少女メイドの恋愛日記〜主従の両片想いは面倒くさい〜

Y490

1日目-① 「俺のメイドが可愛すぎるんだが?」

「あっ、いらっしゃったわよ。」

「時崎さま……、今日もお美しい……。」

 ここは蒼翔社あおとしゃ学園。江戸時代の藩校に端を発する学校であり、今でもなお良家の息女令息が通っている、いわゆる名門校と言うやつだ。

「朱里、今日のスケジュールを教えてくれ。」

「はい時雨さま。」

 その中でも一際注目を浴びているのはこの二人ーーー時崎ときさき時雨しぐれ黒崎くろさき朱里あかりの主従ーーーだろう。

「あのお方、時崎ホールディングスの御曹司なんですって?」

「ええそうよ。時崎ホールディングスはこの国屈指の企業グループなの。何でも、時雨さんもお小遣いとして月に数十万貰っているとか。」

「さすが、超巨大企業の御曹司は違いますわね……。」

 などと女子生徒たちが噂しているのは気にもとめず、二人は校舎に向かってプロムナードを歩いていく。

「とっ、時崎先輩!」

 2人を遠巻きに眺める野次馬の中から声が上がった。

「君は……、」

「高等部1年の丸山です!とっ、時崎先輩に話があって……。」

 観衆の中からどよめきが上がる。中には拍手も聴こえた。

「ふむ……。……朱里、先に行っておいてくれ。荷物は自分で持っていく。」

「かしこまりました。」

 『朱里』と言われた女子生徒が立ち去ると、時雨は丸山の方を見てこう言った。

「すまない。直感的に彼女がいると君が話しづらいと思ってね。……それで、話とは何だい?」

「わっ、私……、時崎先輩のことが……その……ずっ、ずっと……。」

「ずっと好きでした!もし良ければ今度お食事でも……。」

 野次馬たちから歓声が上がり、

時雨の顔色が変わる。何かを悩んでいるような顔になった。しばらく腕を組んでその場で歩き回り、やがて何かを決心したような顔になる。

「……すまない。断るのは非常に申し訳ないが、そういうのはあまり好きじゃないのでね。」

 途端に丸山が泣き崩れる。彼女が別の子に慰められているのを申し訳なさそうに見ながら、時雨は校舎の中へと入っていった。

「時崎さんっていつもあんな感じよね。」

「まあ、単純に恋愛に興味が無いだけじゃないかしら?あんな家なら許嫁もいるでしょうし。」

「時崎ホールディングスの御曹司の許嫁か……。一体どんな方なんでしょうね……。」


 一方の時雨。教室に入った時雨は、ずっと隣の席に座っている自分のメイドを見ていた。

 後ろでまとめている長い黒髪に清楚な顔立ち、綺麗なピンクの唇と無駄毛のほとんど生えていない腕、同年代と比べると比較的控えめな胸と傷一つ付いていない真っ白な脚。まるで『ぼくが考えたさいきょうのメイドさん』である。

 時雨と朱里は物心ついた時からずっと一緒に育ってきた。だから時雨にとっては、朱里はメイドというよりは幼馴染という方が感覚的に近い。

 しかし、こうして改めてまじまじと見つめていると、どうしても異性として意識してしまうというのが男の悲しいさがというものだ。

(いやクッソ可愛ええ!こんな美少女が24時間365日ずっと自分に仕えてくれるとか、好きにならない方がおかしいって!ここはラノベの世界ですか?)

 時雨は女子にモテる方だ。しかし、今朝もそうだったように、その告白を全て断っている。それは異性に興味が無いわけではない。その本当の理由は……。

「……?どうかされましたかご主人様。」

 朱里が怪訝そうな顔をしてこっちを見る。

 ここで「いや……、朱里が可愛いからずっと眺めていたんだよ。」などと言おうものなら彼女は引くだろう。

 いやただ引かれるだけならまだいい(良くないが)。最悪の場合、セクハラとして訴えられる可能性すらあるのだ。『時崎ホールディングスの御曹司がメイドにセクハラか?』なんて週刊誌の表紙にデカでかと書かれそうな格好のスキャンダル、家のためにも自分のためにも彼女のためにもやらかす訳にはいかない。

「いや?実は一限の授業で使う教科書を忘れてしまってね……。見せてくれないかな~、なんて。」

 迷った末、時雨の脳内コンピューターが導き出したのは『忘れたフリをする』だった。当然、準備に抜かりのない彼は忘れ物をするはずがない。しかし、これ以外にセクハラ訴訟ルートを回避する方法もないのだ。

「時雨さまが忘れ物をするなんて珍しいですね……。分かりました!私にお任せ下さい!」

 朱里は笑顔でそう言った。

(アレこれもしかしてワンチャンあるんじゃね……?)

 浮かんだ邪念をすぐに打ち消す。

(いやいや何言ってんだ時崎時雨!あれは仕事で浮かべている笑顔だぞ!言うなれば……、そう!キャバ嬢やコンカフェ嬢の笑顔と同じだ!思い上がんな俺……。)

 そんな風に懊悩する時雨を見て、朱里はこう思っていた。

(こういう、時雨さまの頭脳明晰キャラがたまに崩れる時が私の性癖にぶっ刺さるのです!だから早く私を好きになってその仮面をもっと崩して……。)

 ……うん。お互い面倒くさいね。


「……であるからして!え〜、ここは、あ〜、こうなるという訳で、え〜、あります。」

 一限。時雨と朱里は机をくっ付けて、二人でひとつの教科書を眺めていた。当然、朱里の髪が時雨に雑念を抱かせるのは言うまでもない。

(朱里の髪からめっちゃいい匂いするんだが!?えっこれ俺と同じシャンプー使ってるはずだよね?自分の匂いはそんなでもないのに、どうしてこんなにいい匂いすんの……?)

「どうされました?時雨さま。」

 朱里の双眸がこっちを見る。しかし、ここで正直に言ってしまっては(以下略)。

「いや、朱里の髪の毛が邪魔だなぁと……。」

(違うんだ本当はご褒美なんだでもそう言う訳には行かないんだホントにごめえぇぇん!!)

「あら、それは気付きませんでした。申し訳ありません。」

 そう言って、朱里は髪をどける。時雨は少し残念そうな顔をしてノートに目を戻した。と、その時。

「!?」

 何者かに、耳に息を吹きかけられた気がしたのだ。風を感じた方を見ると、朱里が少し笑ってるのが見えた。

(お前か?お前がやったのか?……でも正直に聞くのもなぁ……。)

「おい時崎。この問題答えてみい!」

 唐突に名前を呼ばれて前を向くと、教師が黒板のとある問題を指さしていた。我に返ってノートを見るも、そこには何も書かれていなかった。

(うわ待って?朱里に気を取られてるうちにめっちゃノート書き漏らしてるんだけど?)

「……朱里、すまない。ノートを見せてくれ。」

「時雨さまの頼みなら……、いいですよ?」

「何その言い方。……まあ、見せてくれるならありがたいよ。」

 朱里のノートは文字だけでなく、色やイラストを使って要点がまとまっており、めちゃくちゃ見やすかった。

「えーっと、答えは3√5です。」

「はい正解。さすが時崎だな。」

 教師からお褒めの言葉をあずかり、一安心といった様子でノートに目を戻した時雨は、

「このノート写していいか?正直自分で書くよりこっちの方が分かりやすい。」

「いいですよ!そんなこと言ってくれるなんて嬉しいです!」

「ありがとう。恩に着るよ。」

 そうしてノートを写し始める時雨を見て、

(ふふっ。やっぱり時雨さまはこういうあたふたしている時の方が見てて楽しいです。)

「時雨さま、大好きです♪」

 その微かなつぶやきは授業に集中しはじめた時雨の耳には届くことなく、教師の声にかき消された。


 昼休憩。時雨と朱里は中庭の時計台の前で弁当を食べていた。もちろん朱里の作った弁当である。

「うん。いつもの事ながら、朱里の作ってくれたお弁当は美味しいよ。」

「時雨さまにそう言われることが、私の幸せです。」

「朱里は本当に優秀なメイドだな……。主人が俺でいいのかってくらい、俺にはもったいないよ……。」

「そ、そんな事ないですよ!時雨さまだからこそ、私は良かったと思います。それにその……。」

「うん?」

「なっ、何でもないです!!それよりほら、早く食べないと、時間なくなりますよ!!」

 そんな会話を交わしながら和やかに過ごす2人を少し離れた場所から覗き見る人影少女がいた。

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俺と美少女メイドの恋愛日記〜主従の両片想いは面倒くさい〜 Y490 @sigu_yukkuri

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